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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第10章 戦前の大和~1946年
141/182

第135話 戦争の荒鷲を解き放て(中)

 第135話『戦争の荒鷲を解き放て(中)』



 1946年11月7日

 アメリカ合衆国/ワシントンD.C.


 米合衆国第33代大統領ハリー・S・トルーマンは、大統領執務室『オーバルオフィス』のドアをそっと、しかし、しっかりとノックする音を4回聞いた。それまでデスクに脚を組んで座り、高々とデスクの上に積み上げられた書類や電報の全てに目を通していたが、その音でふと手を止めた。眼鏡の汚れを布で拭き取る中、ドアは静かに開く。入室してきたのは第48代合衆国国務長官、エドワード・R・ステティニアスだった。彼はゼネラル・モーターズやUSスチールといった一流企業で長年に渡って重職に就き、優秀な経営家としてトルーマン政権下に招かれていた。1945年からは国務長官だけではなく、大統領直轄の国家プロジェクトとして開設された『米国資源戦略委員会』の委員長に就任。南米、国内、そして極東(フィリピン・チュクチ民族管区)における資源開発と重工業化計画を要とした“経済刺激政策”において、重要な地位に着いていた。

 「やあ、ステティニアス君。どうしたんだね?」

 デスク上に乱雑に敷かれた電報の床に両肘を付き、両指を絡ませて問う。一方、ステティニアスは右脇に1冊のファイルを挟み、トルーマンの前へと進み出ていた。

 「――アルゼンチンがパラグアイに宣戦布告しました、大統領閣下」ステティニアスは言った。「ブエノスアイレスの在亜米国大使館からの報告です。やはりフアン・ペロンは例の事件が堪えたと見えます。アルゼンチン軍は既にパラグアイ国境に集結しており、戦闘開始は時間の問題かと……」

 トルーマンは低く唸って、腕を組んだ。

 「そうか……。となると、次はドイツとの直接対決になりそうだな」

 「ええ……。EUが引っ張り出されてこないと良いですが……」

 ステティニアスは渋面を浮かべた。

 「今回は問題無いだろう。ドイツの南米進出はEUの協調姿勢からは常軌を逸している行為だ」トルーマンは言った。「いわばドイツの個人プレイという訳だ。イーデンやダラティエは戦争を望んではいない以上、ヒトラーはムッソリーニやナルヒコ以外に頼る相手などいまい」

 1945年4月の『欧ソ戦争』終結以降、英仏を始めとするEU諸国の多くは、次なる大戦を望んではいなかった。反米意識は未だ尾を引いてはいたが、終戦後も物資不足によって続く“食糧配給体制”の継続、空襲やソ連軍侵攻による戦災地復興予算――フランスやドイツは『欧ソ戦争』中、ソ連空軍の大規模空襲を首都や地方都市に受け、多大な被害を出していた――戦費や物資不足による物価高騰、急激なインフレーション等、EU経済が喰らった被害は相当なものだったのだ。その結果、旧枢軸国やその友好国を除いた多くのEU諸国が再度の大戦争の勃発を否定し、宥和政策を実行に移したのである。その前例はドイツ(1939年のポーランド侵攻が無かったため)で実証されているため、英仏を始めとする国々は、今回もその宥和政策によってアメリカとの戦争を回避出来ると考えていたのだ。

 「アフリカや東南アジアでは依然、紛争が続いておりますからな」ステティニアスはそう呟き、顎を擦った。「植民地経済に頼った英仏のEU有力国にとっては、そちらの問題解決の方を優先するのは当然です。となれば、今回は南米の一件に手を突っ込むことは有り得ん筈かと」

 トルーマンは頷いた。

 「ようやく、『パリ海軍軍縮条約』が制定されたのだ。EUの海軍力が削がれる今、足元の地盤を固めておけば、来たるべき戦争でも優位にことは働くことだろう」

 前米合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトが提唱した南米大陸併合構想――『アメリカ連合』構想は、カナダと南米諸国を併合し、ヨーロッパ諸国によって結束したEUに対抗しようという考えだった。その第1段階としてルーズベルトは1944年、メキシコに対して宣戦布告を成し、その領土の一部を米国領に編入し、メキシコに傀儡政府を樹立させていた。

 そのルーズベルトのその壮大なる計画を継いだトルーマンは、第2段階としてパラグアイを始めとする南米諸国に外交圧力を掛け、クーデターや親米政党を支援して次々と傀儡政府を樹立させていた。そして今、トルーマンは第3段階として、反米を振りかざし、アメリカに反旗を翻す3ヶ国――アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイを打ち負かし、南米を事実上の米国領へと完全併合させんと企てていたのだ。そしてその偉大なる計画の障害となる最後の反米防波堤である『三国同盟』に対しては、一切の慈悲などくれてやることは考えていなかった。



 ステティニアスの入室後、遅れて2名の男達がトルーマンの前に出頭した。その2人の男――合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長のアーネスト・J・キング大将、米合衆国海兵隊総司令官のトーマス・ホルコム大将は米海兵隊のパラグアイ支援作戦のため、大統領命令によって召集されたのだ。

