第152話 第二次ベーリング島沖海戦(中)
第152話『第二次ベーリング島沖海戦(中)』
1947年3月6日
アメリカ合衆国/コマンドルスキー諸島
毎度のようにひとしきり文句を言い放った後、米海軍第3艦隊司令長官のウィリアム・F・ハルゼー海軍大将は幕僚達からの報告に耳を傾けた。第3艦隊の偵察機部隊は未だ帝国海軍聯合艦隊本隊の動きを掴めておらず、少数の艦艇を対水上レーダーの輝点として表示されていた。捕捉が時間の問題とはいえ、敵に先制を取られることはハルゼーのもっとも嫌う所であった。万一にもそれが実現されれば、相手側にこの海戦の主導権を握られ、劣勢に転じてしまうからである。航空戦の第一人者たるハルゼーはそのことをよく理解していたし、それに対する備えも心得ていた。しかし結局の所、戦争というのは大局ならばそうでもないが、局地的戦闘においては先手を取ることが勝利に繋がる鍵足り得るのだ。故に敵の捕捉は優先課題として進められた。
「敵機を捕捉しただと?」ハルゼーは言った。
「対空レーダー班からの緊急電です。南西150km地点にて、膨大な数の輝点が確認されました。間違いありません。これは敵機による来襲です!」
その報告を聞いたハルゼーは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「先手を打たれたか……。まぁいい、我が第3艦隊は新鋭機のF8F『ベアキャット』を優先配備されている。これを迎撃部隊として送り込み、ジャップの小蝿共を殲滅し、更にジャップ艦隊をベーリング島の漁礁にしてやるまでだ」
数十分後、米海軍第3艦隊の計8隻の空母から米海軍機が発艦する。5個飛行隊、約90機もの艦載機の搭載が可能な『エセックス』級、そして太平洋戦争の幸運艦としてその名を轟かせた空母『エンタープライズ』。それら米海軍の航空母艦群が帝国海軍の来襲に向けて送り出したのはF6F『ヘルキャット』艦上戦闘機、F8F『ベアキャット』艦上戦闘機、TBM-3『アベンジャー』艦上雷撃機、SB2C『ヘルダイバー』艦上爆撃機である。F8F以外は1945年以前から用いられている機体なだけあって性能不足が深刻化していたが、それでも帝国海軍とは渡り合える実力は備えていた。
ベーリング島北方約50kmの海域で米海軍の大型空母2隻の艦影を捕捉した時、空母『鳳鸞』飛行隊所属の南義美海軍中尉は七式艦上噴進戦闘機『旭光』のコクピットから、無数のF8F『ベアキャット』の機影を見下ろしていた。この米海軍の新鋭戦闘機F8Fは最高速度680km以上を誇り、防弾面では帝国海軍を大きく上回る性能を有する『最強のレシプロ艦上戦闘機』――と賞賛される機体だった。史実とは異なり、護衛・軽空母における運用を考慮しないその巨大な機体は、爆弾・機銃搭載量の増大という火力増強に貢献。また格闘性能は零式艦上戦闘機にも劣らぬものだった。しかし純粋に対戦闘機能力を追い求めた結果、航続距離はF6Fに比べて短く、その汎用性は低かった。
そんなF8Fと対峙するのが帝国海軍の新鋭噴進艦上戦闘機――七式艦噴戦『旭光』だった。その性能は以下の通り――。
■『七式艦上噴進戦闘機“旭光”』
全長:10.09m
全幅:10.17m
全高:3.93m
主翼面積:20.58㎡
自重:3,250kg
全備重量:4,680kg
最高速度:1,003km
発動機:ネ-430(推力:1590kg)
実用上昇限度:14,000m
航続距離:2,200km
乗員:1名
兵装
翼内:二式20mm機関砲×4門
翼下:三式55mm噴進弾×24発
爆弾搭載量:1t
