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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
断章 策謀の大和~1945年
114/182

断章 敵の敵は味方(後)

 断章『敵の敵は味方(後)』



 1945年2月7日

 アメリカ合衆国/アリューシャン列島


 米海軍第59駆逐隊の任務は、アラスカ準州からアリューシャン列島へと補給物資を運搬する輸送船団の護衛であった。月1の定例任務だったが、冬季の“スリリング”なアリューシャン列島近海を航行するということで、味気ない食事と模擬演習ばかりに嫌気が差していた米海軍の士官や下士官達には人気のある任務だった。しかし、軍艦を預かる身の佐官達からしてみれば、これほど面倒なことは他に無かった。彼らとしては、ジャップとイワンの戦争ゴッコを対岸から眺めている方が良かったのである。

 そして、この第59駆逐隊司令官であるアーレイ・A・バーク中佐もまた例に漏れず、この任務に嫌気が差していた。この上無く荒れた北太平洋の海原は、はっきり言って“地獄”である。荒波が駆逐艦の甲板や艦橋に襲い掛かり、船体を錆び付かせる。そして、冬用の軍服は何の意味も成さないほどの厳寒。マストで見張りなどをした日には、全身が凍り付いて動けなくなるだろう。彼はそんなことを考えつつ、首元に提げた双眼鏡を手に北太平洋の海原を見張った。

 ――問題ない。まあ、中立国なら当然のことだが。

 「……針路そのまま」

 「針路そのまま、ヨーソロー」

 淡々と指示を出すアーレイ・バーク中佐。それを聞き、復唱する操舵手。アーレイ・バーク中佐の、この上無く平凡な日々がこのまま過ぎようとしていたその時だった――。

 「ソナー! 感ありッッッ!!」

 「何だとッ!?」

 思わずバークは叫んだ。第59駆逐隊旗艦『ウィリアム・D・ポーター』の艦橋内に響き渡るのは、乗員達のどよめきだった。ソナー室からは「ピンッ!」という、よく響く音が聞こえてきた。敵潜水艦にぶつかった超音波が撥ね返り、響かせた反響音だ。

 「距離は!?」バークは大声で訊いた。

 「目標との距離、1500ヤード!!」

 「1500ヤード……だと!」

 約1.3km先に敵潜水艦が潜んでいる――と考えると、バークの顔は青くなった。これまで彼は基礎的な模擬訓練や模擬演習しかしていない。と、その経験不足が熟練とはいえない駆逐隊司令官バークを大きく揺さぶった。もし相手がこちらの存在に気付いているとしても、この距離から接近し、隷下にある4隻の駆逐艦で潜水艦の周りを囲み、爆雷攻撃で袋叩きにすることも出来た。だがフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、中立国として一切の戦闘行為を禁じていた。無論、『米墨戦争』といった例外もある。しかし、敵潜に攻撃を仕掛けるとあらば、それは『宣戦布告』に等しい。そこまてせ発展せずとも、軍法会議は避けられないだろう。先ずはアラスカ管区司令部から攻撃許可を取らなくてはならなかった。

 「通信手、アラスカ管区司令部に繋げ」

 バークは怒鳴った。

 「……アイ、サー!」

 一瞬の驚愕が過ぎ、不意に司令官に怒鳴られた通信手のドナルドソン曹長は返答を返した。彼は使い込まれた無線機を慣れた手つきで扱い、アンカレッジに居を構えるアラスカ管区総司令部とのコンタクトを図った。ところが、無線機が吐き出すのは無機質な雑音のみだった。

 「サー! 司令部と連絡がつきませんッ!!」

 「何だとッ!?」

 バークの悲鳴にも似た声は、艦橋中に響き渡っていた。誰もが愕然とし、目を見開いて動揺を隠せない様子だった。司令官の迅速且つ適確な指示も、増長する戦闘への恐怖から彼らの脳に上手く入っていかず、艦隊指揮にも影響が出始めた。

 「全艦、第1種戦闘配置!」バークは叫んだ。「操舵手、最大戦速」

 「最大戦速、ヨーソロー!」

 フレッチャー級駆逐艦『ウィリアム・D・ポーター』を先頭に、隷下の駆逐艦部隊は速力を増し、ソ連の潜水艦へと迫っていく。流石は『31ノット・バーク』の異名を史実に持つバークなだけに、駆逐艦部隊は北太平洋の荒波をもろともせず、軽快な走りを見せていた。

