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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
断章 北国の大和~1942年
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断章 クズネツォフ提督の憂鬱

 断章『クズネツォフ提督の憂鬱』

 

 

 1942年春

 ソビエト社会主義共和国連邦


 バルト艦隊の根拠地であるクロンシュタット-コトリン島は、大小多くの島が偏在する多島海(アーキペラゴ)に属していた。そして同時に、その周囲をフィンランドやエトアニアといった仮想敵国に取り囲まれていた。無論、ソ連海軍やスターリンはその環境を快く思う筈が無かった訳だが、その苛立ちはEU――ヨーロッパ同盟の誕生によって、恐怖に替わろうとしていた。モスクワで執務をこなしていたニコライ・クズネツォフ海軍人民委員(海軍大臣)がクロンシュタットへ急遽赴任したのも、日に日に膨張する恐怖に解決策を講じる為であった。

 クズネツォフはクロンシュタットの赤旗勲章受章バルト艦隊司令部入りし、早速作戦室へと向かった。室内にはバルト艦隊司令官のフィリップ・オクチャーブリスキー中将、そしてイワン・イサコフ海軍参謀総長の姿があり、バルト艦隊の諸提督達が横一列に並んでいた。クズネツォフは険しい表情を浮かべ、敬礼する諸提督達を見据えた。

 「楽にしろ」クズネツォフは片手を上げ、言った。

 「ようこそ、バルト海へ」

 オクチャーブリスキーは媚諂うような笑みを浮かべ、握手の為に右手を差し出した。クズネツォフは手早く握手を済ませると、部屋の中央に設置された円卓に一瞥をくれた。フィンランド湾を起点とした、バルト海の海図が開かれて置いてあった。

 「戦況は?」

 クズネツォフは単刀直入に訊いた。

 「EU海軍の第3潜水艦隊所属と思わしき潜水艦群の活動が活発化しております」バルト艦隊司令部の作戦幕僚の一人、ザイチェフ大佐は言った。「先日も、Uボート並びにアンダイン級潜水艦の混成潜水艦部隊の存在が近海域で報告され、その数は凡そ18隻と推測されています。先月は日本のイ号潜の存在も確認されております」

 「イ号などは基本、ブリキバケツとさして変わらんから無視しても構わんが、キャベツ野郎(ドイツ)ライミー(イギリス)のU潜水艦共は危険だ」クズネツォフは言った。「対潜警戒を厳とし、EUの混成艦隊や潜水艦部隊が入れんよう、機雷封鎖の準備を着実に進めておけ。下手に艦隊決戦などとなれば、我々に勝機は見えん」

 EUの誕生、それに伴うソ連海軍を襲った恐怖の影響と言えば、ニコライ・クズネツォフ海軍人民委員の到来とイワン・イサコフ海軍参謀総長の赤色勲章受章バルト艦隊司令部への駐在、そしてEU海軍混成潜水艦隊の台頭であった。とくにUボートの数と性能は圧倒的で、ブロック方式・電気溶接で建造されたそれは、バルト海を埋め尽くさんばかりに大量建造が進んでいた。また、未来のUボート・エース達が続々と配備されており、日英よりもたらされたソナー・レーダーを搭載する艦も少なくなかった。ソ連海軍最大の65隻という数の潜水艦を保有するバルト艦隊だがこの場合、質と数において圧倒的に敗北していたのである。



 それに、主力艦においてもその戦力差は歴然であった。

 これまで、ソ連海軍の上層部はドイツ海軍を仮想敵として定め、その準備を進めてきていた。しかしEUの誕生と同時にフランス・イタリア海軍、そして英国海軍(ロイヤル・ネイヴィー)を相手としなければならなくなった。それは『沿岸海軍』であって『大洋海軍』ではないソ連海軍には無理難題な話であり、クズネツォフが最も頭を悩ませる問題でもあった。

