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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第1章 戦前の大和~1937年
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第3話 夢幻の艦隊(中)

 第3話『夢幻の艦隊(中)』


 

 

 【自分の声がよく認識出来ないのと同じで、過去の自分の顔を見た所で最初はよく分からなかった。無論、他人とは思えないような、奇妙な感覚を覚えた事は確かだった。昔、鏡で見た自身の顔、写真に写った顔は記憶の片隅に埃を被って保存されていた。それでも、“あの日”以来、鏡は見ていなかったので、中々過去の顔を認識出来なかった。過去の私が私の名を語り、私が私の名を語ると、一間の沈黙が両者間の全世界を凍結させ、長き沈黙を起こした。その時間は一生を通り越して、永遠にも思える程に長く感じたものだ。結局、最初に口を開いたのは――過去の私だった。】


 (伊藤整一口述回顧録-第1部第2章『運命の日』より抜粋)

 

 

 1937年7月1日

 九州/坊ノ岬沖

 [戦艦『榛名』医務室]


 

 伊藤整一中将は相手の気持ちを斟酌する聞き手であり、若き日の伊藤大佐は忖度する聞き手であった。それは年の功――人生における経験値の差だった。補足すれば、忖度は相手の心情を推し量る事であり、斟酌はそれを汲み取った上で、必要な処置を施す事である。帝国海軍での4年間の戦争の中でも、彼は軍令部次長として気配りしてきたし、軍令部や海軍内で好戦況に浮かれ上がる参謀連中の話を聞くのにやぶさかではなかった。しかし、その中において彼は駐米経験から日本とアメリカの国力差を察しており、アメリカの力を甘く見ないようにと発言していた。今にしてみれば米国の戦力を楽観視するのは不思議にしょうがないが、最初の1年を考えてみれば妥当な考えであった。

 「何を仰るかと思えば……ご冗談を」伊藤艦長の声は明らかに引き攣っていた。

 「いや、本名だ」伊藤は言った。「無論、同姓同名の他人ではない。時を越えて来た未来の君――今から9年後の君だ」

 現実離れした、到底信じられない嘘だと、伊藤艦長は斥けようとした。空に浮かび上がった二つ目の太陽、一時的な電波障害、夢幻の艦隊……。複数の奇怪な現象の上、未来の自分と何が何だか分からない異常現象の数々に、彼は舌を抜かれた様に終始沈黙してしまった。

 「すまない。荒唐無稽な話だと思うが違うんだ。事実なんだ」

 それでも彼が納得していないと見て取って、伊藤は窓の外に指を差した。横付けされた巨大戦艦、名を『大和』――というその戦艦は、筋骨隆々たる鋼の巨躯を惜しげなく晒し、荒れた坊ノ岬に沈む気配を一切見せず、浮き続けていた。砲は三基、見た事も無い程に大きく、この戦艦『榛名』に積まれた主砲、45口径35.6cm連装砲でさえ、見劣りしてしまうほどに優れているのが見て取れた。

 伊藤は大和に指を差し続け、口を開いた。「これが4年後、呉を出るんだ」




 【この運命の日、つまりは9年前のこの日、私は榛名に乗艦していたか思い出せない。実際の所、恐らく中国方面に対する威圧任務の為、榛名は向かっていたのだと思うが、未だに真偽は分からない。年のせいか、はたまた9年の時を逆行した副作用か。どちらにせよ、私は年だという事に変わりはないのだが……】


 (伊藤整一口述回顧録-第1部第2章『運命の日』より抜粋)

 

 

 翌朝早く、戦艦『榛名』とその直衛艦隊は、最寄で最大規模の海軍基地、呉軍港を訪れた。朝霜が降り、空は曇天であったので、見つからずに入港する事が出来た。榛名の後ろには見た事も無い程に巨大な戦艦『大和』が綱で曳かれ、その直衛艦には戦艦『長門』、軽巡洋艦『酒匂』、航空母艦、未知の艦形をした潜水艦等、多種多様ながらも力強い歴戦の軍艦達が曳航されていた。戦艦『大和』の建造が始まった軍港として、呉鎮守府では盛んに作業が進められていた。

 呉軍港の一角では、呉鎮守府司令長官、加藤隆義中将が立ち、旗艦『榛名』率いる艦隊停泊の為のスペースを開ける最終作業を自ら指示しながら到着を待っていた。加藤は海外駐在経験――特に駐仏経験が多く、航空兵力の有用性を訴えた。しかし米英に対し強硬な意見を持っていながらも、米国には一度も行った事がなく、冷徹で理論的な温かみもへったくれもない彼は、伊藤としては全てを話すに値するか、不安に思える人物だった。

 純白の夏服を身に纏い、きちんと短く刈られた黒髪に口髭。元気に満ち溢れた加藤は、戦艦『榛名』の接岸作業を見張った。ホイッスルを首から紐で吊っていて、加藤はきびきびと音を鳴らす。接岸し、艦舷にタラップが掛けられると、艦長の伊藤が榛名から退艦した。

