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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第10章 戦前の大和~1946年
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第129話 悪魔との握手(後)

 第129話『悪魔との握手(後)』



 1946年6月5日

 満州国/遼寧省


 伊藤整一と石原莞爾の2人は零式小型貨車に乗り込み、残留放射能降り頻る『エリアF』の荒野を後にした。2人を乗せた零式小型貨車は、エリアFとそこを取り囲む丘陵地帯の端を沿って走る小道を砂塵を舞い立たせながら疾駆する。やがて見えてきたのは、延々と続く鉄条網。原爆実験地であり、大日本帝国最高機密地であるエリアFは、その外周全域を高いフェンスの壁で囲まれていた。フェンスは有刺鉄線で、そのすぐ近くには地雷源が敷設されている。電力は遼寧省の総電力の4分の1を賄う鉄嶺火力発電所から供給されているが、有事の際には大型の自家用発電施設も備え付けられており、抜かりは無かった。常時、2000名近い憲兵が詰めており、周囲には陸軍飛行場が2箇所存在する。陸空からの監視網はとても厳しく、人っ子一人立ち入ることを許さない状況であった。

 「……遂に」伊藤は小刻みに震え、小さく呟いた。

 「えぇ。これこそ、『大和会』の本願達成です」

 石原は臆していなかった。いやむしろ――逞しかった。彼の背中には覇気が漂っており、着用する軍服はいつもより凛々しく感じられた。いつもは苦虫を噛み潰したかのような顔には、生気が漲っていた。頬は紅潮し、口許は不敵に歪んでいる。昭和の傑物――『帝国陸軍の異端児』の渾名を冠し、荒唐無稽な戦略思想で多くの堅物軍人から反感を買ってきたこの男は今、帝国陸軍最大の実力者となったのだ。即ち――世界を揺るがす力、“原子爆弾”を完成させたのである。

 しかし当の伊藤は、そんな石原の様子を見て、悪い兆候だ、と思った。

 「石原閣下。我々は1つの目標を達しました。しかし次に進まねば、その努力も水泡に帰すでしょう」伊藤は言った。「然るに、第2の目標である“量産体制の確立”、そして第3の目標の“輸送手段”を確立せねば、今回の成功は何ら効力を発揮しないのです」

 彼のいう第2の目標“量産体制の確立”とは、原子爆弾の量産体制のことにある。原子爆弾は確かに戦略級兵器であり、それ1発で都市1つを破壊することが可能だ。だが、アメリカのような大国を相手取るとならば、その数を増やさねば意味はない。1発2発では米国民の憎悪を煽り、厭戦気分どころか復讐心を増長させるに過ぎないからである。そしてこの問題を解決するためにも、量産体制の確立は重要課題だったのだ。

 更に重要となってくるのが――“輸送手段”、即ち爆撃機である。大日本帝国とは太平洋に挟まれたアメリカ合衆国に対し、その本土に原爆を投下するとならば超大型爆撃機が必要であった。ハワイといった中継拠点を確保するのも1つの手ではあるが、原爆を緒戦と終戦間際における“決定打”として使用するとならば、そういった存在が必要だったのである。無論、これは立場が勝敗どちらでも必要だ。敗北すれば、日本本土から米国を攻撃し、有利な講和に追い込む。逆に優勢に立てば、無益な戦争を1日も早く終わらせるべく使用する。そういった戦略を実行するためには、超大型爆撃機は必要なのだ。

 「量産体制の確立については、オーストラリアからのウラン輸入量を増やす必要がありそうですな」石原はそう言い、低く唸った。

 現在、大日本帝国領では有力なウラン鉱山がまだ発見されていない。朝鮮民主主義人民共和国――いわゆる北朝鮮には、膨大な量のウランが埋蔵しているというが、大日本帝国の採掘技術ではそれもままならなかったのである。結果として、世界最大のウラン生産量を誇るオーストラリアからウランを買い付け、そうやって原爆開発に利用しているのだ。

 「ところで、第3の目標ですが……『富嶽』の開発は如何ですかな?」

 「それは石原閣下、『帝機関』の参謀総長というポストであれば、ある程度は聞いているのではありませんかな?」伊藤は訝しげに訊いた。

 「ええ。大体は」石原は言った。「『Z計画』――いわゆる長距離戦略爆撃機『富嶽』の開発計画ですが、陸海軍は元より、英独伊といった国々まで参加しての一大計画ですからね。私も幾つか報告書は読ませて貰っています。しかし、実際の所は現場に足げく通ってらっしゃる伊藤閣下の方がよくご存知かと」

 伊藤は首を振った。

 「大したことはありませんよ」伊藤は言った。「現在、富嶽は試作機の完成まで漕ぎ着けています。大馬力エンジンの開発も成功し、初飛行も済ませました。後は調整と試験飛行の毎日です。何しろ富嶽は、これまでのどの爆撃機よりも巨大で、長距離を駆る機体ですから」

