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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第12章 戦時の大和~1947年
179/182

第172話 揺籃の冬(前)

 第172話『揺籃の冬(前)』

 

 

 1947年11月22日

 アメリカ合衆国/ワシントンD.C.


 大日本帝国軍大本営は同日午後、全世界に対し、『原子爆弾』――という大量破壊兵器を、米国アラスカ準州州都アンカレッジに投下したことを声明として発表した。その威力は従来の10t貫通徹甲爆弾『グランドスラム』の約2000倍に相当すると付け加え、その上で米国アンカレッジに多大なる被害をもたらすであろうと説明している。そしてそれらの前置きを経て、大本営は米国によるカムチャッカ半島での原子爆弾投下について言及。大本営は今回の原爆投下を「その行為への報復」とし、原子爆弾が非常に凶悪無慈悲の兵器であることを強調するとともに、今後大日本帝国は他国から先に原子爆弾を使用されない限り、核兵器の使用を行わないことを宣誓すると締め括ったのである。そしてまた、その原爆使用は同盟国に対する攻撃であったとしても、核の報復を実行すると付け加え、以下の表明を終えた。この大日本帝国による一連の表明は全世界――米国やEU諸国に大きな衝撃を与えるとともに、原爆開発・研究に携わってきた科学者を始めとする反核派の知識人達によって評価・支持されることとなった。

 しかし当事各国――とりわけ大日本帝国による“核の報復”を受けた米国では、その対応について多くの議論がなされていた。何といっても20億ドルという米国国家予算の20%を掛けて開発した代物であり、特に南方戦線ではフィリピン陥落の危機が迫る今、原爆の有無による戦局の打開は不可欠だったのだ。また実際に大日本帝国が多数の原爆を保有している場合、その対策として国内の防空体制を更に強化せねばならず、北方・南方の航空兵力を削減しなければ保てないのは明白であった。

 そして22日午後6時、その煽りを受けて、統合参謀本部会議が米国首都ワシントンDCにて行われた。会議内では、大日本帝国の原爆保有の有無とその保有数、及び米本土防空体制の見直しと北方・南方戦線にて展開する米軍の陸海空兵力の統合調整が行われている。そして会議は一定の合意を経て、米国による“原子爆弾の行使”を他国による攻撃を被る以外、先制して使用することを禁止したのであった。これは大日本帝国がどれだけの原爆を保有しているのかが未知数であり、尚且つその原爆を使用した側であることからその破壊力を理解していたためである。政治家同様、統合参謀本部に詰める軍の制服組もまた、原爆投下による責任を負いたくなかったのもその決定の一因であった。何しろ1発で都市1つを壊滅させるに等しいのを先制して使用し、万が一にも本土で逆に使用されれば重大な責任問題に問われるのだ。既に政府・軍への米国民の不信が募る中、そんなことをすれば吊し上げを食らうのが必至だろう。

 かくして統合参謀本部会議は原爆行使の禁止を以て解散されたが、米合衆国第33代大統領ハリー・S・トルーマンは不満だった。彼は20億ドルもの予算を掛けて完成させた究極の兵器を使用出来ないことはともかく、その行使のイニシアチブをあろうことか大日本帝国の黄色人種に掌握されたことに憤怒していたのだ。何故ならば、あの『原爆宣言』における実態は――“先制攻撃の封じ込み”である。つまり、こちら側が原爆使用を禁じ、馬鹿正直それを守ることは、敵側が原爆を先制使用させるチャンスを与えているようなものだからだ。大日本帝国は『アンカレッジ原爆投下』同日、西海岸のロサンゼルス・サンフランシスコに対しても長距離戦略爆撃機『富嶽』を飛ばし、『原爆宣言』を告げたビラを散布している。そのビラには、原爆攻撃が可能な都市名がリストとして記載されており、その中には同都市だけでなく“ワシントンDC”や“ニューヨーク”の名もあった。