――1944年の『欧ソ戦争』中、ドイツ空軍のTa183を基に小型・艦載機化を目指し、研究開発が行われた七式艦上噴進戦闘機『旭光』は、それまでの海軍機を根底から覆す画期的高性能機としてその能力を開花させた。その特徴的設計――後退翼やエアインテークはジェット黎明時代の全盛たる革新的技術であり、史実においてもそれが実戦で確立されるのは実に2年後のこと。『朝鮮戦争』におけるソ連空軍の新鋭ジェット戦闘機『MiG-15』だった。それを今物語では1946年――ドイツ空軍がTa183『フッケバイン』という形で確立している訳であるが、それを基に完成したのが『旭光』なのだ。これを見てもやはりこの時代の技術進化は想像を超えるものがある。
そんな最中、この新鋭機・艦爆・艦攻含めた帝国海軍の戦爆連合を迎え撃たんと、『エセックス』級空母から次々とF8FやF4Uが、既に発艦を終えていたF6Fの援護を受けて飛び立った。空母を中核とする機動部隊は敵機の姿が鮮明に確認出来る前から、早くも高角砲・高射砲を開いて無数の弾幕を空に向けて撃ち放っていた。そして重厚な対空弾幕が築かれたのだ。
そんな重厚なる対空弾幕を七式艦噴戦『旭光』は何の躊躇いも無く突っ込んでいく。しかし撃墜される気配は無い。流石はTa183を基に開発され、近代的性能を確立した『旭光』その速力は800km以上とかなりの速さで、高射砲等の対空砲火はあまりの速度に追い付けず、砲弾が全く命中していなかったのだ。その間、当の旭光は敵艦隊との距離を詰め、米海軍迎撃部隊に対する一撃離脱戦法を開始したのである。圧倒的速力にものを言わせ、上空からの急降下射撃を浴びたF8Fの大編隊はひとたび崩壊した。二式20mm機関砲による精密射撃と、三式55mm噴進弾による鋼鉄の嵐の前に引き裂かれ、編隊を維持出来なくなったのである。特にB-17といった対重爆用兵器たる三式55mm噴進弾は、近年の大日本帝国における工業水準の躍進で安定生産が可能となり、整備率も上がったので比較的運用が楽となっていた。
「ファック! ジャップの新型機は手強いぞッッ!!」
空母『バンカーヒル』VF-16飛行隊長のジェームズ・P・サザーランド中佐はF8Fのコクピットで悲鳴にも似た声を上げ、背面を駆け抜ける旭光を睨み付けていた。双方、パイロットの顔を確認出来る程の距離に位置し、その表情は同じだった。サザーランドは焦りの色を隠せず、帝国海軍パイロットもまた然り。しかし位置的にはサザーランドは背後を取られた状態にある訳なので、旭光の方が有利なことに代わりは無かった。
ところが、経験豊富なサザーランドはその新鋭ジェット戦闘機に対し、決死の足掻きを見せていた。F8Fは唸りを上げ、右に左にと急な旋回を繰り返して旭光を翻弄する。刹那、数条の火箭がF8Fのコクピットすれすれを掠め飛んだ。そんな中、旭光を翻弄しつつ起死回生を図る空戦機動――『シザーズ』は功を奏した。銃撃が当たり、自信を付けた矢先の一瞬の油断が後押しし、旭光のオーバーシュートを招いたのだ。前方に押し出された旭光――それは“狩られる側”であった。
「ファイアッッッ――!!」
次の瞬間、F8Fの20mm機関砲が咆哮し、眩い閃光の洪水にその体躯を貫かれた。旭光は閃光の直撃を受けてすぐ、乗員を天空に押し出した。1つの小さな小さな胡麻粒が蒼空にポツリと打たれ、やがてそれは白い帯のようなものを出して空を舞う。無事脱出し、パラシュートを広げた帝国海軍のパイロットは顔を上げた。その視線の先では、勝利の余韻に浸る暇も無く敵機の迎撃に向かうF8Fと、それに交差するようにして墜ちて行く一つの火達磨の姿があった。
『エンタープライズ』・『バンカーヒル』の計2隻の正規空母、重巡2・軽巡2の計4隻の巡洋艦、そして計12隻の駆逐艦から編制された第36任務部隊司令官のチャールズ・J・ムーア海軍少将は、空母『エンタープライズ』の艦橋から猛烈な攻撃によって次々と撃墜されていく味方機と、それを屠った後、悠々と空を駆け抜ける奇妙な機影の敵機群を確認していた。