 第3の目標である“爆撃機”――超重戦略爆撃機『富嶽』は、プラット・アンド・ホイットニー社製R-4360『ワスプ・メジャー』エンジンを基に開発された『ハ-52』28気筒3500馬力エンジンを6基、『ネ-130』ターボ・ジェットエンジンを4基の計10基配列となっており、その容姿はB-36『ピースメーカー』に似ていた。無論、エンテ型は採用していないのだが。しかしそれでも、性能面では両機ともに非常に優れており、原爆搭載能力でいえば、大した差は無かったのだ。

 「アメリカもB-36と呼ばれる超大型戦略爆撃機の開発を急ピッチで進めていると聞きます」石原は淡々と語り始めた。「恐らくは……原爆開発も進めているのでしょう。これは『帝機関』はおろか、『アプヴェーア』でさえ情報が掴めておりませんので、何とも言えませんが……。しかし、新大統領のハリー・S・トルーマンという男は、ルーズベルトよりも強硬な外交手腕を以て他国を屈服させている。これに準じないアルゼンチンやブラジルといった南米諸国は、“軍のクーデター”や“民主運動”という火種によって焼き尽くし、介入の糸口を得ろうとさえしている。トルーマンは危険な男です。口では親欧を語ってはいますが、彼の望む所は――償いでしょう」

 「償い?」伊藤は首を傾げ、訊いた。

 「これまでアメリカは、EUという国際社会から一方的に排斥され、辛酸を嘗めさせられてきた。国内産業は輸出貿易の停滞によって冷め切り、外国人の排他運動によってそれまで確立されてきた人種階級層システムにも亀裂が生じてしまった……。その皺寄せが、不況に繋がり、アメリカを苦しませている。だからこそアメリカ政府はこう思ったのではないでしょうか……“全てはEUが悪い”、と」

 成程、と伊藤は頷いた。

 「アメリカは歴史上、類を見ないほど強大な大国です。アジアとヨーロッパの2方面に大規模な軍を派兵し、更には膨大な戦略爆撃機軍団を保有。それを支え得ることの許された潤沢な補給体制を有し、更にはイギリスやソ連といった大国にさえ、武器や物資を分け与えた」

 「しかし今、アメリカは歴史上、類を見ないほど惨めな大国となってしまった……」石原は言った。「人は常に全盛期を夢見ます。それを見ていなくとも見ているとも、そして見たとしても。それはアメリカ人でさえ、同じことなのです。あの輝ける1920年代を取り戻せるのであれば、彼等は世界各国の首都に原爆を投下することでさえ、厭わんでしょう」

 伊藤はこの石原の発言を過激である、と思わざるを得なかった。戦時中は『鬼畜米英』などと罵られ、米兵の残虐性が伝えられてきたが、それは誤りである。アメリカ人も人の子であって、決して鬼の子などではない。渡米経験を持ち、多くの事を学んできた伊藤だからこそ、そこは譲れない所だった。



 『Gエリア』原爆研究所本棟3階会議室の長机の周りには、『大和会』を始めとする大日本帝国の層々たる重鎮達が顔を揃わせていた。そして全員身じろきひとつせず、押し黙り、原爆開発主任のレオ・シラードの講釈に耳を傾けていた。シラードは実に科学者らしい口調で、原爆の原理と構造、製造方法の一部始終を過不足なく伝えた。

 「今回、原爆実験に使用した『阿』号原子爆弾は、俗に“プルトニウム型”と呼ばれるタイプの原子爆弾です」シラードは淡々と語り始めた。「そもそもプルトニウム――と呼ばれる物質は、自然界には殆ど存在しないものです。プルトニウム――即ち『冥界の神』プルートーにその名称を端するプルトニウムは、非常に危険で不安定な物質だからです。そしてそのプルトニウムは、原子炉内でウランの中性子を取り込むことによって生成されます。この場合、ウラン238の中性子捕獲から変換され、生成されるのがプルトニウム239です。そしてこのプルトニウム239こそが、インプロージョン。いわゆる『爆縮』式原子爆弾に使用される核物質で、今回実験に使用した『阿』号原子爆弾もこのプルトニウム239を用いているのです。お分かり頂けましたでしょうか?」

 そう告げるシラードに対し、米内は手を挙げた。

 「訊くが、『爆縮』とは何だね?」

 「それには私がお答えします」と言ったのは、爆縮レンズ開発の総責任者であるジョン・フォン・ノイマン博士だった。「爆縮――とは、一言でいえば“臨界量”を圧縮し、小さくすることです。この臨界量というのは、核分裂の連鎖反応を継続させるぎりぎりの量のことを言います。この臨界量の大小によって、原子爆弾の重量等も大きく変わってきます。爆撃機に搭載できるかどうかの有無も変わってくるでしょう。また臨界量が大き過ぎれば、自発的に核爆発を引き起こしてしまう。だからこそ、その臨界量は非常に重要なのです」