 そして陸軍航空軍やOSSによる分析から、それがハッタリではないことが確証付けられていたため、もし敵側がこの首都に先制攻撃を放ったら? と考えるのは妥当であった。それに対抗する防空体制を整える、というのが正しい対処法だろう。しかし迎撃にも限界はある。仮にワシントンが核攻撃を食らえば、米国の政治中枢は崩壊し、国内は混乱、軍部にも影響を及ぼすことは必至だろう。トルーマンはそんな悪夢のような未来図を大日本帝国の手によって握られていることに憤怒し、そして恐怖していたのだ。



 「大統領閣下、失礼します」

 「おぉ……。来てくれたかね」

 翌日、トルーマンはそんな状況を打開すべく、“原爆先制使用”の世論――つまりは“徹底抗戦”の国内世論形成の足掛かりを築くべく、一人の男を白亜の大統領官邸ホワイトハウスへと招いた。男の名は――アルベルト・アインシュタイン。『相対性理論』を始めとする物理学理論を提唱した彼だが、ノーベル賞受賞で一躍世界的な有名人となり、米国でも多大な知名度と影響力を持つ理論物理学者であった。史実ではその業績故、『20世紀最大の物理学者』と称えられ、またレオ・シラードらに協力したとして原爆開発にも一役買ったことで知られている。

 トルーマンが今回、アインシュタインを招待したのは、この世界的に有名な理論物理学者に大日本帝国が保有する原子爆弾への“見解”――もっといえばその予想される“保有数”・“威力”・“開発能力”について意見を聞こうと考えたからである。

 「アインシュタイン博士。是非、貴方の意見を聞きたい」

 「――原子爆弾についてですね?」

 アインシュタインの問い掛けに対し、トルーマンは静かに頷いた。

 「博士。率直に聞きたいのだが……日本が保有する原爆は“脅威”かね?」トルーマンは言った。「いや、実は私にはそうは思えないのだよ。相手はあの日本だ、数十年前までは列島に閉じこもっていた民族が、我々西欧の優秀な人種に相当する技術力を有している訳がない……。とね、私は考えている」

 「……大統領。それは少し、視野の狭い考え方とは思えませんか?」

 トルーマンの長々とした講釈の後、アインシュタインは顔を顰めて言い放った。

 「博士、どういうことだね?」

 「私は一度、日本に足を運んだことがあります。かの国の民族は確かに我々に比べては劣る……。しかし我々以上に優れた“人格”を秘めている民族でもある。その勤勉さや繊細な手先は我々が誇る技術力を穴埋めすることも容易に出来ますし、また朝鮮併合やユダヤ自治共和国の制定など、他の民族との共存にも拒絶を起こさない。そこを私は良く評価しています」

 トルーマンは渋面を浮かべた。

 「博士……。貴方は日本人を評価するというのかね?」

 「米国に帰属した以上、祖国を裏切る真似は絶対しませんが……」アインシュタインは言った。「それでも客観的に見れば、評価するに値する国ですよ」

 「つまり評価であって、信奉ではないと?」

 アインシュタインは頷いた。「私の故郷はウルムでも、祖国はアメリカです。そのため、私は一米国民として、この戦争に祖国が勝利することを望んでいます」

 彼の言葉は本心から出たものだった。自分の母国たるドイツや、“約束の地”であるユダヤ自治共和国に何の未練も無かった訳ではない。しかしそれ以上に、自身を認めてくれた米国を愛し、そのためにこの戦争に身を捧げているつもりだった。

 「それに大統領閣下、私は日本人の“精神”については評価しましたが、“技術力”についてはそれほど評価しているつもりはありません」と、アインシュタインは言った。

 「どういうことだね?」

 「正直な話、この原子爆弾という技術を日本の独自技術だけで製造出来るとは私も考えておりません。その実は大統領閣下の方がお詳しい筈ですが、日本の原爆計画にはドイツや亡命ユダヤ人科学者の協力があると、私は考えています」

