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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第10章 戦前の大和~1946年
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第136話 戦争の荒鷲を解き放て(後)

 第136話『戦争の荒鷲を解き放て(後)』



 1946年11月8日

 大日本帝国/東京都


 港区南麻布の麻布広尾町に居を構える駐日ドイツ大使館の応接室で、『大和会』当主の藤伊一大将と帝国海軍軍令部総長の山本五十六、そして第41代内閣総理大臣の東久邇宮稔彦王ら3名は、17世紀のアンティークテーブルを挟み、向かい合っている一人の男――ドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーを見据えた。ヒトラーは何かを思案しているのか俯き気味に3人を見つめ、両指を絡ませて笑みを口許に湛える。その表情の裏に何らかの思惑が隠されているであろうことは、容易に察しがついた。だが藤伊達にとっては、至極重要なことだった。

 11月2日、ドイツ第3帝国総統ヒトラーは、今やEU(ヨーロッパ同盟)の共同経営となったかつてのソ連の国力の象徴『シベリア鉄道』を利用してベルリンから遥かなる彼方の街、ウラジオストクへと至る。そこから船便で大日本帝国本土、横浜港へと到達、更に特急『燕』に乗り換えての長い長い旅路だった。それだけの手間を掛け、わざわざ日本を訪問したのは何もEU設立の影に埋もれた『日独英伊軍事同盟密約』の再確認だけではない。むしろ本命なのは、今や大日本帝国を影から支配する存在――『大和会』ーの接触と会談であった。これこそ、ドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーが“神”より直々に仰せ付かった――と信じて疑わない密命なのだ。そしてその大役を担うヒトラーには、重い重い責務が伸し掛かっていた。

 「『大和会』」ヒトラーは言った。「吾輩が最初、その名を知ったのは今から7年も前のことと記憶している。何時聞いても魂を打つ素晴らしい名前だ」

 「『大和』とは――“日本の心”なのです」

 藤伊はそう答え、淡々と語り始めた。「日本人の心の拠り所であり、望むべきモノ。そしてその言葉を文字通り表すのが――戦艦『大和』であり、その『大和』を信奉するのが『大和会』なのです。そして時に、その信奉が狂気へと変貌し、そして混沌になってしまった……。我々が時空を遡り、貴方がたが住むこの時代へと舞い戻った経緯には、そのようなことがあるのですよ」

 「吾輩は混沌を望むよ」

 ヒトラーは通訳の、駐独武官であり『大和会』古株でもある男――原茂也陸軍大佐を介し、静かに告げた。その語気には闇の面が見え隠れしていた。「混沌が秩序を、社会を、体制を揺るがし、一旦築き上げた“全て”の地盤を崩し、一瞬で灰塵に帰させる。その後、壊滅したその場所に新たなる秩序と社会を築き上げる――それが創造に付いて回る“破壊”という行為の原理だよ」

 ――破壊と創造。それはドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーが敬愛し、他者に望むもの。神故の葛藤と力の象徴であり、持つ者のみが許される行為。愚者は破壊のみを繰り返し、その先のことを考えようとはしない。だがしかし、ヒトラーは違った。荒廃した社会を完全に解体し、優生民族と劣等民族の血を完璧に選定した上で、第3帝国総統ヒトラーが定める“新秩序”の下、新たなるモノを創造する。それが彼の使命であり――楽しみでもあった。

 「総統閣下はそれを南米で成し得ようと……?」

 東久邇宮は訊いた。

 「最早」ヒトラーは言った。「最早、我々の脅威となるのはアメリカだけだ。その足元を崩すことが、今後の対米戦略において重要な意味を持ってくるに違いは無かろう……」

 「ふむ」藤伊は頷いた。

 「今、吾輩はアルゼンチンに支援を行っている。アルゼンチンとパラグアイが戦争状態に陥っていることは既に承知のことだと思うが……?」

 「ええ。それは承知しています」

 ヒトラーはうむ、と重々しく頷いた。「この戦火は拡大する――と、我輩は見ている。何故ならば、アルゼンチンと交戦状態にあるパラグアイには親米政権――いや、アメリカの傀儡政権が成り立っており、イヒニオ・モリニゴ大統領を始めとする政府・軍部中枢はアメリカの息が掛かっているという話なのだ。これは既得権益にしがみ付く屑共が居るからこそ、成り立つことなのだよ」

