後輩が異世界に帰るというので…
「俺、今月いっぱいで辞めるんですよ」
金曜日の午後十時四十七分。
ようやく会社を出たところで、瀬尾くんが言った。
私は鞄の中のスマートフォンを探す手を止めた。
「……初耳なんだけど」
「今日、正式に決まったので」
「転職?」
「帰郷です」
何か言わなければと思った。
けれど最初に浮かんだのは、駅前の定食屋だった。
いつも彼が座る、壁側の席。
来月からあそこへ一人で座る自分を想像して、急に空腹がわからなくなった。
「……引き継ぎ、大変だね」
「そこですか」
「大事でしょ」
彼は困ったように笑った。
二十七歳。入社二年目。
仕事が早く、愛想がよく、上司にも妙に物怖じしない。私が五分悩んで送るメールを、彼は三十秒で送る。しかも角が立たない。ずるいと思っていた。
「実家、遠いんだっけ」
「かなり」
「海外?」
「世界が違います」
私は彼を見た。
「そういう冗談、今日ちょっと処理できない」
「じゃあ、結論から言いますね」
彼はいつもの調子で続けた。
「先輩も、一緒に来ません?」
「実家に?」
「俺のいた世界に」
近くの居酒屋から、笑い声がこぼれてきた。
私はため息をついた。
「とりあえず、ご飯食べよう。お腹すいてると、変なこと考えるから」
「俺は真剣なんですけど」
「わかった。餃子つけていいから」
辞めるという話まで冗談だったらいいのにと、思ってしまった。
####
残業帰りに二人で食事をすることが、この一年でずいぶん増えた。
最初は偶然だった。
二度目は彼に誘われた。
三度目からは、どちらが誘ったのか覚えていない。
ただ、いつからか、遅くなると彼の席を確かめるようになっていた。
まだいる。
そう思うと、少しだけ気が軽くなった。
「先輩、今日、昼食べてないですよね」
席に着くなり指摘された。
「食べたよ」
「何を」
「チョコ」
「それは休憩室の共有物です」
「あと、クッキー」
「種類の問題じゃないです」
私は笑って、メニューを開いた。
ここ数週間は特に忙しかった。
買った本は袋に入ったままだし、友人への返信も遅れがちだ。休みの日に片づけようと思っていたことを、次の休みへ送っている。
帰ってから夕食を作る余力はなくても、彼に誘われると寄り道をする気になれた。
「鯖にする?」
「俺、生姜焼きにします」
料理が来ると、生姜焼きが二枚、小皿に移された。
「一枚でいい」
「じゃあ、一枚返してください。代わりに鯖も」
私は一枚戻し、鯖の骨のないところを選んで分けた。
彼はそれを見て、少し笑った。
「何?」
「いえ。いただきます」
彼と食べていると、今日あったことが次々に浮かんだ。
おかしな依頼に首をかしげたり、うまくいった仕事を少し大げさに褒め合ったりする。彼が笑うと、もう一つ何か話したくなった。
会社では、その笑い声が聞こえても、簡単には振り向かないようにしていた。
自分から誘うのも、二回続かないようにしていた。
五歳年下の後輩との食事に、私だけが意味を持たせていたら恥ずかしい。
「退職、考え直せないの」
鯖の皮を箸でつつきながら聞いた。
「寂しいですか」
顔を上げられなかった。
「……一人だと、魚と肉、両方食べられないから」
「それは困りますね」
彼の声が少し柔らかくなった。
窓へ目を逃がして、私は違和感に気づいた。
ガラスに映る彼の肩越しに、壁の木目が透けている。
「……窓、変じゃない?」
彼は窓を見て、それから自分の肩を見た。
「最近、映りが悪いんですよね」
「何が?」
「俺が」
向かいにいる本人は、いつもどおりだった。
「瀬尾くん」
「はい」
「さっきの話、もう一回して」
彼は箸を置いた。
####
瀬尾くんは別の世界から来た。
帰るための道は残してあるけれど、使えるのは一度だけ。
そして、この世界で生まれていない彼は、ここに長く居続けることができないという。
「最初は、センサーが反応しなくなりました。自動ドアとか」
「うちの会社の?」
「先輩が後ろから来て、開けてくれたことあったでしょう」
覚えていた。
両手に資料を抱えた彼に、私は「顔認証に嫌われた?」と笑った。
「このままいたら?」
「消えます」
私は箸を落とした。