 「敵潜の様子は?」

 バークは訊いた。

 「動きがありません。こちらの存在に気付いたのかもしれません」

 ソ連とEUは現在、戦争状態にある。しかしこの海域は大きく逸脱しているのは確かだった。それを考慮し、都合良く解釈したのであれば、ソ連海軍若しくは帝国海軍の潜水艦が何らかの理由でこのアリューシャン方面へと迷い込み、こちらをソ連海軍若しくは大日本帝国海軍の艦艇だと見誤った――という線が怪しい。敵潜がこちらに攻撃を仕掛けてこないのも、途中でこちらを米海軍だと認識したからかもしれない。だとすれば、バークとしてもこのまま手を出さず、何事も無くこの時間が終わってくれることが1番だった。

 「ユ……USS『ルーベン・ジェームズ』被雷ッ!!」

 「馬鹿なッッ!?」

 刹那、荒波高しアリューシャンの水平線上に、一筋の小さな水柱が迸った。そこには、左舷部に魚雷1本を被雷させ、左に傾斜する艦影――クレムソン級駆逐艦『ルーベン・ジェームズ』の艦影が茫と浮かび上がっていた。第59駆逐隊に所属する同艦は、皮肉にも史実の第二次世界大戦において、最初に沈められた米海軍の艦艇だった。1920年に就役したその老艦は、歪曲した左舷部をアリューシャン列島に向け、あられも無く晒し続けていた。艦内では機関部を中心に大規模な火災が発生しており、甲板上にもその火災は漏れ出ていた。そしてその漏れ光は、暗澹たるアリューシャンの海を沸き立たせた。

 「くそッ! 全艦、対潜戦闘用意ッ!」

 後方より追随する輸送艦と少数の駆逐艦を残し、第59駆逐隊は反撃に打って出た。3隻の駆逐艦――旗艦『ウィリアム・D・ポーター』、シムス級駆逐艦『ラッセル』、グリーブス級駆逐艦『ブリストル』が躍り出るや否や、敵潜の潜む海域へと猛進する。大きく弧を描いた駆逐艦部隊は、速力31ノットを叩き出し、敵潜の攻撃を避けつつ、その逃げ道を塞ぐ。

 「敵潜との距離、100ヤード」

 「爆雷投射ッ!!」

 バークが声を張り上げると同時に、3隻の駆逐艦が両舷に配備していたK型爆雷投射機――通称『K砲』が吼え、計10発のMk.6爆雷と計8発のMk.8爆雷が海中に解き放たれた。ドラム缶型爆雷であるMk.6爆雷は、水中弾道性は悪いが、炸薬量が多いため、非常に使い勝手の良い爆雷だった。その一方、涙滴型爆雷であるMk.8爆雷は1942年に採用されたばかりの爆雷で、姿勢安定翼を取り付けたことにより、従来のドラム缶型爆雷よりも高い水中弾道性を得るに至った。しかしその一方で炸薬量が少なく、危害半径も少ないので、Mk.6爆雷と併用されることが多かった。

 海中に潜む1隻の潜水艦と、それを取り囲み、攻め立てる3隻の駆逐艦。勝敗は決したも同然だった。計18発の爆雷は海中で怒涛の爆発を迸らせ、ソ連の潜水艦に突き刺さった。鋼鉄の紅い鮫は絶叫し、重油という名の漆黒の血をしたたかに流した。流石は帝国海軍と戦ってきただけのことはあった。

 しかし、バークの指揮する3隻の駆逐艦は攻撃の手を緩めなかった。続いて艦尾の投下条が爆雷を投射し、ソ連の潜水艦を痛め付けた。この止めの攻撃は、見事に紅い鮫の息の根を止めた。

 「ソナー、反応は?」

 「……ありません、サー。敵潜沈黙」

 「そうか……」

 敵潜を仕留めたバークだが、その顔は浮かなかった。無理もない。彼の眼前には、業火を滾らせ、沈没せんとする駆逐艦『ルーベン・ジェームズ』の姿があったからだ。1920年就役のこの駆逐艦は、当然ながら老齢艦である。更に敵潜の放った魚雷の当たり所が悪かったのも要因だった。もはや『ルーベン・ジェームズ』の沈みゆく運命は変えられず、彼女自身が抗うことを諦め、ゆっくりと沈もうとしていた。

