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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第5章 戦前の大和~1941年
40/182

第40話 戦艦よければ全てよし

 第40話『戦艦よければ全てよし』

 

 

 1941年2月21日

 ドイツ/ベルリン

 

 ほぼひとりでに、品川健海軍中尉の両手がポケットに潜り込んだ。吹き付ける風は冷たく、品川は険しい表情を浮かべる。黄昏時のシュプレー川に流れる、黒い硝子のように滑らかな水面を茜色に染まった一隻の荷船が抜けていった。更に数隻の舟や遊覧船が一つの船団となって、あとからあとから上流から下ってくる。

 「……品川君」

 品川の背後で、男の穏やかな声が響いた。はっとして後ろを振り返ると、1人の男が立っていた。その男は、帝国海軍大佐で在駐独武官の小島秀雄だった。そんな小島は静かに品川の右隣に着いた。

 そんな中、不意に水をかき分ける轟音が聞こえてきた。と同時に、シュプレー川の川上から荷船のずんぐりとした鼠色の船体がゆっくりと突き出てきた。2人が待っていた船だ。蒸気機関の騒がしい駆動音は徐々に静まっていき、船体は川岸に停まった。品川は帽を脱ぎ、片腕を上げて左右に振った。それから少しの間、荷船からは何の応答も無かったが、やがて顔を黒くした1人の船員が出てきて、2人に手を差し伸べた。

 「カナリス長官が船倉にお待ちです」

 船員は静かに告げた。荷船の船倉には貨物ではなく、ヴィルヘルム・カナリス海軍大将が乗り込んでいたのだ。この荷船もまた交易目的の私用船などではなく、ドイツ国防軍諜報機関『アプヴェーア』の工作船だった。

 

 

 「大丈夫なのですか?」小島はカナリスに訊いた。「ゲシュポタやSSが監視している可能性も否めない」

 史実でもそうだが、小島はカナリスと親交があった。海軍兵学校のエリートにして第44期卒の小島秀雄は、帝国海軍人としては珍しく『ドイツ好き』だった。大戦前には2回、大戦後は1回の計3回に渡り、ドイツに駐在する。当時の海軍内の風潮からしてみれば小島のドイツびいきは良くはみられないものだったが、彼はあくまでも『親独派』であって『親ナチス派』ではなかった。事実、『ドイツ人以上にドイツ人的』『ナチス以上の国家社会主義者』と評価された親ナチス派の帝国陸軍中将、大島浩とは犬猿の仲であったし、反ナチス派のヴィルヘルム・カナリスと親交を持っていた。今物語でもそれは健在である。

 しかし史実とは違い、1938年の人事によって駐独武官としてベルリンに駐在している。これは『大和会』に力による所が大きく、原や品川との接触によって彼も『大和会』の一員となっていた。彼はカナリスとの仲によって『大和会』とアプウェーア――カナリス大将――との関係を築き上げた功労者でもあった。

 「何故?」カナリスは言った。「心配は無用だ。総統はEU結成に浮かれ、監視の目を緩めている。独断で行動しているヒムラーの御伽の騎士団(SS)共は危険だが、十分に対処出来る」

 小島はかぶりを振った。「ヒトラーを失脚させれるのは貴方だけだ。貴方は歴史上の陰謀に呑まれてはならない」

 カナリスは笑みを浮かべた。「そんなことより、良い物を用意してやったぞ」そう言い、カナリスはそれまで座っていた長方形の木箱をこじ開けた。中から飛び出たのは、おが屑に塗れた長筒だった。筒の蓋を開けると、1枚の青写真が出てきた。

 「これは……戦艦の設計図!?」

 小島が呆気に取られて呟いた。品川もまた、それに瞠目した。

 「そうだ。H級戦艦――通称“H41型”」カナリスは頷いて言った。「初期の“H型”を改良し、再設計された超弩級戦艦だ。君らの46cm砲を搭載し、現在建造されているH型を遥かに凌駕する」

 「凌駕……。具体的には?」

 「基準排水量10万t、全長309m、機関出力は27万5000馬力で速力30ノット。そして搭載主砲は20インチ(50.8cm)三連装砲3基9門だ。これは最新鋭の射撃制御レーダーと連動させ、精密砲撃を実現――」

 「ちょっと待て、20インチ砲だと!?」小島は愕然とした。

 カナリスは眉を顰めた。「ヒトラーは派手好きでね。大和型を凌駕する為、これぐらいの主砲を付けた戦艦を所望したんだ」カナリスは言った。「設計陣は従来の旧式戦艦の技術から大きくシフトチェンジを図った。日英両国によってもたらされた最新の建造技術を学び取ったからだ。そして、現行のドイツ海軍の予算・技術・資材・運用を考慮し、可能だと判断されたのが20インチ砲だった」

 20インチ砲――即ち51cm砲は帝国海軍の『超大和型戦艦』構想でも上がり、試作品も造られていた。決して実現不可能なものではなかったが、ドイツ海軍単独での建造は難しいものだった。しかし、11月の『日独英伊4国軍事同盟』締結によって英海軍の戦艦造船技術が持ち込まれ、H41型にも実現性が生まれる所となった。

 「帝国海軍もこの時期、試製51cm砲の開発に取り組んでいるが……」品川は言った。「ドイツ海軍内での進捗具合はどうなのでしょうか?」

 カナリスは顔を上げ、品川と目を合わせた。「まだ開発も始まっていない」カナリスは言った。「竣工が45年以降であることや国内財政を憂慮して、フリッツ・トート軍需相やヴァルター・フンク経済相はH41型の建造に反対しているが、レーダー総司令官はこれに大賛成だ。ヒトラーも乗り気である以上、建造の可能性は高いだろう」