 アインシュタインの言葉通り、トルーマンもまたその見解を既に持っていた。OSSによる諜報活動の結果、大日本帝国の原爆開発にはユダヤ自治共和国に渡った亡命ユダヤ人科学者が多く関与しており、その亡命ユダヤ人科学者達に対するスカウト活動は、既に1938年頃から米国内部で行われていたと、最近になってFBIの調査で発覚していた。その手口は日本人実業家――恐らくは大日本帝国軍の諜報員――主催によるシンポジウムやパーティを利用して亡命ユダヤ人科学者達を集め、引き抜くという方法だった。当時、それを調査していたFBI対日課は、その問題への対処を講じようとしていたが、FBI上層部による予算・人員削減等が仇となり、その阻止は叶わなかった。今となっては仕方の無い話だったが、その当時の上層部を指揮していた幹部らはトルーマンの圧力により、左遷や更迭処分となっている。

 「もしそうだとすれば、原爆製造拠点は満州ではないかと……」

 トルーマンは驚嘆した。そのアインシュタインの推測は、OSSの分析班の推測と合致したのだ。これはOSSによるユダヤ自治共和国内の諜報活動によって判明したことである。

 「しかしユダヤ自治共和国も満州国も中立国」トルーマンは言った。「我々には手が出せない。原爆が製造され、吐き出されるのを我々は指を咥えてみているしかないのだ……」

 「ですが日本は原爆の先制攻撃はしない、と言っているではありませんか」

 アインシュタインは言った。

 「博士……。貴方はその言葉を信じているのですか?」

 「勿論です。考えてもみれば解ることではありませんか」アインシュタインは言った。「原子爆弾というのは文字通り、都市1つを破壊する爆弾。そんなものを保有する国を恐れない国などあるとお思いですか? 否、元々大日本帝国が東洋の国家であることも然ることながら、EUでも影響力を上げてきている今、その日本を煩わしく――そして脅威と思わない国は少なくないでしょう。仮に先制禁止を宣誓した日本が真っ先に第2次攻撃を仕掛けたとなれば、それは日本の国際的立場・信用を瓦解させ、全世界を敵に回す行為に他なりません。原爆によって首を絞められているのは日米ともに一緒だと言うことですよ」

 アインシュタインは更に続けた。

 「私の推測では、現在大日本帝国が有する原爆の数は我が国よりも多いのは確かです。しかし私も少なからず原爆開発に携わった経験がありますから、我が国の工業力も理解しています。現在は日本優勢でしょうが、1年あればその立場も逆転するでしょう」

 「そうか……。成程、素晴らしい」トルーマンの顔が綻んだ。

 「しかし大統領閣下。私は絶対に日本側から攻撃してこない以外、その使用を支持する気はありません」アインシュタインは言い放った。

 「何故だね?」

 「……貴方は自国民を殺したいのですか?」

 「そんなつもりは毛頭無い。しかし米国の安全保障上、危機的事態に備えて先制攻撃の可能性も考慮に入れておきたいと考えているだけだ」

 そんなトルーマンの言葉を聞き、アインシュタインは渋面を浮かべた。

 「大統領閣下、もう一度言いますが……私は原爆の先制使用は容認しません。それは自国民数十万の命を奪う行為です。それをお考えの上、原爆の“可能性”について考えて頂きたい」

 「原爆の“可能性”?」

 トルーマンは不思議そうな表情を浮かべた。

 「つまり、原子爆弾というのはあくまで原子力の軍事的応用に過ぎないということです。私は、原子力が人の命を奪うものではなく、電力開発を始めとするそのエネルギーを最大限に生かした平和的利用――についての“可能性”を考えて頂きたいと、私は切に願っております」

 その後、原爆についての威力や大日本帝国の生産能力についての考察、そして原子力について自論を展開し、トルーマンとアインシュタインの会談は幕を下ろした。その会談後の去り際、アインシュタインはトルーマンに対し、最後に一言告げた。



