第123話 超空の殺戮者、地上の調停者
第123話『超空の殺戮者、地上の調停者』
1945年11月5日
アメリカ合衆国/カリフォルニア州
米合衆国第33代大統領、ハリー・S・トルーマンは今、米国の航空機メーカー『コンソリデーテッド・ヴァルティ・エアクラフト』――通称“コンベア”社のサンディエゴ工場に立っていた。ここはコンベア社が米国各地に所有する工場の中でも有数の設備規模を誇る爆撃機製造工場であり、本来はコンベア社のベストセラー爆撃機、B-24『リべレーター』の大規模生産ラインを備えており、米国の『対ソ宣戦布告』後は、1日1機のペースで生産を続けてきた。が、テキサス州フォートワース工場にはその製造数で負けており、設備投資に莫大な費用を掛けたというのに、サンディエゴが生み出すのは“差引き0”かと、コンベア社の重役達は渋面を浮かべるばかりであった。また、本来は自動車製造メーカーである『フォード』社が、24時間体制によってB-24を“1時間1機”のペースで生産しているという事実も、コンベア社の重役や株主達を大いに失望させる要因に至っていた。
「起死回生の爆撃機。それがB-36です」
アメリカ合衆国にとって、そしてコンベア社にとっての救世主。そうトルーマンに語るのは、コンベア社の広報社員、ルイス・D・モラレスだった。彼はブルックス・ブラザーズの紺のビジネススーツに身を包み、気難しそうな顔を浮かべるトルーマンのご機嫌を伺いつつ、右手の格納庫から搬出されてきた1機の巨大な爆撃機を指した。
「あれがB-36か」トルーマンは呆気無く言った。
B-36『ピースメーカー』――それは、前合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトの置き土産とでも言うべき機体だった。B-36の起源は1941年、EU(ヨーロッパ同盟)創設にまで遡ることが出来る。イギリスとの講和の道を断たれ、いつの間にかヨーロッパと対立するに至ってしまったアメリカ――世界から孤立した米軍は、対英・対日戦略の一環として、米本土から直接爆撃が可能な超大型爆撃機の必要性を唱え始めた。そしてその要求を満たさんと挙手したのが――コンベア社である。同社は1941年8月、ボーイング社との開発競争の結果、その原案を認められることとなり、B-36の開発権はコンベア社が獲得することとなった。その後、同社はB-24の生産と並行しつつ、航続距離1万km超、爆弾搭載量30t以上という破格の超大型爆撃機B-36の完成を目指し、試作型機『XB-36』のモックアップの製作と、実機開発に力を注いでいくこととなった。B-24の生産もあり、その開発スピードは非常に緩やかだった。
しかし1942年11月30日、ソ連軍がフィンランド国境を越えて『冬戦争』の火蓋が切って落とされると、B-36の開発計画は一刻の猶予も許されなくなった。コンベア社は合衆国政府や軍から助成金・技術者注入を受け、各分野の専門家達の研究開発の下、B-36の完成を急いだ。
とはいえこの時代、ボタン操作1つで機体設計の計算を行えるコンピュータや、完全オートメーション化された生産ラインがある筈も無く、開発は技術者達の腕と知識に大きく依存する形となった。モックアップも満足な成果が得られず、何度も製作し直している。何しろB-36は、これまでの爆撃機を凌駕する途方も無い超重機。航続距離1万m以上――ということは、それだけ飛べる燃料を積んだ、いわば“油缶”も同然ということである。故に、敵機の攻撃に耐え得る防弾性、ある程度敵機の追撃を振り切る機動性、そして数千km以上もの航続距離を連続飛行し続けられる機体強度が必要となる。そしてこの条件を満たすには、およそ3年以上の歳月と、何千万ドルという莫大な資金を要したのである。
「問題が多いそうだな?」
トルーマンは問い質すかのように訊いた。
「ええ……。やはりエンジンの方が……」モラレスは渋々頷いた。「機体には推進式を採用し、P&W社のR-4360エンジンを6基搭載しました。しかし、それでも推力が足りません。正確に言えば、R-4630の馬力が足りない――ということです」