 伊藤艦長は敬礼し、加藤もそれに答えた。

 「伊藤艦長、緊急の案件とは……これか」

 戦艦『榛名』の後ろ、見た事も無い超弩級戦艦の姿を見て、唖然とした。呉鎮守府司令長官とはいえ、国家の最高機密に値する戦艦『大和』の情報は殆ど知る由もなく、彼は最初、その背後関係より、存在自体に驚愕していた。

 「それに空母、巡洋艦、他の戦艦も……」加藤は愕然として言った。「しかしこれらのフネを一体、何処で見つけたか?」

 「九州南方海域、坊ノ岬沖です」

 「坊ノ岬沖……か」

 加藤が物想いに耽る中、伊藤艦長は次の一手を打つ準備を進めた。

 「それで閣下、実はこれが全てではありません」

 伊藤艦長の言葉に、加藤は目を丸くした。「何、本当か?」

 「本当です」伊藤艦長は頷いた。「佐世保他、各地の海軍基地には一応、曳航の要請を図っておきましたが、呉の方には、実際にお話させて頂こうと思いまして。閣下には、坊ノ岬沖に多数確認出来る、漂流艦の回収にご尽力頂きたく存じます」

 加藤は一瞬迷ったか、首を縦に振らず唸った。しかし、戦艦『大和』の姿と、伊藤艦長の真剣な眼差しを見て、考えを整え直した。

 「分かった。事の重要性は把握した」加藤は言った。「回収艦を送るが、その間に一連の事柄について、説明して貰いたいのだが……」

 伊藤艦長は頷いた。「その場に“客人”を入れても宜しいでしょうか?」

 「“客人”……とな?誰だ?」

 

 「――伊藤中将です」

 

 


 1937年7月2日

 広島県/呉鎮守府庁舎

 


 石畳の道を進むと、赤煉瓦造りの巨大な建物が聳え立つ。呉を代表する煉瓦構造物である呉鎮守府庁舎は、延べ床面積1,990㎡の壮麗な建造物だった。外壁の煉瓦はイギリス積み。赤煉瓦と御影石を組み合わせ、美麗な景観を生み出している。1907年竣工のこの建物は巨額の金が注ぎ込まれて造られたものであり、戦艦『大和』同様、海軍の象徴的意味合いの強い建物でもあった。現代では海上自衛隊呉地方総監部庁舎となり、100年以上も前の建物ながら使われ続けている。

 1945年4月の沖縄特攻作戦を前に、伊藤は何度かそこに入った事があった。地元では最大で、なおかつ最も豪華な外内装の建物で、御影石の玄関と眼前に続く階段は、何一つ変わっていなかった。正面玄関に掲げられた海軍の紋章、桜と錨を仰ぎ、一同は進んだ。玄関奥の階段は赤絨毯が敷かれ、二階に続いている。建物は陸側、海側二つのファサード(建物正面)があり、陸側からは自動車、海側からは内火艇でアプローチ出来る。つまり、呉鎮守府庁舎には――裏手が無いのだ。加藤、伊藤艦長、そして“客人”の三人は中に入って、長い廊下を進み、司令長官室へと足を運んだ。

 「道中聞いたが、やはり信じられんな」

 開口一番、デスクに着いた加藤は言った。

 「そう感じるでしょう」“客人”――伊藤は言った。「しかし事実なのです。あの戦艦『大和』の事も話しましたが、私は9年後の伊藤大佐――予備役の伊藤中将です」

 加藤は渋顔を浮かべ、二人の顔を見据えた。言われれば似ている。しかし、それが事実を示す証拠にはなりえないと加藤は胸に呟いた。

 「ではこれを」

 伊藤は一冊のノートを取り出し、見せた。中には、戦時と戦後の新聞の切り抜きが複数張られ、複数の意見が書かれていた。いわゆる『スクラップノート』である。その中の一節、日本降伏やマッカーサーと天皇陛下のツーショット写真――日本国民に敗北を知らしめた一枚――が張られていた。これら、いわゆる米国のプロパガンダ入りの記事連ねられた一節を加藤に見せ付けた。

 「何たる事か!」加藤は怒号を発した。「このような捏造をして騙くらかす気か貴様!」

 伊藤は首を振った。「いえ、捏造ではありません」伊藤は言った。「これは私の物ではなく、一人の若人――戦艦『大和』の将兵の一人の物ですが、真実の証拠には違いありません」

 その刹那、伊藤の冷静沈着な瞳、その奥底に燃え上がる怒りの炎を加藤は見た。伊藤は冷静に事を伝え、自身の存在に信頼を得て貰うべく、その怒りを抑え込んでいたのだ。それに気付いた加藤は俯き、口を閉じ、ただ只管、ノートを見据えた。




  

 【加藤大将はあの時、何を思ったのか?恐らく、時と現実の惨さだろう】

 

 (伊藤整一口述回顧録-第9部第1章『代償』より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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