彼が店員を呼び、新しい箸を頼む。その落ち着いた声が、ひどく腹立たしかった。
「死ぬってこと?」
「たぶん。それに近いことだと思います」
「そんな状態になるまで、いたの?」
「いつまでいられるか、正確にはわからなかったんです。最近、こういうことが増えてきて」
彼は湯呑みを置き、その上に指をかざした。
湯気がほどけ、小さな鳥の形になる。
鳥は羽ばたいて、私の指先に止まった。ほのかに温かかった。
息を呑んだ途端、それはただの湯気に戻った。
「……帰れるんだよね」
「はい」
「一人でも?」
「もちろん」
私は大きく息を吐いた。
「じゃあ、帰って。消える前に」
「そのつもりです」
彼はうなずいた。
「その前に、一緒に来ないかなと思って」
「なんで私なの」
彼はしばらく黙っていた。
新しい箸が運ばれてきて、隣の客が会計に立った。
「先輩に、会いたくて来たので」
####
私は、前にも一度、生きていたらしい。
彼のいた世界で。
別の名前で。
彼と恋をして、それから死んだ。
聞いても、何も思い出さなかった。
「生き返らせたかったんです。でも、身体はもう戻せなかった。できたのは、魂を、別の世界で生まれる命につなぐことだけでした」
「それが、私?」
「はい」
「赤ん坊から?」
「そこは、選べなくて」
だから私には、彼と過ごした記憶がない。
生まれたときから、ずっとない。
「こちらへ来る方法が見つかったとき、向こうでは四年でした。会えても、小さな子どもだろうと思ってたんです」
「来てみたら三十二歳」
「はい」
「悪かったね」
「いえ」
彼が顔を上げた。
「ちゃんと、大人になってたので」
そう言ったときの顔を、私は知らなかった。
「一目、会えたらよかったんです。生きてるってわかれば、それで」
彼は自分の手に視線を落とした。
「あなたが望んだかもわからないのに、俺が、もう一度会いたかったんです」
謝られたのだと、少し遅れてわかった。
私にも、自分の手が目に入った。
母に爪を切ってもらったことも、父と手をつないだことも覚えている。
彼の知らない三十二年が、私にはある。
「……望んでたかどうかは、私にもわからないよ」
彼はうなずいた。
「でも、今まで生きてきたことまで、悪かったみたいに言わないで」
彼が顔を上げた。
何か言おうとして、それから、もう一度うなずいた。
その表情を見ているうちに、胸の奥が痛くなった。
ここまで会いたいと思われる人が、羨ましかった。
「……どんな人だったの」
聞かなければよかった。
彼の目元が、少し和らいだからだ。
「よく笑う人でした。怒ると、すぐ顔に出て。困ってる人を見つけると、放っておけなくて」
「素敵な人だったんだね」
「はい」
私は冷めたお茶を飲んだ。
今の私は、自分のことで精いっぱいだ。
頼まれた仕事を断れないのも、優しいからばかりではない。嫌な顔をされるのが怖いし、説明する方が面倒な日もある。
あの人を取り戻したかったのなら、がっかりしただろうか。
帰りの電車で、疲れた自分の顔を窓に見ながら、そんなことを考えていた。
####
月曜日、出社すると、瀬尾くんは会議室で引き継ぎをしていた。
ガラス越しに目が合う。
軽く片手を上げられただけで嬉しくなって、そんな自分に腹が立った。
昼過ぎ、机にお茶が置かれた。
「今日、顔色悪いですね」
「寝不足」
「金曜日の話で?」
「……まあ」
彼は黙った。
その沈黙まで、昔の誰かを思っているように感じられた。
「別に、気を遣わなくていいよ」
「気は遣いますよ」
「私、覚えてないんだから」
思ったより硬い声が出た。
「昔の私にしてあげたかったこととか、そういうの、今の私にしなくても」
彼が動きを止めた。
顔が熱くなった。
「ごめん。今の、忘れて」
「先輩」
「午後、会議あるから」
資料を持って席を立った。
誰もいない会議室に入り、椅子に座る。
持ってきた資料の文字が、少しも頭に入らなかった。
気遣われるのも、それをやめられるのも嫌だった。
彼が誰を好きなのか、ずっと気にしていた。
他の人と笑っていれば、その話を知りたかった。
一緒に帰る理由を探して、二人の夕食を楽しみにしていた。
そこまで考えて、ようやく認めた。
