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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第5章 戦前の大和~1941年
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第39話 ヨーロッパ同盟

 第39話『ヨーロッパ同盟』

 

 

 1941年2月13日

 ドイツ

 

 『ナチスの精神』と謳われ、ヒトラーやナチ党に残虐非道な使命を悟らせたとするこのドイツ第2の都市“ミュンヘン”――の歴史は長い。中世を思わせる建築様式の建物群が聳え立った、その古風な景観の街は何故か予想以上の感銘と神聖さをいつも感じさせる。常に驚きで心を奪われる場所だった。そして今日のアドルフ・ヒトラーにとって、その感覚はエクスタシーとも言える域に達していた。混沌と欺瞞に満ちたヒトラーの胸の内は、興奮にはち切れんばかりだった。  

 SS隊員達がミュンヘンの街路を封鎖しつつ、興奮した群衆を遠ざけようと威勢を張る。しかし興奮はやはり冷め切らないようだ。無数の閃光が煌めくや――カメラのフラッシュを焚いた為――メモ帳を持った記者達が殺到する。群衆の中、ヒトラーは毅然として前へ進み、SS隊員によって構築された道を駆け抜けた。

 「SSの警備員達には、決して人前で露骨な群衆対処するなと下命しておけ」ヒトラーはここに至るまでに、SS最高指導者にあたるハインリヒ・ヒムラーに対してその命令を出していた。これは目前に迫る『ヨーロッパ同盟』締結に向けて、無用な厄介事を増やしたくなかったからだ。

 

 

 ヨーロッパ同盟――通称『EU』は、去年1940年10月の『英国首相暗殺事件』を受けて誕生した国際組織である。ヨーロッパに迫る仮想脅威――アメリカ合衆国やソビエト社会主義共和国連邦――を位置付け、その脅威に経済的、外交的、軍事的防衛を協同で実行し、これに対処する。それには『EU憲章』第1条項である『集団的自衛』の行使が定められ、ヨーロッパ諸国のはっきりとした『対米対ソ団結防衛』の意志が世界に示されることとなる。

 EUはイギリスを理事国とし、ドイツ・イタリア・フランス・オランダ等を主要加盟国とする。そしてカナダを除く英連邦加盟国とヨーロッパ各国の植民地国、大日本帝国が準加盟国として同盟下に入り、フィンランド等北欧諸国が、オブザーバー国として同盟加盟国に続く。

 ヨーロッパと全く関係の無い日本が同盟の『準加盟国』という位置につけたのは、イギリス・ドイツ・イタリアの力あってのことだった。既に日本と軍事密約を結ぶ3国はEU加盟国の中でも大きな発言力を持っている。

 また、ヨーロッパ各国にとって国政の要ともいえるアジア植民地国のことを考慮し、成し得た加盟とも言えた。EUにおいて発言力を持つ主要加盟国はこのアジア植民地と世界最強の海軍力――18インチの巨砲を持つ『戦艦Y』――を誇る日本との対決姿勢は危険だと憂慮し、イギリス・ドイツ・イタリアの日本副加盟国入りの提案を受け入れたのである。それに追随し、ヨーロッパ小国、準加盟国、オブザーバー国も同意した。

 日本の加盟が成った訳だが、カナダ・中華民国の準加盟国・オブザーバー国化はこの頃には成し得ていなかった。これは米国との地理的・外交的面から2国が加盟を渋った為である。英連邦に属するカナダは仮想敵国アメリカに面した国だけあり――去年10月の『英首相暗殺事件』でも、米側への批判は極力控えている――中華民国はルーズベルト大統領と親交深い蒋介石が国家元首である為、無理もない話だった。しかしそんな2国も、後には加盟することとなる。

 

 今回、ドイツ第2の都市ミュンヘンにヒトラーが訪問したのは、そんなEUの締結条約を結ぶキーパーソンだったからだ。後に『ミュンヘン条約』として後世の歴史に刻まれる、ヨーロッパ・アジア間における防衛に関する合意事項を謳った条約の締結は――EU、“ヨーロッパ同盟”の誕生を意味する。

 「ヨーロッパならびにアジア、アフリカ、中東諸国の国賓方々」ヒトラーは檀上のマイクを強く握り締める。「忘れもしない去年10月25日、イギリスにおいてサー・ウィンストン・チャーチル首相がルーズベルトの刺客により、その命を絶たれたことを思い出してください……」ヒトラーは目を瞑った。「思い出しましたか?確か、我々が見た10月26日付けの新聞には、その一文が大々的に書かれていた筈です。そう、『英首相、米大統領ルーズベルトの魔手に堕ちる』です!」