 「……大統領。物事というのは時として、“目に見える”ものより“目に見えない”ものの方が大切な役割を担っているのです」


 

 

 1947年11月24日

 ユダヤ自治共和国/エルサレム県


 旧ソ連ユダヤ自治州、または旧ビロビジャン共和国として知られる『ユダヤ自治共和国』は、1946年2月に建国されたユダヤ系移民達の国家であった。その成り立ちは1946年2月の『ヘルシンキ講和会議』での条約締結後、旧ソ連領ユダヤ自治州を獲得した大日本帝国はその独立を宣言。同日、『ユダヤ自治共和国』の建国が宣言され、初代共和国大統領ハンス・A・ヴァイツマン――世界シオニスト機関(WZO)代表――を中心とするユダヤ自治共和国政府の誕生が高らかに告げられた。

 このユダヤ自治共和国の国土面積はスイスに相当する4万1400㎢で、旧ユダヤ自治州と満州国のユダヤ自治区の2つの領土を掛け合わされている。人口は約24万人(1947年時点)、しかし実態として国民の半数を占めるのは旧ユダヤ自治州時代にスターリンの政策に伴い、送られてきたウクライナやベラルーシからの移民であり、『欧ソ戦争』終結後にも、焦土と化した祖国を離れて多数のロシア人が移住してきていた。しかしユダヤ自治共和国の基幹を担うのは勿論、ユダヤ人であった。自治共和国における農業を担うのがロシア系移民であり、都市部に住む市民層・中上流階級層を占めるのは米独を始め、世界各国から迫害を受けてやってきたユダヤ系移民達である。

 ユダヤ自治共和国は建国時、いわゆる“中立国家”としての宣言を行っている。つまり他国のいかなる干渉をも受け付けず、また他国による戦争行為にも一切介入しない訳である。しかしながらその実態は同じ中立国家であるスイス、満州国、バチカンと変わらず、EU寄りの政策や秘密裡の軍事協力を行っていた。また中立国ではあるものの、スイス同様に国防軍を保有しており、イギリス製や大日本帝国製の旧式兵器――例えば一式中戦車――などを主力として編制されている。航空兵力も少数保有し、また河川警備隊として哨戒艇なども有していた。

 そんなユダヤ自治共和国だが、その経済の柱となるのが資源開発や技術力の輸出である。特に近年では、満州国内にて開発が進められる中国大陸最大の油田『大慶油田』の開発に参加したり、カムチャッカ半島での資源開発――『太平洋戦争』開戦後は撤退――に携わったりと、大日本帝国に欠けている資源開発の技術力・ノウハウを最大源に活かし、その経済を支えていた。また自国内での鉄・マンガン鉱石・木材といった資源開発も行っており、これも大日本帝国を最大の取引相手として商売していた。

 一方で、国内での貧困と格差は大きな問題であった。シベリア鉄道も開通しており、また大日本帝国による資金援助で都市部にインフラ整備は非常に良好だったのに対し、郊外部の農村地帯との差は明らかに大きかったのである。またロシア系移民、ユダヤ系移民、黒人、アジア系移民と『多民族国家』であるユダヤ自治共和国では、それらの移民達の対立を背景とした民族問題が過熱化しており、その問題解決も今後の重大な課題とされていたが、政府にその問題に対処する姿勢はあまり見受けられない。当面は日米戦争における同国の経済政策――対EU向けの軍事製品(公には民生品)生産と資源開発による市場の拡大――を優先していく姿勢であり、同時に大日本帝国が行う“原爆開発”の支援と自国内での生産基盤の整備も並行して続けていくつもりだった。つまり、ユダヤ自治共和国は“世界で3番目の原爆保有国”になろうと目論んでいたのである。


 ――しかしその目論みもまた、ユダヤ自治共和国の建国を手引きした大日本帝国――『帝機関』と前参謀総長石原莞爾陸軍大将の計画の内に過ぎなかった。


 