 更にノイマンは続けた。「プルトニウム型原爆の欠点はそこです。プルトニウム型の臨界量はウラン型に比べるとどうしても多く、その結果として不純物の量も増大します。そしてこの不純物こそが、プルトニウム240となります。このプルトニウム240は自発核分裂反応を引き起こす物質を含んでおり、その結果、ウラン型で採用される『ガンバレル』式ではプルトニウム239以外のプルトニウム240という同位体のために、プルトニウム全体が“超臨界”――即ち核分裂の連鎖反応が継続している状態のことですが、これに至る前に核物質が自発核分裂を起こし、兵器に利用出来るような効率的な核爆発をキープ出来なくなる訳です。これを解決する手段として考案されたのが……『爆縮』式です」

 シラードが語を繋いだ。

 「爆縮式は爆弾中心部に中性子点火栓と球体プルトニウムを設置し、その周りを取り囲むように計32個の電気式雷管・コンポジション爆薬を配置します。この計32個の雷管を同時に起爆し、爆弾全体に均等に衝撃――圧縮力を加えます。この圧縮力の伝わり方がレンズの中の光に似ているため付けられたのが、『爆縮レンズ』の名の由来なのです」シラードは言った。「確実に核分裂反応を起こし、超臨界状態に至らせることによって、ようやくプルトニウム型原爆は兵器として成立するのです」

 その爆縮型原爆の開発が如何に困難だったか。説明を行う中でシラードは長い長い研究開発の日々を思い出し、思わず考えてしまった。稀代の天才ジョン・フォン・ノイマンがいたとはいえ、爆縮レンズの構造設計やその開発は困難を極めていた。何しろ初の試みである。机上論として存在しているものを実現しようとすれば、それだけの苦労を掛けるのは当然だ。しかし、それを実際にやったのとやらなかったのとでは、その考え方も全く異なってくるのである。

 「では、『阿』号爆弾が完成した以上、プルトニウム型は完成したと見ていいのだね?」

 伊藤はそう言ったが、シラードは首を振った。

 「実験ではそうですが、実用化となると話は違ってきます。爆撃機への搭載を行うためにも、爆弾の小型化を進めなければなりませんし、耐久性能の向上も待っています。そして何より、現物として完成仕上がっているのは、あの『阿』号だけでした。第2回目の実験用に1発は残っていますが、あくまでも実験用でありますので、実用には不向きです」

 「だが、使えんことは無いんだろう?」

 石原は腕を組み、シラードに訊いた。

 「ええ。確かにそれは肯定します。しかし……」

 「それだけ分かれば十分だ。我々には『切り札』が必要なのだからね」

 と、淡々と語る石原にシラードは目を丸くした。「『切り札』……というのは、あくまでも外交カードということですね?」

 「まぁ、ある意味では」石原は言った。「“戦争は外交の延長”だと言ったのは、ドイツのクラウゼヴィッツだ。彼の『戦争論』は私の愛読書の1冊でね。彼のその格言を借りるならば、そういうことだ」

 「原爆は未知の兵器です。よく実験もせず使用すれば、しっぺ返しを喰らうやもしれませんぞ!」

 「それは百も承知のことだ。だが、緊急時には優先して使用させて貰いたい」石原は言った。「話によれば、アメリカも開発に動いている。イギリスもイタリアもだ。だが、そこでドイツが遅れを取っているとは私には思えんのだよ。確かにヒトラーはユダヤの技術を否定してはいるが、奴は核兵器の恐ろしさを知る人物の一人でもある。だからもし奴が、“ユダヤの悪魔”と握手を交わしていたとすれば、今頃は我が国同様、原爆開発に勤しんでいるに違いないのだ……」



 1939年。『大和会』との会談で原子爆弾の威力を知ったヒトラーは、その日から何かに惹かれていたようである。それ以降、徐々にではあるが原爆関連のプロジェクトに予算を回すようになり、戦争終結の1945年には、大規模な人事配置の結果として多数の優秀な科学者達が配属されていたのである。これは『アプヴェーア』筋で石原の耳にも届いており、彼と『大和会』は密かにヒトラーとドイツの動向を監視、原爆開発について探っていたのだ。

 しかし1946年、大日本帝国が原子爆弾の開発に成功したというのは揺るぎない事実であった。これはドイツやアメリカ、EU諸国に対しても何歩もリードしたことを意味する。しかし、それも休んでいては追い抜かれる。


 ――だが、原子爆弾の量産体制確立はまだまだ先のことであった。

 






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