 パラグアイは『チャコ戦争』で獲得したチャコ油田における、スタンダード・オイル社の資源開発を始め、米国政府・企業からの恩恵を一身に受けていた。米本国から不況のため、移ってきた出稼ぎアメリカ人――主に黒人、アジア系等――を大豆・トウモロコシといった農作物のプランテーション農業の小作人に雇い入れ、過酷な労働を強いたのである。また米国からの輸出入優遇政策により、対米貿易の比率は上昇し、経済は非常に良好なものとなっていた。もしここでアメリカと手を切れなどと言われれば、それをパラグアイが突っ撥ねるのは当然のことであろう。

 「……聞く所によると、パラグアイの国民は民主化を望んでいるとか」

 「だからこそ、独裁者モリゴニとその取り巻き共はアルゼンチンに戦いを仕掛けたのだ」ヒトラーは言った。「恐らくはアメリカ側の指示だったのだろう。モリゴニの独裁政権を容認し、経済支援と連携を確証する見代わりとして、フアン・ペロンの暗殺を命じたのだ」

 「しかしその計画は頓挫し、アルゼンチンと戦争になった――と」

 ヒトラーは頷いた。「もしかすると、トルーマンの狙いだったのかもしれん。アルゼンチンとの戦争を引き起こし、親独国家を潰しておこう……と」

 そう語るヒトラーに対し、藤伊は首を振った。「『パリ海軍軍縮条約』が結ばれてから日が浅い今、そのような行為に走るのはどうかと思われます。あまりにも強行的過ぎる」

 その点を聞いたヒトラーもまた、そうだと考えていた。『パリ海軍軍縮条約』締結が1946年8月下旬。そして今回の戦争が11月と、その差は3ヶ月と経過してはいないのだ。幾らなんでも早過ぎる。となると、然るべき時期にその計画を実行出来なかった“何らか”の理由がある筈なのである。しかしその“何らか”――については、ドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーも知り得ぬことであった。

 「とはいえ、始まってしまったものは仕方無かろう?」

 そんなヒトラーの言葉を聞き、藤伊は頷いた。



 「……ところで、本題に入りたい」

 唐突に告げるドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーに藤伊、山本、東久邇宮の3名の表情に曇りの色が浮かび上がった。相手はあのヒトラー。ソ連崩壊後、世界の王の座にもっとも近い地位に上り詰めたその男が直々に、この大日本帝国の首都へと出向いたのだ。それ相応の理由があるのは当然といえる。そしてそれが大日本帝国の将来にどのような影響をもたらすのか――それが問題なのだ。

 「……周知のこととは思うが、南米には多数の日系人が居る。その影響力は個人ではそれほど大きくは無いが、集団における影響力は到底、馬鹿には出来ない」ヒトラーは言った。「『大和会』――諸君等に頼みたいと言うのは他でもない、その“同胞”を救い出すのに力を貸して欲しいのだ。そう……簡潔に言えば、我がドイツ第3帝国と共にアルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの反米三国同盟を支援し、米国による支配体制から南米諸国を解放する――“聖戦の旗手”として立ち上がって貰いたい」 

 その言葉に3人は絶句し、唖然とした。『同胞の解放』、『反米三国同盟支援』、そして『解放』。それは即ち、大日本帝国はアメリカに対して“反旗を翻せ”と言っているのだ。これまで対米戦争の回避を大前提としてきた『大和会』で、である。

 だがしかし、英首相暗殺計画の成功や『日独英伊四国軍事同盟密約』の締結、そしてEUの創設により、その結果『大和会』の内部で密かに路線変更され、定められたもう一つの戦略――『対米戦争』の開戦――は確かに存在していた。それもEU――ヨーロッパ諸国の後ろ盾を得た上での、圧倒的な国力差を以ての侵略戦争。遅かれ早かれ、その期が訪れることは藤伊を始め、山本や米内といった『大和会』の古株達も薄々気付いていた。だがこれは、彼らが『総力戦研究所』といったシンクタンクを利用し、シミュレートした中でも最低最悪の結果に繋がるであろうケースだった。それは即ち――英仏EU主要国との連携を隔絶した上での、枢軸国主体の対米戦争である。

