第2話 夢幻の艦隊(前)
第2話『夢幻の艦隊(前)』
1937年7月1日
九州/坊ノ岬沖
その日、静寂に包まれた坊ノ岬沖海域を駆る一隻の戦艦の姿があった。
運命の時間――僅か数分ではあったがその時、戦艦のマストに居た一人の見張り員の視線は頭上に釘付けとなった。覆い、煌めかせ、突如として青空を切り裂いたその光景は、21キロトン級の置き土産。突如の天変地異――奇想天外な現象に、比較的ひ弱な乗組員達は世界の終わりかという具合に恐れ戦いた。屈強な精神を持ち、危機的状況を熟知した乗組員達はその刹那、故郷の友人や家族の上にもこれが見え、何か危険な目に遭っていたらどうしようかと不安を抱きながら、心配そうに空を見上げた。
双陽の刻。彼等はこの事象をそう呼んだ。
数分後、太陽は一つとなった。だが、全ては始まりに過ぎなかった。戦艦の乗組員達は、水平線上に浮かび上がった異変に気付いた。
――巨大な戦艦を核と成す、『夢幻の艦隊』の出現である。
それから30分ほど後の戦艦に、数十人の男達が連れ込まれた。怪物の様な戦艦、『大和』と称されるその戦艦の艦橋で、彼等は見つかった。全員が意識を失い、倒れていた。その後、捜索に出た乗組員はその男達を艦内より救出、医務室にて簡易検査と身元の確認が行われた。
そんな興味ある身元不明者達の中で一際注目が集まった男が居た。格調高く堂々とした面構え、何より大日本帝国海軍の正装に身を包んでいて、肩に二つの星を戴いていた。その階級章と風貌から、かくも名高き海軍中将――自分達とは訳の違う地位の方であると認識した。その他、大佐、少将の階級章を備えた男も居たが、彼は身元不明者の中では最高位の軍人であった。
双陽の刻の後、坊ノ岬の空は厚い雲に覆われた。そんな光の遮られた艦内の暗き通路を、一人の男が駆け抜けた。当海域で起こった一時的な電波障害、不可解な現象に男は面喰らった表情を浮かべていた。
「艦長!」
医務室で看護を続けていた軍医は慌てて敬礼した。
「容体は?」
「意識は未だ回復せず。しかし脈はあり、身体には問題ありません」
艦長は扉を閉め、窓の外を眺めた。忌々しくも、雲は太陽を隠し続けていた。軍医は、自身のデスクの椅子を艦長に勧めた。艦長は用意された席を丁重に断り、身を屈めて身元不明者の一人、海軍中将とされる初老の男の顔を見据えた。
「他人とは思えんな」艦長は呟いた。「何とも奇妙な感覚だ」
艦長が浅く頷き、物想いに耽る中、男の意識は戻りつつあった。その事に最初に気付いたのは軍医だった。彼が慌てて男の元に駆け寄ると、艦長も慌て、男の顔に視線を向けた。男は睡眠不足で、気候の差から来る若干の異常を身体に覚えている様だった。軍医がデスクからカルテと聴診器を取る中、艦長は姿勢を整え、直立不動の体勢を取った。
「閣下」
最初、男は艦長の声が幻聴の如く聞こえていた。しかし、徐々に正しく認識出来る様になり、はっきりとしない意識も戻ってきた。視界が開き、眼前の光景が瞳から脳内へと、神経信号として送信される。それが映像となり、男の脳内に浮かび上がった。
「……ここは?」男は訊いた。
艦長は背筋を伸ばし、威風堂々とした態度で、男に向かって言った。「『榛名』です」
「『榛名』?呉に沈んだ筈だ」
男の言葉に、艦長は首を振った。「いえ閣下、貴方は何か勘違いをなされています。私は当艦『榛名』の艦長、伊藤整一大佐であります」伊藤艦長は言った。
若干の静寂が開き、男は――口をあんぐりと開けて唖然とした。
「恐縮至極ですが、ぜひ閣下のお名前と階級、所属をお聞かせ願いたく存じます」
「名前か……」男の顔は死人の様な表層だった。「俺の名か……」
「伊藤……整一」伊藤は言った。「階級は中将、そして現在――予備役だ」
1945年7月28日
広島県呉市
幻想と思いたくなるような光景が、此処呉軍港を包んでいた。厳重な防御の呉軍港を無力化し、帝国海軍に大きな痛手を負わせたかったアメリカ合衆国海軍は、別名『ブル・ハルゼー』日本人嫌いでザ・アメリカ軍人というステレオタイプの海軍将軍、ウィリアム・F・ハルゼー大将と約950機の艦載航空機を送り込んだ。それまでに米海軍はマーク・ミッチャー中将と約350機の艦載機を送り込み、大規模な空襲を仕掛けてはいたが、全てを破壊するには至っていなかった。
戦艦『大和』は四月、坊ノ岬沖には沈まなかったが、呉鎮守府における警備艦としての任を受ける事となった。対空火器・副砲等は陸上防衛用にと撤去され、迷彩塗装といったカモフラージュを施されて、その存在を隠した。
その日、無数の米海軍艦載機が空を覆い尽くす中、北の空に少数の機影が見えた。