私は瀬尾くんが好きだった。
異世界の話を聞くよりも、ずっと前から。
その日は、自分から食事に誘った。
いつもの店で、今日は二人とも肉料理を頼んだ。
交換するものがないことが、妙に気になった。
「昼間、ごめん。八つ当たりした」
「俺も、ちゃんと話せてなかったので」
私はグラスに触れた。
「私が、何も思い出さなかったら?」
「それでも、一緒にいてほしいです」
「昔の人と、全然違ってても?」
「違いますよ、結構」
顔を上げた。
「……そこは、もう少し言い方ない?」
「すみません」
彼が小さく笑った。
私も少しだけ笑えて、怖かったことを聞いた。
「がっかりした?」
彼はすぐに首を振らなかった。
「寂しくなったことは、あります。一緒に覚えてるつもりで話しかけて、そうじゃないって気づいたり」
「……うん」
「でも、知らないことも増えました」
彼が私を見た。
「甘いものは好きなのに、パンはしょっぱい方を選ぶとか。笑っちゃいけないとき、下向いてごまかすとか」
私はグラスから手を離した。
「俺に鯖を分けるとき、毎回、骨を取ってくれるとか」
「……刺さったら嫌でしょ」
「はい。嬉しいです」
そんなことまで、見ていたのかと思った。
「先輩とご飯を食べたいとき、昔のことは考えてないです。今日の話の続きを聞きたいとか、あの店なら好きそうだなとか」
彼は少し視線を落とした。
「帰ってからも話したいことが、増えました」
嬉しくて、うまく返事ができなかった。
「家では、結構だらしないよ」
「俺もです」
「休日、一日寝てることもある」
「俺も、たまに」
「向こうでも?」
「向こうでも」
彼は真面目に答えた。
「暮らしたら、嫌なところもあると思います。俺にも」
私はうなずいた。
知らないところがあるのは、少し怖くて、少し楽しみだった。
「先輩」
彼が背筋を伸ばした。
「好きです。一緒に来てほしい」
私は膝の上で指を握った。
「今のは、今の私に言ってる?」
「はい」
今度は、目をそらさなかった。
「……嬉しい」
彼の顔が、少しずつ赤くなった。
いつもの軽口が返ってこないことまで、嬉しかった。
####
出発は、月の最後の土曜日だった。
彼は、私を生まれ直させるために、魔法を使う力の多くを失っていた。
世界を渡るためにさらに使い、帰還の道を閉じれば、残りも尽きる。
もう一度会いに来ることはできない。
「その道、私も通れるの」
「俺と一緒なら。ただ、途中で手を離さないでください」
「私も向こうで消えたりしない?」
「先輩はこちらで生まれたから、この世界の人です。でも、魂の生まれた場所は向こうなので、あちらにも受け入れられます」
彼は自分の胸に触れた。
「俺は、身体ごと無理に入り込んだので」
住む家はあるという。
二人で食べるくらいの蓄えもある。
「ただ、先輩の好きなあのプリンはないです」
「重大な問題だね」
「すみません」
笑ったあとで、私は聞いた。
「帰りたくなっても、帰れないんだよね」
「……はい」
彼は、できないことを約束しなかった。
####
週末、大学時代からの友人に会った。
もう会えないかもしれない場所へ行く、と話すと、当然のように怒られた。
騙されているのではないか。
一度、その男を連れてこい。
翌日、瀬尾くんは彼女の前で、小さな光を咲かせた。
友人は長いこと黙り、それから私に聞いた。
「あんた、本当に行きたいの?」
私はすぐには答えられなかった。
この世界には好きな店がある。
季節になると歩きたくなる道もある。
仕事に不満はあるけれど、うまくいけば嬉しいし、頼りにしている同僚もいる。
目の前には、私のために怒ってくれる友人がいた。
ここで生きていける。
彼がいなくても、明日は来る。
それでも、夕方になれば隣に座って、今日あったことを話したかった。
仕事の話を一度もしない休日に、彼がどんなふうに笑うのか知りたかった。
「行きたい」
声にすると、涙が出た。
「あの人と、ずっと一緒にいたい」
友人は私をしばらく見て、ティッシュの箱を押しつけてきた。
「じゃあ、ちゃんと幸せになりなよ。連絡も寄越せないなら、なおさら」
その夜、彼に返事をした。
「一緒に行く」
彼は動かなかった。
