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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第6章 戦前の大和~1942年
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第49話 2つの大洋、2つの演習(前)

 第49話『2つの大洋、2つの演習(前)』

 

 

 1942年2月2日

 アメリカ合衆国/ハワイ準州

 

 オアフ島、真珠湾内に投錨していた第5巡洋艦戦隊はEU海軍東洋艦隊に対する抑止力の一つであった。史実における真珠湾ほどではないが、その湾内には6隻に及ぶ戦艦が鎮座しており、王者の余裕を見せている。その一方で、任務部隊の中核たる航空母艦は真珠湾内で形見狭そうに脇で投錨されている。

 第5巡洋艦戦隊の旗艦である重巡洋艦『ノーザンプトン』は、ノーザンプトン級重巡の第1番艦であり、レイモンド・A・スプルーアンス少将が将旗を上げる艦であった。当のスプルーアンス少将は、先々月の8日に着任したばかりで、未だに戦艦部隊の司令官に就任出来なかったことを根に持っていた。何しろ、彼の指揮下にあるのは4隻の巡洋艦に過ぎず、満足にいくものとはお世辞にも言えなかった訳である。ただ、第5巡洋艦戦隊の他には、海軍省兵器部と大西洋艦隊参謀長という職しか無かった為、仕方が無いといえば仕方無かった。彼としては、ワシントンでデスクワークには着きたくなかったのだ。

 「レイ、落ち込むもんじゃないぜ」

 そう落胆するスプルーアンスを諭すのは、第8任務部隊指揮官のウィリアム・F・ハルゼー中将だった。腫れぼったい目蓋と団子鼻が特徴的なこの御年59歳の提督は、怠け者で短気で鈍感という、まさに絵に描いたような気難しい老人と言えた。年を経て付けた贅肉はその白い制服を弛ませ、敏捷そうとは言えなかった。一方のスプルーアンスは品行方正、冷静沈着、謹厳実直の絵に描いたような真面目人間であった。引き締まった身体に整えられたその顔は、その性格同様にハルゼーとは正反対だった。

 一見、正反対で釣り合いそうに無い2人の提督だが、太平洋戦争期には『双璧』と謳われる程に優れた存在であった。彼らがその所以を戴いた所には、『南太平洋部隊』の存在が大きい。この艦隊はハルゼー、スプルーアンス両提督によってローテーションで運用され、ハルゼーが指揮する際には『第3艦隊』。スプルーアンスが指揮する際には『第5艦隊』と部隊名を変更させ、司令部とともに移乗する。この双璧が成るのは1943年3月のことだが、歴史の変貌した今物語ではそれが成立するか否かも怪しい所であり、万人も知る由は無い。

 「今回の『フリート・プロブレム22』で成果を出せば、上層部も見る目が変わるかもしれんぜ」ハルゼーはアイスクリームを口に頬張りながら言った。「まぁ俺に任せな。侵略者として、存分にハワイで暴れ回ってやるぜ」

 『フリート・プロブレム』とは、米海軍が開催する大規模な演習であった。米海軍は1年間の内、大西洋・太平洋の各方面で訓練・演習を行っており、これは年間訓練・演習の集大成とも言える大演習だった。1923年以来、今年度で22回目――去年は対英外交問題及びEUの結成に伴い、中止――となる。

 今年度のフリート・プロブレム22は総投入艦艇数100隻以上、参加兵員55000名を誇る過去最大規模の演習と言えた。ハワイ近域、カリブ諸島、そして東海岸-ニューイングランド沖海域の3方面で進行される。ルーズベルト政権はハワイを太平洋方面の抑止力とすべく、この方面に大規模な海軍戦力を配備することを決定、本演習に際し、大西洋や西海岸域の戦力をハワイに派兵することが定められた。本演習後には太平洋艦隊は、史実よりは戦艦の数が少なく、機動戦力が集中――東海岸に対する英海軍への危機感――するという艦隊陣容が構築される。

 「いま聞いた限りでは、自信満々のようですが――」

 「まだ半分も話しちゃいないぜ」ハルゼーは言った。「今回はこの第8任務部隊、ブラウンの第11任務部隊、そしてフレッチャーの第17任務部隊を中核として、真珠湾に大攻勢を仕掛ける。憶えてるよな?」

 スプルーアンスは少しの間、考えていた。「32年の『フリート・プロブレム13』!」スプルーアンスは言った。「ハリー・E・ヤーネル提督が成し得た、奇跡の大勝利ですね。確か敵艦隊に気付かれることなく、真珠湾の航空戦力を沈黙させたと……」