 「乗員救助が最優先だ。輸送船団にも協力を要請しておけ」

 そう命令を下した後、バークは座席に腰を下ろし、どっと襲う疲労に思わず目頭を抑えた。突然の敵潜水艦の攻撃、被雷して沈みゆく駆逐艦『ルーベン・ジェームズ』、迫り来る低気圧……。全てがバークの背中に重圧として伸し掛かり、その精神を著しく弱らせた。

 「それにしても、相手は誰だ? イワンか、それともジャップか……。くそッ、どちらにしても、今日は俺の人生最悪の一日だぜ……」

 バークは静かに呟き、燃え盛る1隻の駆逐艦の艦影を呆然と眺めた。



 1945年2月16日

 アメリカ合衆国/ワシントンD.C.


 米大統領フランクリン・D・ルーズベルトとソ連No.2ラヴベンチー・P・ベリヤの間で『アラスカ密約』が結ばれてから約1ヶ月。1945年2月7日、その密約に則って引き起こされたのが――『ルーベン・ジェームズ号事件』だった。米海軍の駆逐艦『ルーベン・ジェームズ』に対し、ソ連海軍の潜水艦が攻撃を仕掛けた、という一連の事件は、米国内に波乱をもたらした。『孤立主義』をとっていた米国民の多くが、この奇襲攻撃を“卑怯”――だとして非難し始めたのだ。そして普段はルーズベルト大統領をこき下ろす反共主義者達もまた、このソ連による攻撃を非難し、“明確”な意志を伝える必要があるだろうとして、ルーズベルトの『報復論』を支持したのである。

 かくして“反共主義”の下に一致団結する国内世論。高まりつつある反共世論。そして、それらを見計らったルーズベルトは、遂に1945年2月14日、ルーズベルトは米国連邦議会に『対ソ宣戦布告』を訴えたのである。上下院による採択の後、『対ソ宣戦布告』は――承認された。

 

 1日空けて、1945年2月16日。白亜の合衆国大統領官邸『ホワイトハウス』には、フランクリン・D・ルーズベルト第32代大統領の緊急招集の下、政府要人の多くが参上していた。形式的な態度を崩さない財務省官僚や、戦争用食糧の最大備蓄量を報告する農務省役人、戦争捕虜の取り扱いについて議論する司法省の面々。対ソ戦争の準備に忙しいルーズベルトは、淡々と執務をこなした。

 「大統領閣下」

 そんな中、そんなルーズベルトを訪問したのが、ハリー・D・ホワイト財務次官補だった。史実、ソ連のスパイと噂される彼は、『ハル・ノート』と呼ばれる対日交渉文書――事実上の最後通牒――の原案である『ホワイト試案』の作成者だった。“日本軍の南部仏印撤退”を条件とする『暫定協定案』に代わって日本側に手渡されたその案は、近代国家日本を破綻させるに難くないものだった。

 その案の作成者たるホワイトは、今物語においては正真正銘のソ連のスパイだった。だが現在、その忠誠心はスターリンにも、コミンテルンにも向けられてはいなかった。ソ連No.2にして、次期指導者に堅い男――ラヴレンチー・P・ベリヤに向けられていたのだ。

 「ホワイト財務次官補」

 ルーズベルトは眼鏡をクイと押し上げ、手に持っていた書類をデスクに置いた。彼の隣には、大統領行政補佐官のロークリン・カリーとグレゴリー・シルバーマスターの姿があった。カリーやシルバーマスターもまた、ソ連諜報機関やホワイトと繋がりを持つ人物であった。このように当時、ルーズベルト政権下の米国政府内には、数多くのソ連協力者達が隠れ潜んでいた。

 「ミスター・ベリヤは健在かね?」

 ルーズベルトは皮肉っぽく、不敵な笑みを漏らした。

 「ええ、“同志”スターリン」

 「おいおい、よしてくれないかね?」

 ホワイトの反撃にルーズベルトはたじろいた。彼は共産主義者という訳ではない。ある物事においては、時には社会主義的な考えが役に立つこともある――ただ、それだけだった。だから、“同志”などと呼ばれることに不快感を抱かずにはいられなかった。スターリンもベリヤもソ連も、詰まる所は“カモ”に過ぎなかったのだ。だから『アラスカ密約』についても、共産主義への信奉心からではなく、チュクチ民族管区やその他権益の獲得――という旨味のためにやっているだけのことだった。