 「そ……それは同意し兼ねます」

 山本は静かに告げた。

 「何故かね?」

 「そんなことをすれば、我が国のEU内での信用に関わるからです」山本は言った。「それに同じ日本人の血を受け継いでいるとはいえ、そんなことをすれば外交的にも大問題ではありませんか! そもそも我が国の国力では、地球の裏側にある国を支援出来る訳が無い。それに道理も――」

 「吾輩も祖国ドイツからいって地球の裏側にある諸君等、アジア諸国に支援を行い、関心を抱いている。ならばアドミラル・ヤマモト、貴方もその地球の裏側にあるアルゼンチンやブラジルといった国々に一片の情けでも掛けてやるというのが道理ではないのかね?」

 山本は首を振った。「それとこれとは話が違うッ! 我々は無用な血は望まない」

 「だが血を望まなくとも、アメリカは日本の旭日旗が赤々と染まるのを望んでいるのではないのかね? ここで備えをしておかなくてどうする? この帝都東京が米軍のB-29によって灰と化し、米兵共の薄汚いブーツで皇居の床の隅々を荒らされた時、諸君等はどうする気なのだッ!?」ヒトラーは興奮で髪を撥ね散らし、顔を真っ赤にした。「良いかね!? 私はもう、歴史が再び繰り返すことだけは避けたいのだよ! 時計の針が元に戻らないというのなら、思い通りに回してやりたいのだよ!」

 「そんなことが許されると――」

 「いい加減にせんかッ!! 頭を冷やせ山本!!」

 そう恫喝する東久邇宮の瞳には、怒りの炎が滾っていた。とはいえ、山本のドイツ嫌いをどうすることも出来ないだろうと、彼自身は最初から諦めが付いていた。そもそもが『海軍三羽烏』などと呼ばれ、親独反米体制を誘引し兼ねない『日独伊三国同盟』に反対を高らかに宣言した男である。現在は帝国海軍軍令部総長という重職に就いてはいるが、それでも彼のドイツ嫌いは折紙付きであった。しかし皇族として、大日本帝国第41代首相として、そして何より『大和』を憂う者として、山本五十六とヒトラーの度を超えんとする論争に終止符を打たなければならなかったのだ。

 「も……申し訳ありませんでした……」

 呆気に取られた、とはこのことだろう。山本はポカンと開けられていた口を引き締め、頭を深々と下げて、東久邇宮とヒトラーに謝罪の意思を表示した。

 一方、ヒトラーもまた怒りと、驚きと、そして何とも言えない充実感のようなものを感じながら、バツが悪そうに山本から視線を逸らした。『欧ソ戦争』終結後、ドイツにおいてヒトラーに反対の意見を唱える人間は殆ど居なくなった。国防軍であれSSであれ、あのナチス事実上のナンバー2と目されるヘルマン・ゲーリング国家元帥でさえ――だ。そんな中での今回の一件である。その気持ちはまさに複雑で、ヒトラー自身さえよく分かっていない様子だった。

 「戸惑うのは分かる。確かにリスクは大きい……。だが今回の戦争が我々の勝利に決まれば、かなりリターンを求め得ることが出来るのだよ。だから吾輩は諸君等に頼みたいのだ。大国アメリカとの来たるべき決戦に備えた橋頭堡の確保のために……」

 南米大陸を掌握することは即ち、アメリカの南北米大陸統一構想――『アメリカ連合』の誕生を挫き、対米戦争においても重要な戦略拠点として利用出来ることは間違いなかった。しかし英仏を始めとする、米国に対するEU主要国の宥和政策にはなはだ水を差す行為でもあり、そんなことをすれば日独両国はがEU内部で孤立化することは、火を見るより明らかであった。そして史実、そんな両国が敗北を喫した原因もまた、そこにあったのだ。

