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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第9章 戦時の大和~1945年
122/182

第116話 革命の鐘は鳴る(前)

 第116話『革命の鐘は鳴る(前)』



 1945年4月20日

 ソビエト社会主義共和国連邦/クラスノヤルスク地方

 

 ノヴォシビルスク、オムスクに次ぎ、シベリアにおける第3の都市。それがクラスノヤルスクだった。1628年、辺境の前線要塞として建設されたのを興りとするその街は鉄鋼業、造船業、製紙業といった産業の他――『強制収容所(グラーグ)』を経済基盤としていた。ソ連領内はモスクワからウラジオストクまで、西から東から政治犯や罪人、叛逆者達がソ連を貫く鉄道網『シベリア鉄道』を介し、運ばれてくる。そしてこのクラスノヤルスクを始め、シベリア各地に建設された強制収容所へと収監されるのだ。そこで囚人達は大人子供男女若者老人関係無く、等しい“重労働”を課せられたのである。そこに慈悲という言葉は存在しない。『ソビエト人民の敵』と定められた彼等は例え罪が無かろうとも、死ぬまで働くことを強要――いや、強制される。建前は強要だが、そこに伴う暴力は強制に他ならなかった。またなかには、効率向上のために『24時間労働』を“強要”される収容所もあったという。

 そして、その労働に課せられるのが――“ノルマ”である。ノルマの達成は、この過酷な強制収容所においても一時の自由を勝ち取るための指標であった。そして同時に、囚人達の枷でもあった。このノルマを達成させるためならば、例え囚人達が病魔に侵されていようが、身体に障害を抱えていようが構いはしない。ただノルマを達成させること――これが強制収容所の絶対的な法律だ。達成すれば、普段よりも多い量のパン、睡眠時間等を得る事が出来た。だが、そんなノルマを達成できるのはごく一握りの人間のみであり、その人間にしても過酷な現実であることに変わりは無かったのだ。

 そんな強制収容所で生計を立てるのが――クラスノヤルスクだった。スターリン体制下のクラスノヤルスクは、シベリアにおける強制収容所運営の一大中心地であり、街の主産業である鉱業・造船業でも、この労働力が存分に利用されていた。対EU戦争後は、この労働力は更なる過重労働を課せられた他、EU軍――欧州各国軍や大日本帝国軍の捕虜達も含まれていた。これら捕虜に対する扱いはロシア人のそれよりも劣悪で、ノルマ達成率は500~1000%が普通だった。そんな途方もないノルマ達成率は、結果として数多くの捕虜達の命を奪い、EUとの戦争で人的資源を多く消費したソ連にとって、生産効率を低下させる要因となった。

 「本日の労働は終了! 終了だ!」

 鐘の音が弾けるように、クラスノヤルスクの強制収容所に鳴り響く。航空機製造に必要なアルミニウムの精錬作業を続けていた囚人達は、精気を失った顔を浮かべつつ、ぞろぞろと収容所の施設内へと戻っていった。限りある睡眠時間だ。一刻も早くベッド――といっても、シーツも何も無い木の塊だが――へと戻り、睡眠を取らなければ……。囚人達はそのことを頭に浮かべながら、一心に寝床へと歩み続けた。



 4月20日0330時。黎明が迫り、徐々に白みを帯びてきたクラスノヤルスク南東上空を、猛然と疾駆する十数機の機影があった。五式陸上攻撃機『連山』――7500kmもの最大航続距離を誇り、5tもの爆弾搭載量を有し、4発重爆撃機にしては破格の運動性能を持った大日本帝国海軍の超重爆撃機。B-29に次ぎ、アブロランカスターに匹敵するその大火力の化身は、目新しい兵装を装備していた。重量1tを誇る誘導爆弾――イ号誘導弾『爆龍』である。