 「アメリカ連合――“AU”を実現させるためにも、パラグアイには頑張って貰わねば困る」トルーマンは言った。「それで、だ。海兵隊はどの位の日数でパラグアイに展開出来るか。その見通しをおおまかでもいいから、訊いておきたいのだ」

 そんなトルーマンの問いに対し、ホルコムは頷いた。

 「第1・第2海兵師団は既に行軍準備を整えており、海軍側の手厚い支援もありましたので、約1週間程度で前線に展開することが可能です。残る第3~6海兵師団については、順次展開が可能となっており、1ヶ月もあれば全6個師団をパラグアイ支援の任務に着かせることが可能かと……」

 「大西洋・太平洋の両洋艦隊はどうなっている?」

 「両艦隊の準備は既に整っています、大統領閣下。空母機動部隊の南米沿岸への展開は、4~5日もあれば実現可能です」キングは言った。「もっとも、海軍を動かすには米国議会の承認が必要となりますので、その間は海兵隊にはある程度の艦艇を回し、単独で頑張ってもらう他ありませんが」

 米海兵隊は大統領命令によって出撃が可能だが、その海兵隊を除く陸海軍は、米国議会の承認を得なければならない。パラグアイに滞在する在巴米国人の救出や、米国外資系企業が投資し、現在も開発を続けているチャコ地方に眠るという大油田の保護等、米国議会を動かす大義名分は十分にあり、メキシコやソ連の一件からも察するに、トルーマンは国内世論がそこまで反発することはなかろうと予想していた。

 「相手はアルゼンチン軍だが、なんとあのロンメルが直接軍事指導を行ったらしい」

 トルーマンのその一言に、2人の顔は蒼褪めた。エルヴィン・ロンメル。今や知る者は居ない『欧ソ戦争』の英雄であり、ドイツ国防軍軍人である。そんな男が南米に赴き、軍事顧問団を引き連れてアルゼンチン軍に戦闘訓練を指導しているとは、にわかには想像し難いことだった。

 「ヒトラーはとんでもない低脳野郎だな」

 思わず地が出たキングは、ドイツ第3帝国総統を罵った。

 「ドイツは特殊だからな……。彼ほどの器なら、今頃はドイツ国防軍の重要ポストに就いているのが妥当だろうに。いや全く、彼がアメリカに生まれていればとつくづく思うよ」トルーマンはそう言い、首を振った。「まぁ、とにかくそういうことだよホルコム大将。君が戦うのはあのロンメルだ。アルゼンチン軍の装備はドイツ国防軍の旧式兵器ばかりだが、どの兵士も南米諸国の水準でいえば精鋭揃いだとOSS(戦略情報局)は確認している。更にロンメル隷下のドイツ義勇軍の存在も確認されているから、本物のドイツ軍とも戦火を交えることになるだろう」

 「了解しました、大統領閣下。部下達にもそう伝えます」ホルコムは戦々恐々としながらも、力強く頷いた。「ですがそうなると、パラグアイが果たして我々の到着を前に耐えられるかどうかが心配です。何しろ相手はあのロンメル。それもドイツ軍の旧式装備を供与されているとなると、パラグアイとアルゼンチンでは赤子と大人の差も開いているのも同然ではありませんか」

 「ああ。だが我々も軍事支援は惜しんではいない」トルーマンは言った。「戦車や航空機といった兵器、弾薬、燃料、食糧といった様々な軍事物資を送り、また義勇軍の派遣を進めたのだ。そう易々とアルゼンチンに侵略を受けるほど、パラグアイ軍も脆弱ではない」

 トルーマンは力強く言い放ち、ホルコムに顔を向けた。

 「いいかね? この戦いは我々の方が圧倒的に有利だ。何故なら、奴等アルゼンチンはドイツからの軍事支援を受けてはいるが、両者はあまりにも距離が離れすぎているからだ。先月の『パリ海軍軍縮条約』でドイツ海軍は大きく戦力を落としていることもを加えなくとも、補給が続かなくなるのは時間の問題なのだ。一方で、我が国は南米諸国との友好関係を取り付けており、陸路と海路による補給線も盤石なものとなっている。例えアルゼンチン軍がパラグアイの首都を陥落させたとしても、パラグアイ軍は方々に分散して、ゲリラとして戦い抜くだろう。そうなれば、戦争はおのずとパラグアイ側の勝利へと傾き、アルゼンチンとブラジル、そしてウルグアイの3ヶ国は、己の過ちを認め、ヒトラーと手を切って我々との握手を求める筈だ。そうではないかね?」

 ホルコムは静かに頷いた。

 「フィンランドとは違う……違うのだよ。かの戦争はソ連とEU、両者に質の差を痛感させる戦いだった。結局、ソ連は敗北した。だが今回は違う。ドイツが下手に直接介入出来ないこの南米というフィールドであれば、ドイツの支援するアルゼンチンといえど、最終的には敗北するだろう。そのための布石は何個もあるのだからな」

