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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第5章 戦前の大和~1941年
41/182

第41話 空母長門

 第41話『空母長門』

 

 

 1941年3月10日

 広島県/呉

 

 帝国海軍における一大根拠地である呉の海軍工廠は、戦艦『大和』の第3次改装に向けて資材搬入が始まっていた。第1次改装では老朽化した船体の補強、部品類の交換・点検。第2次改装では新型電探、主砲、高角砲・機関砲の大増設が行われた。これは1945年の終戦前、海軍が主砲を除いた全兵装を排し、終戦後およそ1年間は放置状態にあったからである。老朽化、度重なる戦闘を経て老朽化した艦体も大きな足枷であり、更に外の目を気にする為に作業は『秘匿』として、細々と行われていた。その為、本格的な大改装には約4年の歳月を有してしまったのである。

 「遂に『大和』復活も目前か!」山本海相は連合艦隊司令部でもある戦艦『大和』会議室で声高らかに告げた。部屋には連合艦隊司令長官の吉田善吾海軍大将、艦長であり『大和会』の一員である森下信衛大佐、参謀辻政信陸軍中佐、連合艦隊司令部参謀長――史実では軍令部次長――伊藤整一少将、そして『大和会』代表にして現海軍中将であり飛行訓練生でもある藤伊一――5年後の伊藤整一が居た。彼等は近い戦艦『大和』完全復活に向けた、最終会議を行う為この場に集まっていたのである。

 「しかし、閣下」吉田連合艦隊司令長官は言った。「この改装はいささか『大和』の信頼性を欠けさせ兼ねないものです。何しろ、試作の機関を『大和』の動力源にするというのは……」

 一同は艦政本部から提出された、第3次改装後の推定性能諸元書を見ていた。


 ■第3次改装後『大和』性能諸元


 基準排水量:65,000t

 全長:263.0m

 全幅:39.9m

 水線長:256.0m

 機関

  主缶:ロ式艦本式専焼缶×12缶

  主機:艦本式高中低圧式ギヤードタービン×4基4軸

  出力:187,000馬力(計画)

 最高速力:29.5ノット(計画)

 航続距離:16ノットにて7,300海浬以上(計画)

 燃料搭載量:6400t

 兵装

  45口径46cm三連装砲:3基9門

  65口径九八式10cm高角砲:14基

  60口径ボ式40mm四連装高角機関砲:20基

  60口径九六式25mm高角三機関銃:10基

  76口径九三式13mm高角三機関銃:2基

 装甲

  舷側:410mm

  甲板:200~230mm

  主砲防盾:650mm

  艦橋:500mm

 搭載機:7機

  

    

 防御性能面は艦隊決戦を想定した対超弩級戦艦級だが、その兵装は大きく変貌した。機動艦隊護衛を想定し、副砲4基を増設せずに九八式10cm高角砲――長10cm高角砲を搭載、独自開発を目指して海軍技術陣が開発していた国産ボフォース40mm機関砲及び輸入品によって、『大和』は針鼠と化した。

 そして、何より今回の改装の売りは機動艦隊の随伴を可能とする――“速力”の獲得にあった。これは元々使用していたタービンを陽炎型駆逐艦『天津風』用の新型タービンに換装するのである。

 「だがね、吉田君。未来では大丈夫だった」山本は言った。「試作品に疑念を抱くのも仕方無し……と、言いたい所だが、時代はそうは言ってくれんのだよ。世界情勢と空母は待ってくれん。機動艦隊への随伴を可能とするものを配備しておかねば、国防は成り立たん」

 実験艦である『天津風』に搭載された艦本式高中低圧ギヤードタービン――は、その馬力において『大和型』搭載のタービンを凌駕する。大和型戦艦にも搭載されるロ式艦本式専焼缶が圧力40Kg、温度400℃という高圧高温により、高性能化。駆逐艦1隻で52,000馬力の出力が実現した。このボイラーから生まれる優れた蒸気と新鋭ギヤードタービンの力により、天津風は高速性を実現したのである。

 一方、大和型のロ式艦本式専焼缶は使用缶圧25kg、使用温度250℃という設定がなされていた。これが初春型駆逐艦に採用されていた、艦本式高低圧タービンを回していた。この使用実績の高いタービンを、長期信頼性向上のため約10%にデチューン――性能下げし、1軸宛2組の構成で、4軸合計で150,000馬力としていた。

 しかし初風型駆逐艦の2基2軸タービンの総合馬力が42,000馬力なのに対し、天津風は52,000馬力を実現していた。これを4基搭載し、10%デチューンした上で、29ノット以上という快速が『大和』に実現されるであろうと、艦政本部の技術陣は考えていた。

 「天津風は島風型の実験艦ですが、史実では優れた性能を発揮しています」沈黙を貫いていた藤伊は言った。「更にこの動力源は改造空母である飛鷹型にも採用され、戦果を残しています。『大和』もまた、それに並ぶ戦果を今度こそ、残すことが出来ましょう」