 ドイツ空軍の『フリッツX』や『Hs293』を基に開発されたイ号誘導弾は、人間の肉眼によって誘導爆弾を操作、着弾させるという『目視誘導方式』を採用していた。そのため、誘導弾後部にマグネシウム式のフレア、そして夜間使用にも対応すべく前部には照灯(ライト)が装備されていた。照準手はこれらの光を目印にし、専用の爆撃照準器を併用しつつ、肉眼を頼りに誘導弾をジョイスティックで操作するのだ。誘導弾の尾翼には無線機器と誘導ジャイロスコープが、安定翼には無線操縦用ソノレイド(電磁コイル)作動式スポイラーが装備されており、母機からの無線信号を受信してスポイラーを操作し、爆弾を制御している。しかしこのジャイロとスポイラーだが、技術水準の問題からか不具合が多く、整備兵をよく泣かせていた。

 だが、その命中精度は非常に優秀であった。理論上では、高度6000mから投下した場合、目標までのその誤差は60cmの範囲に抑えられていた。が、試験や実戦における命中精度のデータには多くのばらつきがあり、照準手の腕前に左右されることが多かったのである。

 とにもかくにも、イ号誘導弾は1944年11月に制式採用され、それ以降、対ソ戦に使用されていた。その爆撃目標は多種多様だが、その多くが通常の爆撃では破壊困難な目標であった。例えば、鉄橋や線路といった交通網、塹壕や地下坑道のような地下構造物、駆逐艦を始めとする水上目標である。通常爆弾であれば、破壊はおろか命中も難しい目標。しかしフリッツXを基に、イギリスや帝国海軍とも共同で開発されたイ号誘導弾は、高い貫通力を誇る徹甲弾であり、同時に精密爆撃能力を有する誘導爆弾でもあった。それらの目標でさえ、イ号誘導弾の前には敵わなかったのである。

 「うう……寒ぃ寒ぃっと……」

 特別第零海軍航空隊――通称『特零空』第一攻撃隊飛行長の野中五郎海軍少佐は、操縦桿から手を離し、掌を擦り合わせて暖を取ろうとした。朝方ということもあり、現在気温は-1度。厳しい気候で知られるシベリアにおいて、寒暖の差が激しい大陸性気候であるというのがクラスノヤルスク地方の特徴だ。冬はそれこそ気温が零下を下回り、夏は30度を下らない猛暑に見舞われる。“厳寒”という一言で一蹴されてしまいがちなシベリアにも、このように気候の差はある。中には、-70度以下という極寒の地域もあり、当然ながら人間は住むこともままならない。そんな厳しい気候に左右されながらシベリアの人々は育ち、その一部は史実において精強なドイツ軍と戦ってきたのである。彼らにとってしてみれば、東部戦線を襲った『冬将軍』など、取るに足らないものだった訳だ。

 「暖房はこれで全開か? もう少し頑張ってくれねぇと……」

 ところが亜熱帯育ちの『野中一家』にしてみれば、このクラスノヤルスクの寒さは看過出来ないものであった。最初は気合で頑張れたが、途中からは指先の感覚が無くなり、今や肌を晒した部分からは激痛が迸っている。『冬戦争』や『日ソ戦争』の戦訓から、冬季対策がなされてきた大日本帝国軍だが、やはり限界はあるのだ。彼らの着用する帝国海軍冬季用飛行服は、電熱線等によって寒さ対策がなされてはいたが、それでもシベリアの気候はそれを上回っていた。

 「当分はこのままですよ、我慢してください」

 イ号誘導弾制御装置を抱え、爆撃照準器の前に座る駒井飛行兵曹長は、白い息を吐きながら言った。駒井は、野中とは1943年の『冬戦争』以来の戦友であり、『野中一家』の若頭たる人物だった。一家の親分である野中で絶対的な忠誠を誓いつつも、時には反論もする。“馬鹿”と罵られば、“阿保”と言ってやり返す。“任侠一家”というよりは“ガキ大将とその集まり”のようだが、それでも野中一家と呼ばれる野中少佐率いる部隊の士気は高く、仲間意識もグンを抜いていた。

 「壊れてんじゃねぇのか?」

 「壊れてませんよ」

 「いいや、壊れてらぁ」

 一連の言い合いを終え、駒井は溜め息を吐いて首を振った。


 