 「いいや」ハルゼーはかぶりを振った。「“奇跡”じゃない。必然だよ。フットボールを考えてみろ。空というフィールドなら、コンタクトもせずにエンド・ゾーンまで一直線だ。何しろ敵が居ないんだからな。同等に対峙出来る『航空戦力』が敵側に居なけりゃ、こっちの一人勝ちってもんだろ?対空砲もたかが知れてるしな」

 スプルーアンスは頷いた。「では、今回は32年の再現を?」

 ハルゼーはかぶりを振った。「いや、違うな。再現というよりは踏襲、そして発展だな。今回は空母3隻と足の速い駆逐艦、巡洋艦で強襲するんだ。落伍するであろう戦艦はその大半を除外する」

 スプルーアンスは瞠目した。「戦艦を、ですか?ヤーネル提督も後方戦力として布陣させていたというのに、始めから除外してしまうんですか?」スプルーアンスは言った。「ジャップの立場となるならば、戦艦は多いに越したことはありませんでしょう。何しろ、彼らはアドミラル・トーゴーの意志を具現化させたような世界最大・最強の戦艦『Y』を就役させたと聞きます」

 「そうかもな」ハルゼーはどうだろうと思いながら返事した。「でも『Y』の存在は確認されたかもしれないが、他の戦艦の情報は一向に聞かない。『Y』に劣る戦艦の存在もだ。逆に空母の大量建造の報が日夜情報部から届いてるじゃないか」

 「では、彼らは空母主体の艦隊を中核に?」

 「間違いない。奴らは戦艦なんて造る気はさらさら無いんだ」ハルゼーはそうは言ったが、渋い顔を浮かべた。「だが……よく考えれば筋の通らん話かもしれない。情報部が掴んだ情報も、帝国海軍が流したでまかせかもしれん。だが、奴らの国力や地理的特徴を考慮すれば、空母っていう機動性に富んだ兵器をジャップが主力にするという説は、何もかも筋が通ってくるんだ」

 ハルゼーの顔は浮かなかった。


 

 フランク・J・フレッチャー少将が将旗を掲げる空母『ヨークタウン』は、徐々に速度を上げながらその艦体を湾外へと滑らせていく。スプルーアンスは旗艦『ノーザンプトン』の司令官室からそれを眺めていたが、視線は再びハルゼーに向けられた。

 「もうすぐだ」ハルゼーは言った。

 スプルーアンスは腕時計を見る。針は1時を差している。「えぇ、あと2日ですね。フリートプロブレム開始は」スプルーアンスは言った。「今回、太平洋方面で重視されているのは、日本機動艦隊による奇襲の可能性とEU東洋艦隊との戦闘、そして――」

 「戦艦『Y』……だろ?」

 スプルーアンスは頷いた。「『Y』と同級の戦艦は、我が合衆国海軍には存在しません。『アイオワ級』の就役は2、3年は先のことでしょうし、それにしてもたかだか16インチと聞きます」スプルーアンスは言った。「最後の希望は『モンタナ級』でしょうが、これにしても建造はまだ始まったばかりだとか。既に現実となった悪夢に対処するには、役者不足と言えましょう」

 「悪夢……ね」

 ハルゼーは伸びをしてから腰を上げ、湾内に浮かぶ旧式戦艦群を見据えた。

 「何も同じ土俵で戦ってやる必要は無いんじゃないか。戦艦が最強だという高邁な理想も、数十発の航空魚雷の前には何の役にも立たない筈だ」ハルゼーは言った。「レイ。もし戦争になって俺の身に何か起きた場合には、戦艦じゃなく機動部隊の指揮を執って欲しいんだ」

 「そんなとんでもない!」スプルーアンスは慌てて言った。「貴方が負ける筈が無い。貴方は高齢だというのに『ウイング・マーク』を取得した不屈の人なのですから」

 ハルゼーは渋面を浮かべた。「おい、レイ。俺はそんなに年じゃないぜ」ハルゼーは言った。「それに『Y』なんて気にするなよ。『Y』なんてたかが大戦艦ビッグ・バトル・シップだよ。それに比べて、『M』(モンタナ)巨大戦艦ジャイアント・バトル・シップだぜ」

 たとえモンタナ級の全長が280mだとしても、全長263m、基準排水量64,000tの『大和』が“大戦艦”というのは、控えめな形容だろう。完全なパナマックス艦であるモンタナ級は、史実では結局建造中止となったが、その船体設計は『ミッドウェイ級』空母に活かされることとなる。

 「えぇ、そりゃ合衆国海軍が日本海軍に負けるとは思いませんが……」スプルーアンスは言った。「でも油断は禁物というものでしょう。奴らもこの時期、大規模な演習を行うと聞きましたし」