 「しかし藤伊閣下」辻は首を振った。「わざわざ駆逐艦の動力機関など付けずに、空母の機関を付ければ良かったのではないでしょうか?聞いた所では、翔鶴型空母の機関は16万馬力を誇っているとか」

 藤伊は頷いた。「私もそうだが君も素人らしい。艦政本部の技術屋に聞いた話では、そのようなことはかえって『大和』の速力低下に繋がるといっていたのだよ」

 「それはその技術屋が謀ったのでは?」辻は言った。

 「いや」藤伊はかぶりを振った。「空母や駆逐艦、巡洋艦の機関を戦艦に換装するにはデチューンを施さなければならない。つまり16万馬力の機関を10%性能落ちさせねばならんということだ。これでは160,000馬力の翔鶴型空母用機関はその出力が10%デチューンされ、144,000馬力に落ちてしまう。これで分かるだろ?」

 辻は唇を噛み締めた。「成程、本来の馬力よりも落ちてしまいますな」

 「それが分かれば結構」藤伊は笑みを浮かべて見せた。「私も最初はそれで技師を困惑させてしまった。まるで旧体制の人間と変わらんよな?いつの間にか苛立ってぐちぐち言ってたよ」藤伊は首を横に振った。「大和の本来の馬力は168,000馬力らしい。これを信頼性など切り捨ててデチューンを施さず、ボイラーの圧力をもう少し掛けてしまえば、28ノット以上の快速を楽に得られるという話だ」

 大和型に使用される機関は、本来新型のものが製造される筈だった。しかし、予算圧縮や開発の難航により、初春型駆逐艦用機関の搭載が止むを得なくなってしまう。そして、史実において世界最大――基準排水量65,000tながらも『アイオワ級』戦艦に6万馬力も負けてしまうという残念なものとなってしまった。

 「今回、『大和』が18万馬力を実現したとしても、依然米海軍の『アイオワ級』に負けているのは明白だ」山本は言った。「であるからして、今後機関の新規開発を続けるとともに、『島風型』駆逐艦用の機関を『改大和型』に搭載するという案を立てている」

 島風型駆逐艦は帝国海軍としては異例の高性能機関を載せた駆逐艦である。高圧高温缶を利用した機関の生み出す出力は75,000馬力にも相当し、その最高速力は40ノット以上であった。もし機関の生産体制が整い、『大和型戦艦』の改良型である『改大和型戦艦』にこれを載せるとした場合、10%デチューンしたとしてもその出力は27万馬力は下らない。更に信用性を考慮して20%デチューンしたとしても、24万馬力の出力を確保出来る。

 「しかし問題は多いと聞く」山本は言った。「どうやら艦政本部の話では、島風型機関の製造は困難だという話だ。それに30万馬力の出力に耐え切れるギヤードタービンの開発の問題も露呈している」

 日中戦争の予算や未来の技術、英独との技術交流によって冶金技術は史実以上に躍進しているとはいえ、それは付いて回る問題だった。陸軍は海軍から供与された1946年度の米軍重機――『夢幻の艦隊』の輸送艦に載せられていたもの――や英独の重機を基に国産重機の開発を始めていたが、難航していた。また、特殊鋼の良質化を図る為に尽力していたが、冶金技術の低さから以前上手くいっていない。とはいえ、2月からは国内統一の規格が定められ、EUの結成によってもたらされた冶金技術により、着実に成果は上がっていた。

 そして『改大和型』や『超大和型』もまた、その実現性が高まっていた。

 

 

 連合艦隊司令部のある戦艦『大和』は、呉の泊地で旧式戦艦に取り囲まれていた。それは伊藤ら『大和会』とともにもたらされた米海軍の旧式戦艦であり、ある程度の整備が済んでいた。これが北方や南方に対して威圧を掛ける為、『第七艦隊』や『海上護衛隊』の結成を待っていた。全艦は例外なくこの2つの艦隊に配備され、戦列に入る。

 しかしとある一隻の戦艦は、全く別の姿に生まれ変わっていた。

 「あれが『長門』ですか?」藤伊は工廠のドックに収容されていた艦艇を指差して訊いた。

 「今はもう『鳳凰』ですよ」吉田は答えた。「去年進水し、来月には就航予定です。今日はその性能諸元を取り寄せております」

 

 ■『鳳凰型航空母艦』性能諸元

 

 基準排水量:36,210t

 全長:228.0m

 全幅:36.0m

 飛行甲板長:215.9m

 吃水:9.4m

 機関

  主缶:ロ式艦本式専焼缶×12基

  主機:艦本式高中低圧ギヤードタービン×4基4軸

  出力:160,000馬力

 最高速力:30.6ノット

 航続距離:16ノットで8,700海浬

 燃料搭載量:5,600t

 兵装

  40口径八九式12.7cm連装高角砲:8基16門

  60口径九六式25mm三連装高角機銃:12基36門

 航空機搭載量:60機(常用)