 その朝、クラスノヤルスクに点在する強制収容所の1つで、ミハイル・I・カリーニンは寝床に着きながら、ここ1週間の出来事を思い出していた。1930年代のソ連指導者ヨシフ・スターリンが行った『大粛清』を恐れ、政治の表舞台から降りた筈の彼が、この収容所に放り込まれたのはちょうど6日前。東西からEU軍・米軍の侵攻を受け、側近中の側近であったソ連No.2、内務人民委員部(NKVD)長官のラヴレンチー・P・ベリヤの国家転覆計画が露呈し、逮捕されてからスターリンは完全におかしくなっていた。止め処無い被害妄想に襲われるようになったのだ。それまでも、スターリンは用心過ぎる程の臆病さを持ってはいたが、今回のそれはものの比ではない。スターリンはそれまでよりもより頑丈な扉と壁で守られた個室に籠りっきりとなり、軍事会議にも参加しなくなった。また1日3食の食事も満足に口に付けることは無く、10人以上の人間に毒見させた上で、スプーン一掬いにスープを飲み、パンは一齧りに留めた。

 そしてそんなとばっちりを『粛清』という形で受けたのが、カリーニンだった。かつてウラジミール・レーニン率いるボリシェヴィキの初期メンバーの1人として、ヨシフ・スターリンやレフ・トロツキーと活動を共にしてきた彼だが、政治家を引退した今となっては、一介の老人に過ぎない。だがスターリンにしてみれば、ソ連成立初期から“名誉職”とはいえ、ソ連国家元首の地位に就き、人民からの支持の厚いカリーニンは、恐怖の対象でしかなかった。そしてカリーニンは――『1945年ソ連大粛清』の主要人物の一人に選ばれ、今に至るという訳であった。

 カリーニンにしてみれば、それはもっとも恐れていたことだった。そもそも自分は1930年代にスターリンによって引き起こされた『大粛清』に怯え、政治の表舞台から去ったのだ。その後、スターリンの注目を浴びないよう、人目を離れていた。だが、その結果がこれである。

 「1917年。あの時から私は間違っていた……」

 ふと、特別政治犯用の個人牢獄の中で、カリーニンは呟いた。かつて、同志レーニンが掲げる偉大なる思想の下、ブルジョワジー打倒とプロレタリア独裁を行ってきた。そこまでは良かった。だが、スターリンのような男が、権力闘争の末にソ連の実権を掌握してしまったことは、今は亡きレーニンにとって最大の後悔に違いないだろう。『階級闘争激化論』というテーゼの名の下に行われた1930年代の大粛清。あれによって自分は革命から手を引いた――いや、引かざるを得なくなったのだ。

 カリーニンは頷き――。

 「全ては……私が終わらせる」

 そう言い、枕下から1挺のナガンM1895回転式拳銃を取り出した。手筈は整っている。後は“その時”を待つだけであった。


 凍てついた暗闇にぽつんと灯った人工の光を目印に、五式陸上攻撃機『連山』は空を翔けていた。轟音を響かせながら迫るそれに、収容所の人間が気付くのはそう時間は掛からなかった。ここからは時間の勝負である。収容所の看守達が武器庫に駆け込むまでに目標地点を爆撃、収容所の囚人解放を手助けしなければならない。それに繊細な構造を持つイ号誘導弾が、この厳寒なクラスノヤルスクで力を発揮できるかも未知数だった。誤差60cmとはいえ、それはあくまで理論上の話。実戦ともなれば状況は変わってくる。誤差を狭めなければ、目標を精密爆撃することなど出来ない。仮に誤差が広ければ、囚人側にも予想以上の被害が出ることだろう。それは避けたかった。流石に、囚人側に犠牲を1人も出させない訳にはいかないが、犠牲が大き過ぎる訳にもいかない。それが難しい所だった。

 「よく聞け。本作戦では、イ号誘導弾の目標に対する着弾誤差範囲は50m以内に定められている。これ以上に誤差が広がれば、作戦の成功率も低くなり、俺達も無事には帰れない」