奇妙な機体構造。二対の樽の様な物を翼下にぶら下げ、若干の後退を見せる翼を持つ。その大日本帝国軍の最新鋭戦闘機は、太平洋戦線では未知と言える存在だった。その機に対しては、SB2C『ヘルダイバー』急降下爆撃機はおろか、F6F『ヘルキャット』戦闘機でさえも追い付けず、歯が立たなかった。
SB2C急降下爆撃機小隊が、最初に敵の洗礼を受けた。突如、帝国軍機の翼下から何かが放たれた。白い尾を曳くそれは猛スピードで接近、一瞬の内に固まっていたSB2Cを連続撃墜してしまった。更に、帝国軍機は機首の五式30mm機銃を向け、その大口径弾によってSB2Cの機体を切り裂いた。火を噴き墜ちる僚機に、敵編隊は散り散りとなる。そこに大和の対空兵器――『零式弾』『三式弾』を撃ち込み、敵機をまとめて焼き払った。大和は沖縄特攻用に温存していた砲弾を全て使ってしまう事にしたのか、迫り来る第38機動部隊の艦載機群に怒涛の大砲撃を浴びせ掛けた。
ごく近くで戦艦『榛名』『伊勢』『日向』が沈む中、大和は沈む気配が無かった。空を駆る正体不明の最新鋭戦闘機のおかげか、それとも満載に積まれていた零式弾・三式弾の成果か、はたまた幸運の女神の抱擁でも受けたのか、大和は沈まなかった。
湾内に沈む『榛名』を見て、伊藤は頬に涙を滴らせていた。呉軍港空襲、24日と28日の攻勢の後の事であった。この一連の戦いを乗り越え、大和は――沈まなかった。
この眼前に映る呉の惨状を不幸中の幸いと言うべきか、伊藤は悩んだ。呉――そして戦艦『榛名』に伊藤は思い入れがあった。戦艦『榛名』には1936年頃、艦長として乗艦した。その後、時代は混沌の1937年に突入した。その時、世の中には日中間の大戦争開戦間近――という風潮が渦巻き始めていた。満州を取られ、手痛い目にあった身としては当然の行為だが、中国は反日を謳い、断固とした決意で日本を非難した。そんな中、7月7日――『盧溝橋事件』が勃発する。
その後、『榛名』艦長の任を解かれ、第二艦隊参謀長に就任した伊藤は、更なる巨大な戦艦『大和』以下特攻艦隊を指揮する任に最終的に就くものの、それが実行される事は無かった。戦後、予備役に編入された伊藤は『大和』の末路を憂い、『大和会』なる組織を結成する。
戦後、日本統治を始めたGHQ――連合軍最高司令官総司令部は、呉に残った戦艦『大和』について、議論を行う事となった。一つに、米海軍に編入し、太平洋方面の要とする案が出たが、太平洋・ヨーロッパ両戦線に大規模な兵員を送り、経済が破綻寸前のアメリカにとって、大和のような金喰い虫は必要なかった。米国の造船産業は東海岸に集中しており、ハワイや西海岸の設備では大和は運用出来ないという実質的な問題もあった。その問題を解決するにしても、大和はパナマックス――パナマ運河の通過限界以上の大きさを誇り、東海岸に向かうにはホーン岬を回航しなければならなかった。また、それらの問題もあるが、日米共に重要であると思い知った『航空主兵主義』の台頭により、そもそも超大型戦艦は既に時代にそぐわないものであった。
そこで第二の案――戦艦『長門』同様、核実験の『標的艦』にする――が採用された。これを強く推したのは、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーであった。マッカーサーはかつての帝国海軍の象徴、戦艦『大和』の最期は米本土、祖国に送って記念艦にするか、完全に破壊するかの二つに一つにするべきだと考えていた。それは過去の栄光に触れ、日本国民が米国に反発する可能性が極めて高いと考えたからである。最初の内は無駄の象徴、旧体制の悪玉として家族や我家を失った悲しみ、軍部による圧政の苦しみを思いだし、大和を非難するであろう。しかし、ある程度復興が進めば、彼等は過去の栄光を欲し、またもや軍事国家に逆戻りする。少なくとも、アメリカに反発するだろうとマッカーサーは考えた。
そこで、当初思いついた考えを踏まえ、事を進めた。まず、GHQは諜報機関を通じ、日本各地に戦艦『大和』の歴史と実態、そして標的艦として最期を迎える顛末を噂として広めた。次に大和を一般公開し、日本国民に旧体制の残酷さとその結果を思い起こさせ、悪の芽を摘んだ。最初は呉の地元民を呼び、次に日本各地の軍港に回航して、日本中に大和を見せ付けた。
その行為に反発し、大和の最期を阻止しようと結成されたのが――『大和会』である。
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