 ヒトラーは拳を掲げ、眉を顰めて憤りの顔を群衆に見せ付けた。

 「ここでルーズベルト大統領の人間性について考えてみましょう。彼は1933年から今日まで、『ニューディール政策』という国家計画を続けていますね?ニューディール政策といえば、大規模な公共事業を行い、農民を手厚く保護し、労働者に救済の手を差し伸べましたね」ヒトラーは首を振った。「よく考えてください、その政策を。我々の遥か東に位置する長大な社会主義国家の指導者が行った、五カ年計画に似てはいませんか?」

 EU関係者や群衆は唸り、頷いた。即ちヒトラーが言いたかったのは、ルーズベルトが共産主義者である――ということだった。

 『ニューディール政策』は、1929年に突如として訪れた世界恐慌を克服すべく、ルーズベルト大統領が1933年から行った一連の経済政策である。テネシー川流域開発公社『TVA』を始めとする大規模公共事業、大規模雇用と全国産業復興法『NIRA』による労働者保護、農業調整法『AAA』による農業生産の制限による農家の保護等、複数の経済対策が定められた。

 だがそもそも、ニューディール政策はアメリカ人にとっては受け入れ難い政策だった。資本主義や個人主義――つまりは自由奔放を不文律とするアメリカ人にしてみれば、共産主義以上に毛嫌い出来るものはなかった訳である。しかし時は世界恐慌の余波が残る困難な時代であり、そんなことを言っていられる余裕はなかった。

 景気回復と雇用確保の為、定められた同政策は1930年中ごろには経済回復の兆しを見せ始めてはいるが、それは現在下降気味になっていた。10月の『英首相殺害事件』に端を発する米不信により、対外輸出は軒並み停滞を見せ始めていたからだ。イギリス人による米製品不買運動も重なり、アメリカは益々物が売れなくなっていた。それを種に米国内の保守政治家グループは、ルーズベルト退陣を迫る運動を加熱化させていた。

 「我々の敵はアメリカ――そして共産主義を崇拝するルーズベルトのような者達なのです」ヒトラーは言った。「指導者は信念を常に上手く使わなければならない。そう、信念はまさに――“火”です。正しく使えば人と道を照らす為の明かりをもたらします。しかし……」ヒトラーは言った。「使い方を一歩間違えば、全てを奪う危険な存在になりかねないのです。我々は信念を上手く扱う為、この『EU』を組織し、運用し、統制し――勝利する!」ヒトラーは拳を振り上げた。「我々は東西から迫る共産主義に断固たる決意と信念を持って対面し、勝利するのです。ご清聴、ありがとう」

 

 

 拍手喝采が挙がる中――ヨーロッパ同盟は誕生した。『ミュンヘン条約』締結の為、各EU加盟国の代表者達は円形の机の上に置かれた条約調印書に集まり、列を成す。最初に調印したのはドイツのアドルフ・ヒトラー。次にフランス首相のエドゥアール・ダラティエ。3番目は新英首相のアンソニー・イーデンが続いた。

 調印代表者の1人、英首相のアンソニー・イーデンはこの条約調印式で国家の指導者としての実力を証明しようとしている。初代エイヴォン伯爵のイーデンはダラム・カウンティの貴族の息子で、オックスフォード大学等エリートコースを歩んだ気鋭政治家だ。若干26歳で下院議員に当選、それから10年後には外務次官に就任した。35年から38年の3年間を外務英連邦大臣という高名な役職に就いていたが、1938年2月20日にこの職を辞し、後任のハリファックス子爵エドワード・ウッドに職を明け渡した。そして史実では、1940年のチャーチル戦時内閣に再び外務英連邦大臣として就任する。

 しかし今物語では違う。1940年、チェンバレン元英首相の死を受けて誕生したチャーチル新内閣において、イーデンはもっとも早く閣僚として指名されていた。これは当時外務英連邦大臣に就任していたウッドが病気で倒れ、後任が必要となったからである。その白羽の矢が立ったのが、イーデンだった。イーデンの人事は3年間の外務英連邦大臣歴に加え、チャーチルの姪と再婚していたことがあり、親族としての関係があったことも大きい。

 だが、やはり同人事に大きく影響しているのは対米外交だった。経験を持ち、外交での立ち回り方を知るイーデンはチャーチルにとって、貴重な人的資源だった。チャーチルが首相を就任する前から対米外交政策について2人は話し合い、それはチャーチル暗殺前夜にも続いていた。チャーチルの基本方針は穏便な解決であり、イーデンもそれに同調していたが、そんなチャーチルの考えを踏み躙ったのが今回の暗殺騒動だった。そんな『チャーチルの遺志』を歪曲した形で継ぐこととなったイーデンは、義叔父にあたるチャーチルを殺害したアメリカ――ルーズベルト大統領――に憎悪を抱き、『日独英伊軍事同盟』や『ヨーロッパ同盟』の締結を決意したのである。