通称“カール・ムーア”で知られ、現太平洋艦隊司令長官のレイモンド・A・スプルーアンス海軍大将の名参謀長としてその名を馳せていたムーア。その事務処理能力はペーパーワークにめっぽう弱いスプルーアンスを補佐するに十分であった。その彼が現在、ハルゼー隷下の第36任務部隊司令官を務めているのはひとえに海軍人事による所が大きかった。それは前太平洋艦隊司令長官ウィリアム・S・パイ海軍大将が決めた事であった。スプルーアンスは太平洋艦隊司令長官就任後、このムーアを太平洋艦隊司令部参謀長に任命しようと考えていたが、既に第3艦隊の基幹たる機動戦力の一翼を担っている以上、そう易々と転属させる訳にもいかず、更には帝国海軍聯合艦隊とは一触即発の状態であったため、その人事は見送られることとなったのである。
「先行隊からの報告によると、敵機はジェット機も含んでいるようです」
「ジェット機だと……? 地上航空部隊も居るのか」
そう呟くムーアに対し、第36任務部隊参謀長のブライアン・E・ウェラー大佐は首を振った。「どうやらその機体は艦載機のようです」
「艦載機!? あのジャップにそんな技術力があるのか……」ムーアは驚嘆した。「ONI(海軍情報局)の分析データでは、帝国海軍の主力は零式艦上戦闘機と三式艦上戦闘機だった筈だ。どちらもレシプロ機で、F6Fにも及ばぬ性能と奴らは抜かしていたが……。アテにならんという訳か」
「敵第1波による損害報告ですが……」ウェラーは言った。「迎撃に充てた戦闘機54機中、32機が撃墜。13機が中破帰還、9機が小破・無傷で帰還しています。我が第36任務部隊は半数以上の被害を被ったということになります。一方で敵機撃墜数ですが、これは報告されているだけで8機です……。現在の所は――ですので、更に撃墜報告は入ってくると思われますが」
ムーアはただ、渋面を浮かべるのみだった。
「敵機接近ッッ!! 敵機接近ッッ!!」
空母『バンカーヒル』直上。けたたましいサイレン音が艦内を支配する中、乗組員は慌しく駆け回る。38口径Mk.12/5インチ高角砲が雷鳴に似た鋭い咆哮を上げながら、襲い来る敵機編隊に対し無数の対空砲火をお見舞いする。砲弾の数発が先行していた二式艦上攻撃機『流星』の脇腹に直撃し、真っ赤な炎を噴き出させた。どんよりと曇った空に映えるその火の玉は、前のめりになりながら一直線に『バンカーヒル』を目指し――しかし落下軌道が右に逸れてすぐ近くの海面に着水した。
「うおぉッ!? 今のは危なかったぞ!」
Mk.12/5インチ高角砲を操る対空砲員は思わず間抜けな声を上げた。個艦防空能力の一翼たる高角砲を担う以上、その責任は重大である。彼は生と死の瀬戸際にいて、まだそれだけの余裕があったという訳だ。しかし当然ながら、激戦の戦場においてその余裕が続くことは無い。
続いて来襲する三式艦上爆撃機『彗星』が牙を剥く。五式50番500kg対艦爆弾が投下され、宙を舞う。空に響いたその落下音は次の瞬間、閃光と爆炎の塊へと変貌した。飛行甲板がいとも簡単に引き裂かれ、爆風が人を、航空機を、何もかもを吹き飛ばす。
その後も容赦無く続けられる爆撃。それは空母『バンカーヒル』の飛行甲板を蜂の巣へと変え、航空機格納庫を破壊し、離着艦能力を奪った。それでも、黒煙と皮膚が焼き爛れんばかりの熱風に包まれながらも『バンカーヒル』は海上に浮かび続けていた。流石は『エセックス』級。その耐久能力は本物であり、桁違いだった。