 軽い鞭打ちになった首を擦りつつ、野中少佐は言った。その傍では、ハ-42空冷星型18気筒エンジンの重々しい駆動音が響いていた。機内後部には、爆弾倉区間が垣間見え、計2発のイ号誘導弾『爆龍』が搭載されていた。その他は通常の250kg爆弾や焼夷弾である。コクピットの風防には、静寂と暗闇に包まれたクラスノヤルスクの街。機影は見当たらない。野中機を先頭に、五式陸攻は編隊飛行を続けていたからである。それぞれの機体にはイ号誘導弾が積まれていたが、中には弾薬・食糧を詰めた投下用コンテナを搭載している機体もあった。それは『屠号作戦』のための重要な“積荷”だ。

 「爆撃目標を再度確認する」野中はそう言い、1枚の航空写真を示した。そこには、赤い点が1つ描かれていた。「これが目標であるクラスノヤルスク強制収容所。俺達は第13飛行路を高度500m以下で低空飛行する。目標地点に差し掛かったら、イ号誘導弾による精密爆撃の開始だ」



 ソ連防空軍の高射砲部隊が目を覚ましたらしい。五式陸攻の機体下部で震動が迸り、黒いものが飛び散った。対空砲火の弾幕だ。衝撃を受けた機体は自然と傾き、じわりと動いて蒼穹を横滑りする。野中率いる第一攻撃隊は、追撃する3機のYak-1戦闘機に一斉射の牽制射撃の引鉄を引いた後、それぞれの目標――クラスノヤルスク各所に点在するソ連強制収容所に向かって駆け出した。

 対空砲火がその後を追って空を走る。刹那、1機の五式陸攻が弾かれたようにぐらつき、左翼から黒煙を吐き出し始めた。どうやら運悪く被弾したらしい。野中はその機影を横目に見つつも、その機体を助けようとはしなかった。第一攻撃隊の隊員は全て、その点を理解している。だからこそ第一攻撃隊に志願し、この部隊の隊員となったのだ。

 「ぐッ……ここが正念場だぞぉぉぉッ!!」

 野中は硬くなった操縦桿を握り締め、眼下に広がる強制収容所を見据えた。脈動が高まり、身体が火照ってきた。ハ-42空冷星型18気筒エンジンの重厚な咆哮、吹き荒れる気流、眼前に迸る対空砲火の火花。その全てが興奮と恐怖に変換され、彼に襲い掛かる。が、そんなものは彼にとって、蚊に刺されたような些細なことである。何しろ、普段から体感しているのだから。

 「よし、目標を視認。“彼女”を起こせ!」

 強制収容所の一角。収監棟の輪郭を確認した野中は、“彼女”――イ号誘導弾の起動を命じた。精密機器の塊であり、重量1tの爆薬の塊でもあるイ号誘導弾は鈍い作動音を響かせた。爆撃照準手の駒井飛行兵曹長は制御装置を抱え、親指を突き立ててゴーサインを出した。

 「射ぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」

 刹那、機体ががくんと揺れた。と、同時に爆弾倉の扉が開閉し、解き放たれたイ号誘導弾は風切り音を轟かせ、目標目掛けて一直線に降下する。フレアと照灯が漆黒の大空に煌めき、それを目印に駒井が肉眼でイ号誘導弾の尻を追う。駒井は制御装置のジョイスティックを慎重に操る。すると、尾翼と安定翼が無線信号を受信、小気味良く動き始めた。次第にイ号誘導弾の降下姿勢が安定し始めた。

 「1、2、3……だんちゃーく、今!!」

 闇の彼方に一点灯った明りを見つめて、駒井は言った。数万㎡に連なる収監棟の一角、爆撃目標地点。管理棟と接合しており、武器庫もあったそこは、今や闇の中に浮かび上がるか細い明りとして、煌々と輝きを放っていた。それは数百tにも及ぶ火薬が爆裂した業火。200名以上の看守囚人が死して灯した魂の火。そして鮮やかに燃え盛るそれは――革命の炎。