       :10機(補用)

 装甲

  舷側:305mm

  飛行甲板:70+127mm

 

 

 戦艦『長門』を流用し、空母へと改造された『鳳凰型』は強固な防御装甲を張り巡らせた重防御性と、優れた指揮通信機能を誇った。これは、長門がかつて世界最高峰の戦艦であったことによる。

 「しかし残念ながら、艦の老朽化は否めません」藤伊は言った。「何しろ、私の居た時代で既に26年、この時代で4年と計30年もの艦齢です。更に米軍による管理下に入ったこともあり、老朽化は加速していましょう」

 今時代に時空転移して以来、この長門は仮想敵国の戦艦よりも帝国海軍を悩ませる存在だった。老朽化した艦体補強工事、そして維持には膨大な予算が組まれたが、与えた成果は割に合わないものだった。元々、条約に則った長門型戦艦であることもあり、条約切れ後の戦艦『大和』のように公に出来る存在でもなかった。もし『大和』のように世界へ公表してしまったら、条約をはなから破っていた卑劣な国として、外交・経済面での不信は避けられない。

 そんな長門に残された道は2つに1つだった。1つは同型戦艦『陸奥』のように海に沈めてしまうか、航空母艦として改造することである。

 「長門は敵よりも前に、自身の老いと戦わねばならない……ということですね?」辻は言った。

 藤伊は頷いた。「私が思うに、空母『鳳凰』は一航艦の旗艦として後方指揮艦にするべきかと」藤伊は山本や吉田の方に視線を向けた。「その重防御性能は言うまでもなく、過去には連合艦隊司令部も設置された艦です。その指揮通信能力は『天城型』巡洋戦艦を改造した空母『赤城』よりも優秀でしょう」

 「失礼ながら、閣下」辻が感情を込めて言った。「指揮官たる人間は常に最前線に居るべきかと存じます。それこそ、戦の真理。兵の士気を高め、敵側には圧倒的な畏怖を覚えさせるに違いありますまい」

 「なんだって?」吉田は渋面を浮かべて言った。「貴様は陸軍にその所属を置く身だ。それにたかだか中佐の分際の貴様に、帝国海軍の何たるかを語られる言われはないわ」

 山本は咳払いをし、口を開いた。「吉田君の言った通りだよ、辻中佐。最前線に指揮官が身を置くというのは正しいかもしれんが、時に間違いでもある」山本は言った。「指揮官を失った際の士気の低下を考えてみたまえ。もし軍の最高司令官たる大元帥陛下が一海戦ごとに戦地に赴くことになったら。そこで万一にも崩御なされることがあれば、帝国は落日の国と化してしまう」

 山本は更に続けた。「陛下は国を背負い込む御人。指揮官もまた、何万人の将兵の生命を預かる身だ。もっとも敵に攻撃を受ける位置に居続ければ、その立場に居るべき人間は次々と死ぬだろう……」

 後に最前線で戦死することを知っていた山本は、そのことを深く考えていた。彼にとって恐れは無かったが、死ぬ気もさらさら無かった。

 「君は最前線に赴くのだろう。しかし海と地――真逆の事象も考えてくれ。有能な現地下士官達は無能な司令官に我が物面して欲しくないものだよ」

 

 

 室内は静まりかえった。

 戦艦『長門』から改造された空母『鳳凰』は、未だ呉のドックに鎮座していた。かつて世界最強だった主砲、41cm砲は撤去され、副砲もまた綺麗に無くなっていた。代わりに巨大な艦橋と、一面に広がる巨大飛行甲板が構築されている。そんな生まれ変わった姿は、近代的な洗練さと古風な荘厳さを併せ備えて醸し出していた。

 

 1941年は『大和会』――帝国海軍にとっての『運命の年』である。EUの結成、戦艦『大和』の公開、オリンピックに向けた国内インフラの整備といまだに続いている『五輪景気』からきた好景気による生活水準の向上……。史実以上に存続する米内内閣の支持率は天井知らずとなり、権力は自ずと『大和会』に集積されていた。

 そして4月には、新生『長門』――空母『鳳凰』が就役する。これにより、帝国海軍は計4隻の新たな空母――『鳳凰』、『天城』、『サラトガ』、『インディペンデンス』――を保有したことになった。これは帝国海軍が数だけではミッドウェー1回分の敗戦を補填出来る戦力を得たことになる。更に、『大和会』の尽力により、戦車揚陸艦等の交換を条件に陸軍版空母『あきつ丸』『神州丸』等の海軍導入が実現されようとしていた。この艦艇交換は42年までに成立し、実施されると帝国海軍は新たな改装を加えて哨戒空母に変貌させた。



 そして空母天城を基とした、『雲龍型航空母艦』就役も間近であった。

 

 

  

 

  

 

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