第165話 パラナ攻防戦(後)
第165話『パラナ攻防戦(後)』
1947年5月3日
大日本帝国/カムチャッカ半島
4月、米軍により発動された一大反攻作戦『バイキング作戦』により、カムチャッカ半島中央の要衝パラナは包囲された。包囲後もパラナにて依然抵抗を続ける大日本帝国軍だが、長引く消耗戦と補給線の遮断によって物資は乏しく、稼働する戦車も100輌に満たないという状況に陥っていた。そんな絶望的なパラナの帝国陸軍守備隊を救出すべく、大日本帝国陸軍カムチャッカ方面軍総司令官の栗林忠道大将は、ペトロパブロフスク・カムチャツキーに予備兵力として配備されていた2個軍(第十二軍、第十九軍)の投入を決定。これを陸路にてパラナへと派兵し、市内で抗戦するパラナ守備軍の救出を命じた。この2個軍には精鋭たる第五戦車師団も所属していた。
5月3日午前7時、パラナ救出作戦――符号名“『明』号作戦 ”は発動された。第十二軍、第十九軍は南東部より北上し、米軍の包囲網を突破すべく砲火を放った。しかしパラナ包囲に手一杯だった米軍はパラナ包囲に戦力を集中しており、背後の守りは手薄だったのである。
「徹甲、装填よしッ!」
「射ェェ――ッ!」
パラナ郊外に広がる平原に地鳴りが響き渡った。帝国陸軍の精鋭機甲師団、第五戦車師団の進撃である。この第五戦車師団には、走攻守の安定した性能で定評がある五式中戦車『チリ』――ドイツ軍のⅤ号戦車『パンター』のライセンス生産品――やM4中戦車と同等の性能を有する一式中戦車などの他、七式重戦車『オニ』と呼ばれる新鋭戦車の姿もあった。
■七式重戦車『オニ』性能諸元
全長:8.83m
全幅:3.35m
全高:2.92m
重量:50.5t
懸架方式:ホルストマン方式
速度:34.0km
行動距離:95km
兵装
主砲:六式71口径88mm戦車砲×1
(弾薬搭載量:92発)
副兵装:二式7.7mm車載機関銃×2
(弾薬搭載量:1000発)
装甲
(砲塔)
防盾:145mm 前面:125mm
側面:75mm 後面:75mm
(車体)
前面:75mm 側面:55mm
エンジン
ハ65川崎三式発動機改造
液冷V型12気筒ガソリンエンジン
(出力:650hp)
五式試作重戦車『オイ』を基に開発された七式重戦車『オニ』は、イギリスの『センチュリオン』やドイツの『ティーガー』等に触発を受け、誕生した新鋭戦車である。その車体には独英の先進的な技術が数々取り込まれており、その性能は米軍のM26『パーシング』重戦車を上回っていた。まず主砲にはドイツのⅥ号戦車『ティーガーⅡ』にも採用されているラインメタル社製71口径88mm戦車砲のライセンス生産品を使用。その貫徹力はM26『パーシング』の装甲では受け切れない威力だった。そして装甲面でもまたM26と撃ち合うだけの性能を有していた。
しかし一方で、独英の先進的な技術を取り入れ過ぎた七式重戦車『オニ』は製造費と工数の多さがネックとなり、陸軍上層部の期待を裏切ることとなった。現地の陸軍は早急な機甲兵力の補充を渇望しており、『オニ』製造に掛かる労力と費用はその要望にそぐわなかったのだ。陸軍はこの『パラナ攻防戦』以前までは五式中戦車『チリ』の製造に全力を注ぐべきで、七式重戦車『オニ』は二の次にすべきだという考えを持っていた。
だが1947年5月、初の実戦投入としてパラナに配備された『オニ』はその名に恥じぬ、鬼神が如き力を見せつけた。これまで一式中戦車などでは苦戦していたM4中戦車は相手にもならず、またM26重戦車もことごとくが粉砕されたのである。米軍はこの七式重戦車を1945年のチュクチ民族管区で対峙したIS重戦車――『スターリン・ショック』の再来として恐怖した。『オニ』の搭載する71口径88mm戦車砲はM4中戦車のみならず、M26重戦車でさえ2000mの距離から正面装甲を破壊出来たからである。米軍最強の重戦車がこの有様であった訳だから、M26重戦車よりも配備数を圧倒的に占めるM4中戦車やM3軽戦車などは全く歯が立たず、成す術も無かった。ただ唯一の希望として、舗装の進んでいないパラナではその巨体故、機動性を活かせないという欠点が『オニ』にはあった。また配備数も100輌程度しかなく、しかも製造されたばかりなので搭乗する兵士達の経験不足も露呈した。対戦車地雷などによって擱座させたり、P-47『サンダーボルト』を始めとする近接航空支援によって『オニ』は少しずつ動きを封じられたのである。
しかし結果として『オニ』の突破力はパラナを包囲する米軍の背後を突き破り、第十二軍・第十九軍は市内へと進撃した。この頃には統合戦略航空団などによる航空支援も開始され、地上の米軍は駆逐されつつあった。
5月8日。激戦の末、『明』号作戦は成功した。市内に立て籠もっていた帝国陸軍守備隊は救出され、撤退を終えたのである。残されたのは徹底的に破壊し尽くされたパラナの町と、そこに積み上げられた日米両軍の兵士の遺体。そして七式重戦車『オニ』の残骸もそこには存在していた。
「これが勝利の対価……か」
七式重戦車『オニ』の残骸を前に、米陸軍北方方面軍総司令官のジョージ・S・パットン大将は呟いた。帝国陸軍が行った『明』号作戦は確かにパラナにて抵抗を続けていた守備隊約10万名の命を救った。だが結果的に米軍もまた、パラナというカムチャッカ半島攻略に有用な拠点の確保に成功したこととなる。
「M26はコイツに敵わなかった、と?」
パットンは参謀長ダニエル・A・モーガン少将に訊いた。
「はい、数多くの報告が入っています」
「全く……。何て悪夢だ、こりゃあ……」パットンは頭を抱えた。「何故、ジャップがそんな戦車を持ってる? 何故、ジャップがそれを作れて、アメリカ人は作れないんだ?」
「陸軍上層部は重戦車――いや、戦車の運用を理解していません。2年前の『スターリン・ショック』以降、M26の開発に本腰を入れましたが、それも位置付けは対歩兵戦闘に組み込まれています。その歩兵主体の考え方を変えなければ何の意味もないでしょう」モーガンは語った。
「そんなことは初めから分かっている」パットンは言った。「俺は2年前にもチュクチの戦場でソ連の重戦車を見て、“何故ロシア人が作れて、アメリカ人が作れないか”と思った。今ならその答えも分かるが……」
「どういうことです?」
「アメリカは平和を謳歌し過ぎた――ということだ。孤立を貫き、世界の変化についていけなかったということだよ」パットンは言った。「今やジャップでさえこの技術力だ。ドイツやイギリスなどを相手にすれば、もはや比較にもならんだろう。アメリカ――俺達は血を流してそれを補っていかなきゃならない。そうでなければ追い付けんよ」
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