 「油断も、し過ぎれば取り越し苦労だ」ハルゼーは言った。「EU東洋艦隊が何だ。たかが烏合の衆に過ぎんよ。頼みの綱の日本海軍も、プライドだけが一人前のロイヤル・ネイヴィーに足を引っ張られて、トーゴー・スタイルの戦闘もろくに出来んだろうさ」ハルゼーは渋面を浮かべた。「考えても見ろよ。“ジョンブル”と“イエロー・モンキー”が協力するんだ。その哀れな末路なんて、誰の目にも見えてる」

 「『隷属』か……、『決裂』か……」スプルーアンスは言った。「我々としては、後者の方に至って貰いたいものです」

 ハルゼーは頷いた。

 「あぁ、それが一番だろうさ」

 

 

 1942年2月3日

 東京府

 

 時に2月、米海軍の『フリート・プロブレム22』が行われる裏で、EU海軍もまた大規模な軍事演習を企画していた。『第1回アジア合同海軍演習』である。マラッカ海峡を中心とする同演習は、大日本帝国・イギリス・ドイツ・オランダ・オーストラリアのEU加盟5ヶ国で開催される合同海軍演習である。無論、これは米海軍のフリート・プロブレム22に対抗する為のもので、同時期には西大西洋方面でも大規模な合同海軍演習が実施されることとなっていた。

 「吐き気が込み上げてきた。ジョンブルめ、我々をペットの猿か何かと勘違いしてるんじゃないのか?」

 そう憤懣ぶちまけるのは、森下信衛大佐だ。彼の憤りの真意はイギリス海軍側の要望書類――と、いうよりは半ば命令――で、その内容は戦艦『大和』を中核とする、戦艦部隊を演習に参加させて欲しいというものだった。

 「ジョンブルは軽口叩きらしい。『大和』を演習に参加させろというが、こちらの苦労も悟れというものですよ。ただ単に『大和』をマラッカ海峡に動かす、といった所でそれには『油』が要る。『飯』が要る。『人』が要る。それに米海軍のアジア艦隊が潜水艦を集中配備していて、迂闊に動けば撃沈される可能性も否めない」

 「だな」伊藤整一中将は言った。「戦艦もそうだが、軍艦っていうのは造るよりも維持、運用するのがもっとも大変なんだ。戦争末期に燃料を失った『大和』は一歩も動けず、ウドの大木となって困窮する海軍を苦しませた」伊藤は唸った。「それにアジア艦隊司令官のトーマス・C・ハート大将は潜水艦の分野にしてみれば中々の好敵手と聞いている。Uボートから学んだ彼は、配下の潜水艦に通常以上の重武装をさせ、我が海軍やEU籍の艦船を監視していると聞く。下手に動かせば『大和』も沈みかねん」

 「ですが、イギリスとの関係は保ち続けなければ我々は孤立しましょう」陸軍人の原は言った。

 伊藤は頷いた。「それに今回は英海軍に機動部隊運用の利を知らしめる良い機会だ。史実の『マレー沖海戦』が頓挫した今、我々の第一航空艦隊がその利を『完敗』の2文字をもって東洋艦隊に知らしめる」伊藤は言った。「そうしなければ、英海軍は戦争に負けるだろう……」

 史実、英海軍が機動部隊の運用法を確立するのは、第二次世界大戦あってのことだった。雷撃機によって戦艦3隻を損傷たらしめた『タラント空襲』、海軍の顔である巡洋戦艦『フッド』を撃沈された憤りから成し得られた、戦艦『ビスマルク』に対する雷撃機運用。そして『マレー沖海戦』で発生した、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』と巡洋戦艦『レパルス』の損失。それらの経験は、かつては世界最強を謳ったロイヤル・ネイヴィーの鼻っ面をへし折るという屈辱も与えたが、同時に有益な戦訓を得るにも至った。

 しかし第二次世界大戦の頓挫した今物語においては、ロイヤル・ネイヴィーにその戦訓を与えるには、圧倒的な勝利か完敗を与えるしかなかった。

 無論、伊藤には『完敗』の2文字を頂く気はさらさらなかった。

 「我が連合艦隊と東洋艦隊」伊藤は言った。「どちらにしても首に縄を掛けられた存在だ。米海軍という宿敵が存在する以上、それは変わらない。問題はその縄が首吊り台に繋げられる前に、相手の縄に楔を打って我々の言いなりにすることだ。ロイヤル・ネイヴィーにしても、同じことを考えているだろう」

 「では、今回がその楔を打つ好機という訳ですね?」



 森下の問いに、伊藤は頷いた。「楔を打つのはあくまでも我々だが、縄は長く緩めておく。我々の手の内に踊らさせていると、気付かせない為にもな」

 

 

 

 

 






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