 「同志ベリヤはいたく喜んでおります」ホワイトは言った。「EUとの講和が実現した暁には、貴方に『ソ連邦英雄』を授与したいと仰っておりました」

 「そうか……」

 ルーズベルトは無表情でそう呟いた。

 「称号の件は置いておくとして」ルーズベルトは言った。「対ソ宣戦布告が成立した今、米軍は既にアラスカにその兵力を集結させつつある」

 「同志ベリヤも喜ぶでしょう――」

 「そこが問題なのだよ」ルーズベルトはホワイトの言葉を遮った。「“同志”ベリヤがきちんと約束を守ってくれるか……という明確な答えを私は欲している」

 戦争はタダではない――むしろ、莫大な金を注ぎ込んで行われる愚かな行為である。その見返りこそが“領土”や“賠償金”であるが、果たしてベリヤは本当に次期ソ連指導者の地位を獲得出来るか……ルーズベルトとしては不安だった。多くの歴史から見ても、革命が成功する試しは少なかった。我が国は大躍進を遂げたが、フランスやイギリスは堕落の日々を送っている。ソ連も同様だ――いやむしろ、虫の息となってしまっている。スターリンへの反感が高まっているとはいえ、粛清による軍の統率は見事の2文字である。極東は影響圏から離れているから、投降や反乱が続いてはいるが、欧州方面では未だ、ソ連軍の統率は執れていて、軍が空中分解するという兆しは皆無に思えた。

 「人民はブルジョワであるスターリンを酷く憎んでおります」

 シルバーマスター大統領行政補佐官は言った。「同志ベリヤによる“革命”は、必ずや成功裏に終わり、EU帝国主義に対する最後の防波堤として、ソビエトは存続を保たれることでしょう」

 EU内において、第一次世界大戦後の『ヴァイマール共和国』に倣った民主政の連邦共和制国家――『ロシア連邦共和国』構想があることは、米国政府内でも密かに囁かれている。発案者はドイツで、英仏といった主要加盟国はこの案に賛同しているという。万一にもこの案が実行に移されたならば、ソ連は消滅し、共産主義の本家が居なくなることになる。そうなれば、世界各国で密かに活動している共産主義者達も自然と淘汰されることになるだろう。

 「なら、いいがな」

 ルーズベルトは鼻を鳴らして言った。彼としては、ソ連にはこのまま生き残ってもらい、EUとアメリカ間の緩衝地帯として時間稼ぎをしてくれることを望んでいた。

 「私も、EUにされるがまま、というのは許せんからな」

 「EUは膨張し過ぎた帝国主義の塊――いわば怪物です」

 ホワイトは人差し指をピンと立て、言った。「奴らの帝国主義的侵略行為は留まることを知らないでしょう……。今は友好的立場にある日本も、いずれはEUの傀儡国家と成り下がり、中国もまた蹂躙され、アジアは完全にEUの手中に堕ちることになるでしょう。そしてその魔手はいずれ、ここにも……」

 ルーズベルトは頷いた。英仏がどうかは知らないが、ヒトラー率いるドイツ第3帝国の侵略行為は留まることを知らないだろう。子飼いの日本も、いずれはヒトラーの下僕となる。そして我がアメリカ合衆国に対しても、その脅威は拭い切れない。いつドイツ軍が東海岸に上陸し、原子爆弾を搭載した爆撃機がワシントンDCの空に現れるかも分からない。ヒトラーの脳内は、子供じみた幼稚な思想と、世界の覇者たる男の想像を凌駕する野望をシェイクしたようなものである。多くの分析官がサジを投げ、明確な心理プロファイリングを成し得た人間は一握りであった。それにしても、比較材料が無いので確かめることは出来ないのが現状なのだが……。



 「私はな、ホワイト君。ただ単に、君達が思うように祖国を救いたいだけなのだよ」ルーズベルトは言った。「そのためならば、たとえイギリスやフランスを相手にしても構わん。野蛮な黄色猿や、小心者のイタリア人、そして頭の狂ったドイツ人共を葬り去れるのならば、な」

 

 


 

 

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