 「我がバルト艦隊は戦艦『ガングート』を旗艦とし、姉妹艦『ペトロパブロフスク』と最新鋭巡洋艦『マクシム・ゴーリキー』を主要戦力として保有しております」オクチャーブリスキーは言った。「更に『クラースヌィイ・クルィーム』以下3隻の巡洋艦、駆逐艦21隻、潜水艦65隻、そして外縁航空戦力を含めた航空機750機が補助戦力として存在しますが――」

 「機動戦力は?」

 クズネツォフは訊いた。「今回の作戦に機動戦力は欠かせない。確か『ミハイル・フルンゼ』があった筈だが」

 航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』艦長のイワン・N・ホロストロフスキー大佐は頷いた。「ダー(はい)、しかし主要戦力とは成り得ないと将官は考えております。何故なら、我々の空母と他国の空母ではその運用方法が全く異なり、重雷装を誇るミハイル・フルンゼは対潜任務に適しているからであります」

 ホロストロフスキーが言うように、ソ連と別国との空母運用方法は異なっていた。大洋ではなく、制限された海域での戦闘、そして敵潜水艦の存在を考慮されたソ連の空母は雷装・砲装に富み、艦載する航空機も日米のような対地攻撃には使わず、敵潜に対する雷撃や制空権の確保のみに限定された。また、モントレー協定の足枷もあり、ソ連は空母を空母と言わず『航空巡洋艦』等の呼称で位置付けた。そして巡洋艦と言い張るからには重武装が求められ、結果的にソ連の空母は他国の空母よりも火力に富んでいたのである。

 この航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』は、そんな条件の揃う重武装空母であった。1920年代の初期型空母の表層を見せるミハイル・フルンゼはその名を聞けば薄々気付くかも知れないが、ガングート級戦艦の第3番艦『ポルタワ』である。史実、ミハイル・フルンゼは1922年にレニングラードはネヴァ河で火災事故を起こし、一次着底、そして浮上。引き揚げられたミハイル・フルンゼは損傷激しく、目も当てられない姿になっていた。そこで持ち上がったのが、『空母』への改装案であった。

 史実、同計画は予算・資材不足によって頓挫したのだが、今物語では違っていた。設計陣や航空主兵派による働き掛けと、同時期に建造が進んでいた英海軍空母『イーグル』、仏海軍空母『ベアルン』への対抗心から、ミハイル・フルンゼは戦艦から『航空戦艦』へと生まれ変わったのである。


 

 「だが、敵は数十を超える空母を保有し、機動戦力基幹の艦隊で布陣してくることだろう」クズネツォフは言った。「そうなると、それに対抗する手段が少しでも必要となる。我が海軍の機動戦力はこの航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』に加え、重航空巡洋艦へとシフトチェンジした『チャパエフ』級巡洋艦2隻――クズネツォフによる介入により、1番艦『チャパエフ』と2番艦『チカロフ』が空母化――軽航空巡洋艦の『イルクーツク』級(71A型軽空母)、そして70機の艦載を見込む『アストラハン』級重航空巡洋艦(71B型空母)だ。足掻きはしたが、これでも足りん」

 史実でもそうだが、クズネツォフは空母の建造に並々ならぬ熱意を持っていた。1944年には『72型』軽空母案を支持したり、ドイツ海軍より鹵獲した空母『グラーフ・ツェッペリン』を完成させる計画や、同じく鹵獲した重巡洋艦『ザイドリッツ』を空母に改装する案を出していたのである。

 しかし、これらはスターリンによってことごとく却下されてしまった。『沿岸海軍』のソ連海軍には不向きであった事や財政面、そしてスターリン自身が戦艦や巡洋艦こそが『力』であると考えていたということもあった。唯一、グラーフ・ツェッペリンは実験・練習空母として完成させることが認められたのだが、損傷の激しさから断念された。