 1947年11月24日、ユダヤ自治共和国首都エルサレムの大統領府にて、日猶首脳による非公式会談が開かれることとなった。自治共和国政府側は初代大統領ハンス・A・ヴァイツマン、初代首相ダヴィド=ベン・グリオン、共和国国防軍総司令官フリッツ・ゴールドマン陸軍元帥、原爆開発計画主任のレオ・シラード博士ら。一方、大日本帝国側は第41代内閣総理大臣の東久邇宮成彦王を筆頭に、帝国陸軍参謀総長の石原莞爾陸軍大将、『帝機関』第2代目参謀総長の辻政信陸軍中将らが揃っていた。彼らに共通することといえば、この“ユダヤ自治共和国”建国に携わったことと、『G計画』――大日本帝国による原子爆弾計画に関与したことの2つであろう。この2つの共通点は両国首脳らにとってしてみれば、重要な交渉カードといえる代物でもあった。

 「東久邇宮総理、遠方遥々お疲れ様でした」

 と、開口一番労いの言葉を掛けたのは、ヴァイツマンだった。「総理、我々は貴方がたが米国に対し、行った行為を支持しております。“原爆先制使用の禁止”によって、世界は――EUは米国の核による攻撃からその身を守ることが出来たのですから……」

 その言葉を聞いた東久邇宮は、深々と頭を下げて感謝の意を述べる。

 「有難いものです。我々の決定を支持して頂けるのもそうですが、貴方がたの信頼を得られることこそが、我々にとっての至上の喜びと言えるでしょう」

 「そうですか」

 ヴァイツマンは言った。

 「ええ。我々は貴方がたを信頼しています」東久邇宮は言った。「ですから今日、我々は一つの提案をさせて頂きたいのです」

 「ほう……。それは何ですかな?」

 「興味深い話ですよ。貴方がたにとっても、世界にとっても……」

 と、東久邇宮は不敵な笑みを漏らしつつ、辻から一つのアタッシュケースを受け取った。

 「この中には……『原子爆弾』の詳細な製造図が入っています」

 その瞬間、室内は静寂に包まれた。

 「……どういうことでしょう?」ヴァイツマンは問う。

 「実は我々は、貴方がたが『原爆開発』に興味を持っていることを既に知っております」答えたのは辻だった。「我々の防諜活動の賜物といいましょうか……。ともかく、我々は『G計画』に参加するユダヤ人科学者の一人――あえて名前は言いません――が『G爆弾』の研究資料の一部を盗み出していることを既に確認しています。そして、そこに貴方がた自治共和国政府が関与していることも既に周知しております。証拠については、そのアタッシュケースの中にあります」

 と、辻は東久邇宮が卓上に置いたアタッシュケースを指した。

 「…………」

 皆が沈黙し、気まずい時間が流れ出す。そのユダヤ人科学者によるスパイ行為は事実だった。ユダヤ自治共和国政府による差し金で、『G計画』に参加していた科学者の一人を利用し、共和国政府独自による原爆開発計画のため、データの収集を続けていたのだ。それがばれた以上、何をされるか……と、ヴァイツマン始め、自治共和国政府側の人間は戦々恐々としていた。大日本帝国は今やEUでも有数の軍事力・経済力を誇る大国であり、米国同様に原爆を保有する国である。そもそも自治共和国建国にはこの国の協力が大きく、共和国の経済基盤を担うのも対日貿易に他ならない。金融制裁は元より、軍事的制裁も覚悟しなければならないかもしれない……。と、彼ら共和国政府側は考えていたのだ。