 1941年2月15日

 東京府

 

 『今条約の締結は、世界を変える契機となるでしょう!』

 そんなアンソニー・イーデン新英首相の言葉を区切りに、同調印式は幕を閉じた。条約に明記された『対外への集団的自衛』は即座に実行され、EU連合国軍の整備を協同で行っていくことが定められた。スウェーデンのボフォース社は40mm機関砲を始めとする主力兵器をEU加盟国下では安価販売、及び破格のライセンス生産権を各国に売却することを決定。また検討中のEU統一制式拳銃として、ベルギー国営企業のFN社が自社製品のブローニング・ハイパワーを推薦した。そして、ドイツに建造を依頼したオランダ海軍の次世代巡洋戦艦は――史実よりも対空戦に特化した防空艦――その建造が始まっていた。

 そんな団結し、躍進するEUの準加盟国に登録された大日本帝国もまた、EUの誕生を国を挙げて盛大に祝っていた。英海軍のP船団が到着し、ヨーロッパの技術陣も続々と来日する。

 「これでひとまず安泰ですかな?」

 山本五十六海相は嬉々として告げた。「アメリカは確かに“世界の中心”ですが、“世界”を形創るのはヨーロッパです。つまりアメリカは四方八方を敵に囲まれてしまった形となる」

 「しかし……」伊藤整一中将は渋面を浮かべた。「しかし……これでまた、戦争に一歩前進してしまった。アメリカは対外輸出で成り立っていた国ですからして、対米経済封鎖などといった政策を検討するEUがそれを実行してしまったら――」

 「アメリカは経済不振を打開すべく、戦争を起こす――と?」

 伊藤は頷いた。「そうなるのは時間の問題でしょう。いわば“世界規模のブロック経済政策”です。EUという1つの国家が持てる資本や資源を外の国に供給しなければ、その外の国は袋小路に陥ってしまう。となれば、その外の国は状況打開の為、『やむを得ない戦争』をしなければならなくなる」

 それはかつての大日本帝国――“持たざる国”に該当する。植民地や資源を持たない枢軸国は、経済不況打開の為に戦争を起こした。しかし、その持たざる国は『EU』という“持つ組織”に加盟した以上、打開の為の戦争はEUが不振にならなければ永遠に失われるだろう。しかし、そんなEUから蚊帳の外に出されたアメリカやソ連が手を組み、打開の為の戦争を起こしてしまったらどうなるだろうか?

 ――日本は再び、破滅の道を歩むことになる。

 「それにしても、今回のEU結成は突然過ぎる」伊藤は言った。

 「成程、確かに……」山本は唸った。「外交筋ではイーデン英首相とヒトラーがその発起人だと言うが、何だが腑に落ちませんな。本当にこれは2人の描いた“絵”なのでしょうか?」


 「実は今日閣下を呼びましたのは、そのことについてなのです」

 伊藤は険しい表情を浮かべ、言った。「去年11月の折、帝国図書館の『帝機関』本部にて、総参謀長の石原莞爾中将が、駐日ドイツ士官であり特務機関所属のシュミット少佐を呼び出した……とか」

 「しかし石原は総参謀長、帝機関に属するシュミットと話をしてもおかしくはないのでは?」

 伊藤は頷いた。「ですが不穏な噂もありましてな。その後も石原中将は接触し、私邸にまで招いたという話もあります」伊藤は言った。「これは過剰な考えですが私が思うに、EUの生みの親は――石原莞爾ではないかと思うのですよ」

 山本は愕然として瞠目した。「それは憶測ですな?」

 「はい」伊藤は頷いた。「確かに根拠や証拠はありません。しかし、あの男は何でもやる男です。満州国を建国し、英首相暗殺を指揮し、私の歩んだ歴史では戦争末期には東條の暗殺に関わっていた。あれの力を侮ってはなりません」

 山本は顎を擦った。「成程、確かにEUは共産主義に対しても対決姿勢を取っている。あれは対ソ戦を強く願う男でしたからな」山本は鋭い口調に変わる。「実は去年の11月、奴は『大和会』の懇談会で何かを企んでいる節を見せていました。そして東條がそれに言及し、逆にあの男は石原と米内閣下にのされて発言力を失ってしまった……」

 「そうですか」伊藤は言った。「やはり……」


 2人は唸り、黙り込んでしまった。

 

 

 


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