 砕けた鉄格子が、鉄扉が、外壁が、その刹那の瞬間、脆くも崩れ去った。スターリン体制確立から21年。数多くの囚人達を閉じ込めてきた筈のその障壁は――遂に崩壊したのだ。次の瞬間、それまで虐げられてきた人々は、歓喜の叫びを迸らせた。全ての縛りは断ち切られた。その事実にタガが外れたのか、囚人達は暴れた。ある者は看守の兵士を殴り殺し、ある者は家族と寄り添って数年振りの再会の一時を味わい、またある者は女を攫い、強姦した。酒と薬、銃、食糧、女、子供、この強制収容所には、欲望を満たす全てが詰まっていた。しかし体制下においては、囚人達はその欲望を満たすことは許されない。機械的に働き、機械的に返答し、機械的に納得する。全ては偉大なる指導者――“同志スターリン”と祖国への絶対的忠誠心の表れとして、その身を捧げるために……。

 だが当然ながら、そんなことを囚人達は自ら望む筈も無かった。彼らの多くは、スターリンの邪知暴虐が為、強制的に陥れられた人々である。農民、軍人、盗賊、政治家、敵国兵士……。生まれも主義主張も、趣味も労働階級も異なる彼等だが唯一、共通する点もあった。

 「――スターリンに死を! スターリンに死をッッ!!」

 それは独裁者とその独裁政権の打倒――いや、“復讐”と言った方が良いのかもしれない。自らに生き地獄を与え、数年間、人によっては数十年間を無駄に消費させたことに対する復讐。それは至極当然の流れであり、収容所の看守達が憤りの矛先として皆殺しにされた状況では、誰も咎める者は居なかった。怒れる群衆は松明を掲げ、銃や鍬を手に取り、一歩一歩“自由”を踏み締める。例えその目の前に銃を構えた兵士達の姿が現れたとしても、群衆が歩みを止めることは無かった。

 いまや、“街自体”がそうなのだから……。

 

 

 1945年4月20日

 ソビエト社会主義共和国連邦/オムスク州 


 州都オムスクはレーニン通りに位置する『オムスク・ドラマ劇場』の建物前には、数万を超える人々の姿があった。しかし、彼らのお目当ては愛国心をそそる三文芝居ではない。その劇場の2階、屋外バルコニーに立つ1人の男。その男の“言葉”を聞き逃さんが為、人々は集まったのだ。そしてその男とは、かつてヨシフ・スターリンやウラジミール・レーニンとともに『ロシア革命』を戦い、外交や軍事を一手に担い、『ロシア内戦』でボリシェヴィキを勝利に導いた功労者――レフ・D・トロツキーだった。

 拳を力強く振り上げ、聴衆を歓喜の渦を巻き起こさせる煽り方は、流石は政治家といった所。その後、トロツキーは1本のマイクを硬く握り締め、劇場前のレーニン通りを埋め尽くさんばかりの聴衆を見下ろした。十数年前、味わっていた感覚。それをトロツキーは思い出した。心臓が早鐘を打ちつつも、興奮がそれを上回り、気が付けば聴衆の前で弁を振るっている。暗殺者に狙撃された所で構わない、民衆に向けた演説はそんな気分にさせる。まるで“麻薬”のようだった。民衆の歓喜に満ちた声は、春の訪れを告げる小鳥の囀りよりも晴れやかで、割れんばかりの拍手は、清流のせせらぎよりも清々しい。トロツキーはそんな懐かしい感覚を思い出しつつ、聴衆の前へと足を踏み出した。

 「同志諸君。私は帰ってきた!!」

 トロツキーは叫んだ。

 「独裁者スターリンによる体制が始まってから早二十数年。諸君らは見てきた筈だ――ブルジョワによる搾取、横暴とも言える所業を。その結果、富を独占したブルジョワの腹は満たされていく。だが対して、同志諸君はどうだ? 痩せ衰え、老い、その先に待つのは死のみ。これは自然か? 否、不自然だ。全ては独裁者スターリンとその取り巻きのブルジョワ共の蛮行の結果なのだ!」

 徐々にトロツキーの言葉は熱を帯び始めた。

 「この過ちは正さねばならん、今すぐにだ。それにはまず、今なおも続けられているこの無意味な戦争に終止符を打つことが寛容である。その上でプロレタリア革命を巻き起こし、ブルジョワ共が独占してきた富を平等に分配する。これは、祖国救済のための『最優先問題』である!」


 そしてトロツキーは、静かに口を開いた。




 「私はここに――『シベリア社会主義共和国』の建国を宣言する」

 

 

 

 

 

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