 「……それで、我々にどうしろと?」

 ヴァイツマンは平静を装いつつ、恐る恐る告げた。

 「大統領、私は貴方に提案がある……と言いましたね?」

 「ああ……」

 ヴァイツマンは静かに頷いた。

 「……大統領、我々は貴国の原爆開発を“支援”したいのです」東久邇宮は言った。「そう……経済的・技術的に、我々は貴国を“支援”したい」

 そんな予想外の言葉に、ヴァイツマンは思わず苦笑いした。

 「どういうことだね、東久邇宮総理。貴方は我々を馬鹿にしているのか?」

 ヴァイツマンは思わずそう言った。だってそうではないか、自国最高機密の情報を盗み見されておきながら、その責任者に制裁を与えず、代わりにその情報を渡すなどとは……。どう考えても悪い冗談にしか思えなかったし、もしそれが本当ならこの会談は一種の“ゲーム”としか言いようがないだろう。

 「大統領、貴方はこの国の“価値”を理解していない」

 そう言ったのは、参謀総長の石原莞爾陸軍大将だった。

 「“価値”……?」

 「ええ、この国は率直に言えば、北から押し寄せる“アメリカ”や“共産主義”から満州国を……中国大陸を守る“防波堤”なのです。それも絶対に圧し崩されることの無い……“中立”という立場を保った、ユダヤ人によって築かれた防波堤……」石原は言った。「悪いが我々はそれを利用させて頂きたい……。いや、利用させて頂きます。そのためにも、我々は貴方がたにその対価を差し出したいのですよ……『原子爆弾』という対価を」

 「……つまり、米国やシベリアによる南下を防ぐための“緩衝地帯”の役割を担え、と。そういうことでしょうか、石原大将?」

 と言ったのはゴールドマン陸軍元帥だった。

 「ええ。その通りです」

 「つまり、共和国の国民にアジアの防波堤となれ……と?」

 再び、ゴールドマンは問い掛けた。

 「たとえは悪いですが、その通りですよ」

 という石原の答えを聞いたゴールドマンは、ただただ驚き、呆れるしかなかった。ここまでストレートに物事を要求してくる人間はそうはいまい。ましてや、“自分達のために犠牲になれ”というニュアンスで理解されても差し支えの無いような、率直過ぎる物言いである。

 「……ですがこれの提案は、貴方がたが『最高の自衛手段』を得る、ということでもあります」石原は言った。「今現在、世界は日米の2強による原爆保有体制とってはいますが、既にEUの主要各国はそれぞれ核開発を進めています。それこそ、イギリスやフランス、そしてドイツといった国が原爆を保有するのはそう遠い未来の話ではないでしょう……」

 「ドイツが……ですか……」

 そう、ドイツ第3帝国が原子爆弾という究極の兵器を持つ可能性は十分にあった。その件についてはユダヤ自治共和国政府も『帝機関』やイギリスの『MI6』を通じて理解しており、その現実に戦々恐々としていたのもまた事実であった。そしてユダヤ自治共和国が原爆保有を密かに企てるようになったのも、この事実や近隣国である大日本帝国の脅威に対抗するために他ならなかったのだ。

 「……我々は、この世界の歴史の中で2度と原爆が使用されないことを切に願っているのです」東久邇宮は言った。「米国との戦いにおいて、米国はカムチャッカ半島で初めて原爆を投下し、我が帝国陸軍の将兵数万の命を奪った。そしてその報復として、我々もまた原爆を米国に投下した……。しかしこの原爆による戦争が意味する所は――『生産力』による戦争なのです。我々が1発2発の単位で原爆を製造していたとしても、米国はその圧倒的な国力を以てその倍以上の数の原爆を製造するでしょう……。その結果、この報復戦争が最終的に行きつく先というのは、如何に多くの原爆を製造し、敵国に投下出来るか――なのですよ」

 原爆開発に携わるレオ・シラード博士は、そのことを良く理解する人間の一人だった。彼は大日本帝国によって行われている原爆開発において、一種の“限界”を感じていたのだ。如何に1937年からの『大和会』による歴史介入があれど、大日本帝国の地力にも限界はある。豊富な資源と膨大な人員を有する米国に対し、技術力の向上で対抗してきた大日本帝国だが、度重なる戦争への介入と技術開発に対する資金投入で金欠が続き、現状はあまり芳しくないものだった。それは原爆開発にも如実に表れていた。