 「……リスクというのは、身の最低限の安全が確保されてこそ、初めて成り立つものです」藤伊はヒトラーに告げた。「大国ソ連を圧倒したとはいえ、アメリカの国力は侮り難いものです。そんな中、EUの対米宥和政策の輪を乱そうとすれば、我々は孤立しかねない。そしてそれは、我々がもっとも望まなかったことではありませんか」

 英首相暗殺による日独英伊四国軍事同盟密約の締結や、EUの創設。それは孤立化した状態で大国米ソを相手とせず、戦争に勝利することが目的とした戦略だった。それをヒトラーは一声で白紙に戻し、歴史を繰り返せと言っているのだ。山本もそうだが、藤伊も憤りを抱いていた。

 「孤立は避けられんだろう……。だがしかし、アメリカに勝利すればそんなことも関係は無くなる」ヒトラーは言った。「今や、我々にとって唯一の障害となるこの忌わしき存在を屈服させれば、世界は我々の手中に下るも同然。残るは屋台骨の腐った大英帝国やフランス、そして落日の欧州諸国のみだ。言うまでも無く、取るに足らん存在だ。しかしそんな奴らであっても、大国アメリカの後ろ盾を得れば厄介なのだ。だからこそ、アメリカを滅ぼすのだよ」

 「――ですが、その前にアメリカに押し潰されては話になりませんぞ」

 東久邇宮は静かに告げた。

 「問題は無い。そのための準備は粛々と進めておる」ヒトラーは言った。「それに……。そちらにも“隠し玉”があるのではないのかね……?」

 怪訝な表情を浮かべつつ、告げられたヒトラーのその言葉に3人は震え上がった。彼等にはその“隠し玉”の見当は付いていた――だが、それがドイツ側によって確認されているとは、思いも寄らなかったのである。そしてそれは同時に、アメリカにも知られているのではないか? という疑念に変貌した。

 「ユダヤの技術――核反応爆弾。吾輩は知っておる……」

 「それを……どこで?」

 藤伊は恐る恐る訊いた。

 「我が国の諜報網を以てすれば……だ。あとは言わずもがな」ヒトラーは言った。「そして吾輩は、アメリカが同じく核反応爆弾と、それを搭載可能な長距離戦略爆撃機『XB-36』の開発を行っていることも知っておる。それをどの時期に、どの国に、どのような目的で使用するか――ということに関しても、大体の見当は付いておるのだ」

 「…………」藤伊は押し黙った。「……遂にこの日が来るか」

 それは藤伊を始め、戦艦『大和』と『夢幻の艦隊』とともに時空逆行を遂げた『大和会』の面々にとって、もっとも恐れていた日だった。即ち、アメリカが原爆を大日本帝国に使用する気でいる――という事実の発覚である。

 「しかしシラードを招聘し、他の科学者達も――」

 「核の専門家は一人二人といった数ではありません。多民族国家アメリカならば、それだけの人材が揃っていることも当然といえるでしょう」

 そう山本に説明する藤伊だが、自身としても信じ難い事実だった。

 「分かった筈だ。“選択肢”が残されていないことを……」

 そう告げるヒトラーに顔を向け、藤伊は静かに頷いた。


 「残念ですが……仕方はありません。避けられないのならば、正面から立ち向かうまでです」藤伊は言った。「それで、我々は何をすれば宜しいのですか?」



 1946年11月8日。『大和会』とドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーの間に設けられたその密談は、双方の“止むを得ない合意”――という形で収束を迎えた。『大和会』――大日本帝国はアルゼンチン及びパラグアイ在住の日系人救出・支援という名目の下、ドイツ側から要求された物資(食糧、衣服、医療品、軍事物資)を積んだ輸送船団とその航行を護衛するための帝国海軍護衛艦隊――通称『遣亜艦隊』の編制を実施し、それをアルゼンチンに向けて送り込むことを決定した。更に、義勇部隊や軍事顧問団の派遣も決まり、日米間の溝は深まるばかりであった。そしてその見返りとしてドイツ側は工作機械、石油、鉄鉱石、穀物といった資源の安価・優先的な売却を約束し、アルゼンチン支援のために要求する物資は全て、それ相応の現物資産(金・銀等)で支払われることとなったのである。


 ――かくして1946年11月、大日本帝国は孤立の道を歩みつつあった。





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