しかしそれも長くは続かなかった。四方八方からの雷撃が始まると、『バンカーヒル』は遂にその巨躯を海中に没することとなったのだ。無数の魚雷に貫かれ、膨大な浸水を被ったためである。機関部には海水が浸入し、『バンカーヒル』はその足を奪われた。かくしてエセックス級空母『バンカーヒル』は史実よりも長く、そして同時に短いその就役期間を終えたのであった。
空母『エンタープライズ』CIC。ここでチャールズ・J・ムーア少将は第36任務部隊の被害状況を確認し、そして防御態勢の構築を図っていた。しかし状況は最悪である。第36任務部隊を始め、第3艦隊の戦闘機迎撃部隊は先の帝国海軍との激突で甚大な損害を被り、既に半数の機体を喪失していたのだ。更に第36任務部隊では、軽巡洋艦『ニュー・ヘヴン』、駆逐艦『ベネット』撃沈、駆逐艦『コナー』中破という輪形陣の一翼を崩される事態となっている。更に現在、この損害に空母『バンカーヒル』喪失も加わり、第36任務部隊が切ることの出来るカードはかなり減っていたのだ。
「他の任務部隊もこのような状況なのか?」
ムーアは訊いた。
「第32任務部隊の空母『サラトガⅡ』、第38任務部隊の空母『イントレピッド』が撃沈。更に第30任務部隊の戦艦『ルイジアナ』、『ノースカロライナ』が共に大破したとの報告が入っています」第36任務部隊参謀長のブライアン・E・ウェラー大佐は答えた。
「海戦開始1時間でこの損失か……。酷いやられようだ……。日本人が、中国人が猿をレイプして産ませた人種だと言ったのは何処のどいつだったか……。諸君、我々はジャップを舐め過ぎていたようだ」ムーアは言った。「だが、ここからは反撃の時間だ。先ず、帰還した戦闘機部隊を第2次迎撃部隊とともに出撃させ、再び迎撃態勢を取らせる。次に、レーダーと偵察機の報告で確認した敵艦隊に対し、攻撃中の部隊の帰投時間と並行して、第2次攻撃隊の出撃準備を完了させる。これには第2次迎撃部隊から一部、護衛戦力を抽出し、直掩に回させる。第2次攻撃隊は迎撃態勢が整い次第、直ぐに出撃させるぞ」
「しかし、既に『バンカーヒル』が撃沈されている以上、迎撃と護衛に回せる戦闘機は限られていますが……」
ウェラーの意見に対し、ムーアは静かに頷いた。
「多少のリスクは承知している。それを考慮しての作戦展開だ」ムーアは言った。「我々の標的――戦艦『Y』を沈めるのに、一人の犠牲も出さないという方が無理な話なのだよ」
「『バンカーヒル』のパイロット達はどうします?」
「駆逐艦に救助させる。ベーリング島は既に飛行場をジャップに奪われているからな……。仕方の無いことだが、救助行動中は敵機に細心の注意を払うよう、下命しておいてくれ」
ムーアの指示を聞いたウェラーは頷いた。
1947年3月6日。帝国海軍聯合艦隊と米合衆国海軍第3艦隊が対峙、激突した『第二次ベーリング島沖海戦』。その緒戦において勝利を飾ったのは――帝国海軍だった。先手を打つことに成功した帝国海軍は空母11隻、戦闘機235機(七式艦戦『旭光』48機、五式艦戦『烈風』79機、『紫電』108機)による強襲で米海軍第3艦隊の迎撃戦闘機227機を撃破。その半数以上となる138機を撃墜。52機を中大破へと追い込み、迎撃線を食い破ったのだ。対して帝国海軍も被害も少なくなく、戦闘機235機中86機を撃墜され、大きな痛手を負うこととなった。しかしながらその犠牲の結果、敵空母計3隻を撃沈、戦艦2隻大破、重巡洋艦1隻大破、軽巡洋艦2隻撃沈、駆逐艦3隻撃沈、2隻中破という戦果を挙げるに至っていた。
しかし、対する米海軍第3艦隊もまた第1次攻撃隊を出撃させており、聯合艦隊直上への到達は時間の問題だった。
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