 「正直な話、我が国単独での製造では、この先米国に対抗するのは不可能でしょう」石原は言った。「ですが、我々も国家の存亡を掛けた戦争を米国と続けている。そのためならば、たとえ“悪魔”と契約しようとも、この戦争を勝ち抜こうと思うだけの決意はあるのですよ」

 「まさか……。ドイツやイタリアといったファシストにそれを差し出すと?」

 「国が滅びるよりも、幾分かはマシな選択肢ですからな」

 これは本気だった。石原はともかく、『大和会』の原爆使用反対派である山本五十六でさえ、米国が原爆を絶対に使用しないという保証は持っていなかった。それ故、場合によっては同盟国たる独伊にこの技術を提供し、この戦争に対抗しようという計画もあったのだ。

 「…………」

 その後、沈黙が続く。

 「…………」

 自治共和国政府側は当惑していた。これは重大な決断である。場合によっては自国が米国の――或いは独伊といった国々の標的となるかもしれないし、またその原爆開発や使用権について大日本帝国側に主導権を握られてしまうかもしれない……。それらは絶対に避けなければなかった。

 「……大統領」先に口を開いたのは東久邇宮だった。「私にも用事がある。この際だ、今すぐ返答を頂きたい」

 「何ですと? これは重大な問題で――」

 「いえ、今決めて頂きたい」

 詰め寄る東久邇宮。それに圧され、ヴァイツマンは思わずたじろいた。

 「……我々は本気なのです、大統領。私は日本を掛けて、この提案をしている」東久邇宮は語気を強めて言った。「中立国が原子爆弾を保有する……。場合によっては世界的非難を浴びるでしょう。しかしまたある場合によっては、世界に核兵器による“自衛”――という手段を認めさせることにもなる。つまり、中立国による核保有によって、核兵器とは他国に侵略的目的で使用する殺戮兵器ではなく、自衛的目的でのみ使用する報復兵器として認知させ、その不使用を促したいのです」

 世界には、多く存在しながらもその使用が制限されている兵器がある。例えば『毒ガス』などの化学兵器であるが、これは第一次世界大戦での経験を基に、各国がその使用を控えてきた。非人道的であることもあるが、一番の理由は自国に対して使用されることを恐れたからである。東久邇宮が原爆の“先制使用禁止”を決断したのも、それが大きな理由であった。あのような大量殺戮兵器が大日本帝国領――ましてや本土で使用されることなどあってはならないからだ。

 「どうします、大統領? お答え頂きたい」

 東久邇宮は迫り、問う。

 「……分かりました。呑みましょう、その提案」

 その次の瞬間、ヴァイツマンは言った。同意の言葉を返したのだ。彼は静かに席を立ちあがり、卓上に置かれたアタッシュケースを手に取ると、おもむろにケースを開けた。確かに中には『原子爆弾』についての詳細な資料が詰まっており、シラードもそれを確認して静かに頷いた。



 1947年11月24日、このような一連の日猶非公式会談を経て、『日猶技術協定』――は締結され、ユダヤ自治共和国による原爆開発は始動した。大日本帝国は従来の『G爆弾』の製造ラインを基に、共和国が独力で開発出来るようにするための設備や資金、人員の提供を行った。またユダヤ自治共和国政府は、原爆研究施設の建設候補地選定に入り、幾つかの候補地を翌年1月までに選び出した。また大日本帝国が保有する原子爆弾『阿六号』が研究目的として自治共和国内に輸送され、『G計画』に携わったユダヤ人科学者らも含めてその再解析と、新たに入ってきた科学者らへの教育が始まった。かくしてユダヤ自治共和国は世界の『核開発競争』に本格的参入を果たしたのである。

 

 

 

  


 

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