現在、B-36はプラット・アンド・ホイットニー社のR-4630『ワスプ・メジャー』の初期型を計6基、推進式配置で搭載していた。が、3000馬力程度の性能しか持たないR-4630ではB-36を空に飛ばせても、敵迎撃機を振り切ることは叶わなかった。その結果、コンベア社はR-4630の新型完成と、補助推進機関の必要性の協議にその時間を費やすこととなったのである。
「我が合衆国陸軍には、B-36が必要なのだ」
トルーマンは指をピンと立て、モラレスを睨み付けた。
米合衆国政府、及び米陸軍航空軍の幹部達は、対EU戦略上で大陸間戦略爆撃機B-36の早期配備を優先課題としていた。これは先の『第2次米墨戦争』や『米ソ戦争』で初めて行われた“戦略爆撃”が予想以上の成果を収め、その必要性が証明された為であった。例えば、B-17『フライング・フォートレス』は、米本土沿岸から海岸上陸を掛け、侵攻する敵軍への迎撃戦力――即ち“戦術爆撃機”として当初設計され、開発された4発重爆撃機だった。しかし、その爆弾搭載能力が敵都市に大規模な空襲を仕掛けるのにも適していると判断されると、B-17は“戦略爆撃機”として活躍するようになったのである。
かのカール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』の冒頭において、“戦争の目的は敵の抵抗力の粉砕にある”――と唱えている。これは敵の国土を占領することにも帰結することであるが、クラウゼヴィッツ自身は、この国土の占領は1つの都市や要塞、地方といった“限定的”な領土でも良いと唱えている。戦争において重要なのは、政治的交渉――『講和』や『降伏』といった外交に、如何に繋げられるかという所なのだ。クラウゼヴィッツ曰く、“戦争とは外交の延長”である。
しかし戦略爆撃というものは、このクラウゼヴィッツの『戦争論』を否定するに他ならないものだった。敵の抵抗力――軍事力や、敵国土を飛び越え、直接敵首都や都市を攻撃する。それが戦略爆撃だ。戦争における最も残虐非道な戦略手段であり、同時に合理的な戦略手段でもあった。
ともあれ、敵の継戦能力の削減に予想以上の結果を示した“戦略爆撃”は、今物語では『欧ソ戦争』によって確立されることとなった。対独戦略の要として空軍力増強に努めていたイギリスを始め、イタリア、フランス、アメリカ、そして戦術空軍の色が強かったドイツでさえ、その効果を認めざるを得なかったのである。そして『欧ソ戦争』終結後、列強各国は空軍力増強の一環として、この“戦略爆撃機”の整備と増強に力を注いでいくこととなる。
それが後に自分達の首を絞めることになるとも知らずに……。
「危機に瀕する我が合衆国の再建のためにも、B-36の早期配備は肝要だ」トルーマンは言った。「1946年、全てはその年から始まる。コンベアには、1946年までにB-36を実戦配備して貰いたい」
無茶は承知の上だと、トルーマンは考えていた。EUとの国交回復が望めない以上、アメリカに残された道は――“外交の延長”であった。そのためにも、イギリス首都ロンドンを米本土から直接叩くことが可能な超重爆撃機B-36は、必要不可欠だった。
1945年11月12日
アメリカ合衆国/アラスカ準州
アラスカ準州首都アンカレッジ。この街に位置するエルメンドルフ陸軍航空基地は、米陸軍航空軍第11航空軍――『アラスカ方面航空軍』司令部だった。1945年4月の『チュクチの戦い』以降、米軍戦力の増強が行われたアラスカ方面だが、この第11航空軍も例外ではなかった。それまでは出世候補を外れた軍人達の左遷先であった第11航空軍、そこにP-47『サンダーボルト』戦闘爆撃機や、B-29『スーパーフォートレス』戦略爆撃機といった新型機が多数配備されるようになり、多くの優秀な士官達が送られることとなった。
何しろ、アラスカはフィリピン、ハワイ同様、対EU最前線だった。特に、ルーズベルト政権下から進められてきた対日・対アジア戦略においては、最も重要な地域でもあった。最大航続距離9000kmを誇るB-29の実戦配備により、日本本土さえもその爆撃範囲に収められるようになったからである。また今回、旧ソ連領だったチュクチ民族管区を米領として編入したことにより、B-29の新たな補給拠点を獲得することとなり、日本本土への爆撃はより現実味を帯びるようになっていた。