 超大和型戦艦の建造も順調に進む中、今回のH41型の登場は大事件と言える。小島もカナリスも内心それに気付いていたが、品川はドイツ海軍がそれを造ることに驚きを抱いただけで、その存在に恐怖や不安を覚えた訳ではなかった。

 

 

 ――それは1938年の1月に遡る。青山南町の山本五十六宅に訪れた品川は、ドイツ赴任間近であった。伊藤とともに訪問した彼は山本に将棋を誘われ、それに同調して席に着いた。

 「して、君は戦艦こそ最強だと思っていると聞いたよ」

 世界最強最大の戦艦『大和』に乗艦していた品川は、未だに『大和』こそ最強だと自負していた。『坊ノ岬沖海戦』も無く、レイテ沖海戦では通信士官だった為、航空機の力を知らなかったのだ。そのことを知っていた伊藤は山本に話をし、山本は面白がって「一任して頂きたい」と提案したのである。

 「はい」品川は言った。「要は“運用”と“支援”の問題だと思うのです。『大和』を全面に推した戦略を組んでおければ、大東亜戦争も変わっていただろう……と」

 山本は頷いた。「では、君はこのままの駒で将棋を挑むとする」山本は飛車の駒を掲げ、裏を示した。「もし私の全駒が『飛車』だったとしたら……君は勝てるかね?」

 「それは……」

 「無理だろう?」山本は言った。「それが『航空機』の力だ。想像してみたまえ、『歩兵』を駆逐艦とし、『銀将』を軽巡洋艦、『金将』を重巡洋艦、そして『王将』を『大和』とでもしてみよう。まぁ例えはどうでもいいが、要はこの陣容では移動に制限があることを感じて貰いたいのだよ」

 「しかしこれは将棋であって――」

 山本はかぶりを振った。「戦だよ、これは。チェスのようなテーブルゲームとは訳が違う」山本は言った。「チェスは駒を分捕ることは出来んが、将棋は捕縛して戦場に再配置出来る。ある意味、もっともな机上演習とも言える」山本は更に続けた。「海戦として想像してみれば分かるが、君の艦隊は機動戦力がたった1つで、盤という制限された海域をちまちまと進む事しか出来ないだろう。それに引き替え、私の艦隊は機動戦力を十二分に推し出したものだ。制約は殆ど存在しないと言っていい。私は即座に駆逐艦の守りを突き崩し、君の『大和』をすぐに詰めるだろう」

 「閣下の申したいことは理解出来ました……」品川は言った。

 「いやいや、君はまだわかっとらんな」山本は言った。「1マスしか進めない歩でも、なければ辛いものだ。歩落ちで取った歩も出せなくては、駒不足となる。それに、相手の飛車を奪い取ることも出来る。つまりは機動戦力のみの布陣は防御には使えん。攻撃こそ最大の防御――というのなら、話は別だがね」   「では、戦艦というものもあながち使えない訳ではないのですね」品川は言った。

 山本は頷いた。「戦の程はそう簡単には読めんよ」

 

 

 シュプレー川下流、ベルリン市中心部を3人を乗せた荷船は進む。川岸には壮麗な建造物が聳え立っている。プロイセン王国時代の宮殿、シャルロッテンブルク宮殿だ。辺りは闇に包まれ、ちらちらと光る月光によってシャルロッテンブルク宮殿の輪郭がかろうじて見分けられた。船倉から外の空気を吸いに来ていた3人にとっては、それで十分だった。

 「EU海軍は本格的な増強に突入した」カナリスは言った。「イギリス海軍は18インチ砲搭載の新型戦艦のライオン級やジブラルタル級空母の多数建造、巡洋戦艦『フッド』の主砲を16インチに換装し、船体補強を施す近代改装を決定・開始した。フランス海軍はガスコーニュ級戦艦、オランダ海軍は3隻の巡洋戦艦、イタリア海軍は5万t級空母と18インチ砲搭載の新型戦艦。そして我が国は18インチ砲搭載のH級をEU海軍で一早く就役させ、20インチ砲を備えたH43型やグラーフ・ツェッペリン級空母の建造を進めている」カナリスは頷いた。「断言しよう。アメリカの大西洋艦隊はEU海軍の巨砲にのされ、北大西洋に散る」

 「それはどうでしょうか」

 品川は告げた。「戦艦は前時代の遺物。アメリカが新型戦艦を建造しているとはいえ、艦隊決戦という状況は生まれないでしょう」品川は言った。「それよりも機動艦隊に特化した駆逐艦・高速戦艦の集中配備を行えばワンサイドゲームで完封出来ると、私はそう思いますね」

 「それが“未来”の海戦なのかね?」カナリスは不思議そうに言った。彼は海軍に入ってこのかた、砲戦以外の戦闘を行った経験が無い。熾烈を極めたフォークランド海戦では防護巡洋艦『ドレステン』艦長を務めていたし、その後も巡洋艦やUボート、戦艦に乗っただけで機動戦力に触れた経験が無かった。

 「むしろ、今日の海戦と言うべきでしょう」品川は言った。「戦艦の世はいずれ終わります。それは確証出来ることなのです。いずれ戦艦という艦種が消え、航空機に唯一対応出来る対空火器で全てを固めた『防空戦艦』という艦種が出現するかもしれませんね」



 「俄かには信じられんね」カナリスは言った。「まぁいいさ。私はどっちみち陸上勤務だからな。海とは縁を切った。海の事は海の奴らに一任するよ」

 

 

 

 

 

 

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