 「閣下、そのような戦力があらずとも、戦艦や巡洋艦、駆逐艦で十分に対処出来ましょう」そう言ったのは、オクチャーブリスキーだった。「数年後には『ソビエツキー・ソユーズ』級、チャパエフ級、そしてマクシム・ゴーリキー級が就役します。今年の海戦は独英の戦艦を相手とすれば厳しい戦いになりましょうが、ソビエツキー・ソユーズを始めとする艦艇が順次就役すれば、何とでもなりましょう」

 クズネツォフはオクチャーブリスキーが典型的な大艦巨砲主義者であり、親スターリン派であることを確信した。つまり、自分とは相対する正反対の人間なのだ。

 「これからは空母の時代だよ、オクチャーブリスキー中将」クズネツォフは言い、かぶりを振った。「航空機こそが海戦の趨勢を決める鍵と言っても過言ではなかろう。そう思えんのも無理な話じゃないが、空母の有用性は万国の海軍で認められ、世界は急速に空母の建造を進めている。我がソ連赤色海軍も、それに乗り遅れてはならんのだよ」

 そう言い、クズネツォフは海図に目を向けた。

 「ホロストロフスキー大佐」

 「はッ!」

 「貴官は、EU海軍の北方艦隊に対しては如何に対処すべきだと思う?」

 ホロストロフスキーは声を張り上げて言った。「敵艦隊に対しては機雷封鎖による移動の制限を図り、同時に海軍航空隊の陸上航空戦力を有効に利用した攻撃を図るべきかと。I-16やYak-1戦闘機によって制空権を確保した後、Il-2を始めとする攻撃機を投入します。新型機であるIl-2は爆撃及び重雷撃に特化した機体と聞いておりますので、これを効率的に配置し、湾内にのこのこやって来た北方艦隊に止めを刺してやるのです」

 フィンランドにとっての不利、ソ連にとっての有利は――主力艦隊の位置にあった。国軍の海軍戦力がたかが知れてるフィンランドだが、同国は『オブザーバー国』でEUの駐留兵力が存在しなかった。これはソ連との戦争への発展を危惧したことと、同国の軍隊を国防のみに配置したかったからである。

 EU憲章において、いわゆるオブザーバー国はEUに属する他国軍の駐留が禁止されており、有事の際のみに『軍事支援』――という名目で混成軍が派兵される。主要同盟国や準加盟国にはEUに関連する戦争に対し、それに対処する為に兵力を送る義務があるのだが、オブザーバー国はEU全体で勃発する戦争に兵力を送る義務が無いのだ。ソ連に面するフィンランドはEUでの軍事的加盟によるソ連との戦争発展や、他国間で勃発する戦争に関与したくなく、EUが戦争への抑止力になると考えていた。

 こうしてフィンランドはオブザーバー国となったのだが、結局の所はEUという抑止力も功を奏さず、ソ連は戦争を起こそうとしている次第である。

 結果として、敵からの侵略以外の平時には、フィンランドには一切の戦力の配備は禁止され、それは艦隊においても同様だった。エトアニアは中立的立場にある為、EU海軍はノルウェーやポーランドやドイツにその戦力を配するしかなかった。ただ、もっとも近いノルウェー-ストックホルムの駐留艦隊は、港湾設備の不足とEU主要加盟国がソ連との戦争発展を恐れている為、十分な戦力とは言えなかった。結果として、バルト艦隊はフィンランド湾においては一定の地の利を得ている訳である。

 クズネツォフは頷いた。「では、貴官は護衛の駆逐艦とミハイル・フルンゼから編成される小艦隊を指揮し、対潜・対空哨戒に従事せよ。敵の潜水艦を一隻でも多く、バルト海の藻屑としてくれることを期待する」



 「――では本日はこれにて一次解散とする。今後の具体的な作戦方針の決定は、次の会議で実施する」クズネツォフは言い、諸提督達は一列に並んだ。「では、解散」

 

 

 

 

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