そんな折、第11航空軍第11爆撃集団『ポーラーベア』に、新たな司令官が着任する。彼の名は――カーティス・E・ルメイ。米陸軍航空軍少将であり、史実『鬼畜のルメイ』や『皆殺しのルメイ』との渾名を冠し、日本の空に爆弾と焼夷弾の雨を降らせた張本人である。その行為は然ることながら、『キル・ジャップ』の精神を絶やさないステレオタイプの性格の持ち主であり、その過激な言動は数知れない。ベトナム戦争では、『ベトナムを石器時代に戻してやる』と豪語し、北爆の推進や『水爆』の使用を提言している。
とはいえ、その戦略爆撃に対する知識は本物であり、ヨーロッパ戦線ではドイツのマッターホルンやレーゲンスブルクの爆撃で多大な戦果を挙げ、太平洋戦線では工業地帯と民家密集地の集中爆撃により、大日本帝国の継戦能力を大きく削ぐ結果を残している。
そんなルメイは最近、妙な違和感を覚えていた。まるで誰かに監視されているかのような視線、時折響く物音、そして背後に蠢く影と息伝い。分からなかったが、不気味で落ち着けなかった。折角、コネを駆使してワシントンを説得し、対日最前線のアラスカの爆撃集団司令官に着任したというのに……。コンベアのB-24『リベレーター』、ノースアメリカンのB-25『ミッチェル』、そしてボーイングのB-29『スーパーフォートレス』。自分の好きな爆撃機に囲まれた生活。白銀のアラスカに同化する銀翼のB-29が、特にお気に入りだった。
「フフッ……早くジャップの頭上を飛びてぇぜ」
B-29の巨大な機体を仰ぎつつ、ルメイは呟いた。この時も、やはり誰かの視線を感じる。刹那、背後を振り返って見たが、やはり誰の姿も無かった。
――気のせいか?
ルメイはそう思ったが、愛車に乗り込んだ時、それが気のせいではないことを悟る。エルメンドルフ陸軍航空基地を出発し、渓谷の曲がりくねった道を進んでいた時のことだ。11月の凍結した道路はただでさえ危険だが、このような道は更に危険を伴う。それまでの平坦な道ならば、ルメイは慣れたとばかりに速度を出していたが、ここでは流石に猛スピードを出して突っ切る気は起こらなかった。彼は一瞬、バックミラーに視線を向け、静かにブレーキペダルを踏み込んだ――。
が、ブレーキは効かなかった。
「ファック!! このクソッたれが!!」
ルメイは愛車めがけて罵詈雑言を飛び散らし、何度も何度もブレーキを踏み込む。だがやはり、ブレーキは効く気配が無かった。
「一体どうなってやがるッッ!?」
簡単は話である。ブレーキは最初から故障していたのだ――意図的に。ブレーキが効かず、速度を出しっ放しの車は、徐々に狭い雪道の間で滑り始めた。エンジンは吼え、車は急カーブに差し掛からんとしていた。カーブの先にあるのは――断崖絶壁である。ルメイは慌ててハンドルを握り締め、持てる力をもって回転させた。車は駆動し、徐々に車体が右を向き始めた。この時ルメイは外気温は氷点下だというのに、おびただしい量の汗をかいていた。
「クソクソクソクソクソぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ――!?」
しかし、猛スピードを出した車はカーブでスリップし、車体は道を外れた。刹那、ルメイが普段、爆撃機の操縦で感じるような浮遊感がその身体を支配し、タイヤが空回りする音が虚しく響いた。突風が吹き荒び、ルメイの顔面は蒼白となった。上空数十m――パイロットたる彼にとっては大したこともない高度だが、それは翼と強力なエンジンを付けた航空機に乗っている場合の話である。鋼鉄の塊たる車が、ただただ地球の重量に従って地面に突っ込むというその現状とは全く異なる。地面に激突すれば、死は免れないだろう。ルメイは即座に悟った。
「ホーリーシット!!!!」
――ルメイの悲鳴が渓谷に響き渡る中、彼を乗せた車は墜ちていった。
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