 そう言い、トルーマンはステティニアスを見据えた。

 「『武器貸与法』が米国議会を通過すれば、パラグアイやフィリピンを始めとする友邦国に膨大な軍事物資を供給することが可能となります」

 ――『武器貸与法』。史実では『レンドリース法』という名でよく知られるそのプログラムは、敵対勢力と対峙状態にある米国の友邦国――南米や極東の国々に対し、膨大な軍事物資を供給すべく考案されたものだった。先の『欧ソ戦争』における表立たなかった対ソ軍事支援の反省ともなっている。この法案が米国議会を通過した暁には、まずはアルゼンチンによる攻撃を受けた友邦国パラグアイに対し、用いられる手筈だった。

 敵対勢力――といっても表立って“EU”を名指しすることはなく、名目上は“共産主義者”を指すものだった。というのも『欧ソ戦争』終戦後、ソ連崩壊とともに全てのソ連国民がシベリア社会主義共和国に追従した訳ではなかったのだ。一部の軍関係者、スターリン信奉者達は世界各地へと散り、各国で共産主義の布教に務めていたのである。その結果、一部の国々では共産主義の台頭を許す羽目となり、政府は赤狩り(レッド・パージ)を行った訳だ。この『武器貸与法』は、そんな反乱勢力を撃退すべく、友邦国に軍事支援を行おうというのが平時の大義名分であり、今回のパラグアイのような一件では、本格的な軍事支援を実行するのが実情であった。これはシベリア社会主義共和国が存続した結果、未だ反共思想が根強く残る米国世論を考慮した“抜け道”のようなものだった。

 「議会への根回しは済ませています。11月中には上下院を通過し、12月の下旬までにはパラグアイにこれまで以上の軍事物資を回すことが可能となるでしょう」ステティニアスは言った。「多くの議員達は、南米や極東に投資を行っている企業から政治資金の献金を受けていますからね。そのスポンサーの不利益となるようなことをやればどうなるか、それは重々に承知のことだと思います」

 USスチール社の元副社長としての経験を踏まえ、米国の傀儡である南米諸国やチュクチ民族管区における鉱物資源・石油資源の調査・開発を指揮するステティニアスは、その資源開発に数多くの有力な米国企業が投資していることを知っていた。ペルーの銀、エクアドル・メキシコの石油、ボリビアのスズ、コロンビアのエメラルド、チュクチの金等、南米や極東には豊富な資源が眠っており、かつてルーズベルトはこれらの資源開発を以て、不況を脱しようと考えていたのだ。故にUSスチールやロイヤル・スタンダード・オイル等を始め、そのルーズベルトの政策に乗った――いやそもそも、ルーズベルトにそんな政策を行わせた一因はこれらの企業の思惑にもあるのだが――大企業は多く、そのために確実にリターンを求めようとする企業は多かった。だからこそ、そんな企業をスポンサーに持つ議員達は下手に出れなかった訳である。

 「……南米の問題はなるべく早く解決しておきたい。そうすれば、極東に集中することが出来るからな」トルーマンは腕を組み、静かに告げた。「大日本帝国――ジャップ共は虎視眈々と極東の覇権獲得を狙っている。奴等の野望が潰えぬことは無いだろう。やがてはチュクチやフィリピン、そして我々が狙う中国に対しても、介入するに違いまい」

 「その前に“楔”を打ち込むのですね?」

 ステティニアスの問いに、トルーマンは頷いた。

 「EUの国力を支えているのはアジアの植民地だ。特にイギリスやオランダは、インドやインドシナの経済を大きく充てにしている。また英連邦の主要国でもあるオーストラリアも、アジアより南のオセアニアには存在している。それらの地域に侵攻し、楔を打ち込めば、イギリスや欧州各国の補給を断つことが可能となる。ヨーロッパに攻め込むのはその後で良い。その前に極東を奪うのだ」

 「しかしソ連もそれを行おうとして、失敗しましたが……」

 ホルコムは言った。

 「ソ連の敗因はスターリンの慢心だ。我らに劣る東洋の黄色猿も、数が多過ぎれば手に負えんという訳さ。そして地の理もあったということもあるだろう……。何しろ奴らは自然の中で育ってきた粗雑な人種だからな。トラップやスネークアタックはお手の物なんだろう」

 「ですが、ジャップは『日露戦争』や『冬戦争』で、ロシアやソ連軍を何度も下した過去があります。大統領閣下こそ、ご慢心なさっているのではありませんか?」

 ホルコムの言葉にトルーマンは低く唸り、俯いた。

 「……かもしれん。すまなかった」

 素直に謝るトルーマンにホルコムは呆気に取られながらも、首を振った。

 「戦場において油断は禁物です。如何なる状況下でも、地面にしかと両足を着け、両目を見開いておかなければ、軍人などやってられないものなのです」



 トルーマンは頷いた。「ではホルコム大将、パラグアイは任せたぞ」




 




 

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