顔をのぞくと、ようやくこちらを見た。
「……いいんですか」
「うん」
私は膝の上で指を握った。
「あなたが帰るって聞いたとき、もう一緒にご飯を食べられないんだって思った。それが、一番嫌だった」
彼は黙って聞いていた。
「昔の恋人の話も、聞きたくなかった。自分のことだって言われても、羨ましくて」
「先輩」
「最後まで聞いて」
彼は口を閉じた。
「好き。異世界の話を聞く前から、あなたが好きだった」
声にしたら、胸が少し軽くなった。
「向こうでも、私と恋愛してほしい」
やがて、彼の手がそっと私の手に触れた。
「……はい」
いつもよりずっと小さな声だった。
「お願いします」
指を絡めると、彼はうつむいた。
暗くても、耳が赤いことだけはわかった。
####
それからの日々は忙しかった。
会社に退職を申し出て、引き継ぎを進めた。
部屋を片づけ、必要な手続きを調べた。
故郷へ帰り、両親の墓を掃除した。
話すことが多すぎて、途中で何度か笑ってしまった。帰り際には、なかなか立ち上がれなかった。
友人とは何度も会った。
残った荷物や部屋の引き渡しまで引き受けてくれて、礼を言っても足りなかった。
最後に会った日は、二人ともなかなか帰ろうと言えなかった。
出発前夜、小さな旅行鞄を閉じた。
部屋はずいぶん広くなっていた。
ここに越してきた日を思い出しながら、最後の一晩を過ごした。
####
夢をみた。どこか懐かしくて、とても優しい時間。
誰かが、私の膝に頭を預けていた。
開けた窓から風が入ってくる。
何か言われて、私は笑った。
その髪に指を通すと、彼は目を閉じたまま私の手を取り、頬に押し当てた。
「レオン」
呼ぶと、彼がこちらを見た。
何を話そうとしたのだったか。
その顔を見たら、どうでもよくなった。
私は身をかがめて、彼の額に唇を寄せた。
もう少し、このままでいたかった。
*
目が覚めると、夢は急速に遠ざかっていった。
どこにいたのか。
何をしていたのか。
思い返そうとするほど、わからなくなった。
ただ、誰かがひどく愛しかった。
それから、一つの名前が耳に残っていた。
レオン。
布団の中で小さくつぶやいてみた。
初めて口にするはずなのに、妙に呼び慣れた響きだった。
####
待ち合わせの河川敷へ着いたのは、夕暮れ前だった。
彼は橋の下に立っていた。
薄手のコート。いつもの鞄。
見慣れた姿なのに、輪郭が夕日の中へ溶けかけていた。
私は足を速めた。
「待った?」
「いえ」
彼は私の鞄を見た。
「ずいぶん、少ないですね」
「持っていけるもの、わからなかったから」
「向こうで買えます」
「じゃあ、案内して」
伸びてきた指が、鞄の持ち手をすり抜けた。
二人とも黙った。
彼は自分の手を見下ろし、困ったように笑った。
「もう少し、格好つけたかったんですけど」
私は鞄を置いて、彼の手を取った。
一度、空を切った。
もう一度伸ばすと、触れられた。
両手で包むように握ると、彼がほっとしたように目を細めた。
「……レオンで、合ってる?」
彼の指が止まった。
「なんで」
「夢を見たの。誰かと一緒にいて、すごく幸せだった気がする」
私はつないだ手を見た。
「何をしてたかも、顔も、もう思い出せない。でも、その人を呼んだ名前だけ、耳に残ってて」
彼を見上げた。
「あなたの名前なのかなって」
彼は私を見つめていた。
問いかけるような目に、小さく首を振る。
「ごめん。昔のことは、何もわからない」
「……はい」
「でも、誰かを、すごく好きだった気がする」
彼の顔がゆがんだ。
笑おうとしているのだと、少し遅れてわかった。
私は握っていた手を引き、彼に近づいた。
「その人も、あなたが好きだったんだね」
彼はうつむいた。
やがて、額が私の肩に触れた。
「……はい」
声が震えていたので、空いている手を背中に回した。
しばらくして顔を上げた彼に、もう一度聞いた。
「合ってる?」
「はい」
彼は目元をぬぐった。
「レオンです」
「レオン」
手が、強く握り返された。
レオンは空いている手を、何もない空間に当てた。
水面を指でなぞるような音がした。
夕暮れの景色が縦にほどけ、その向こうに青い空が見えた。
草と、湿った土の匂いがした。
「最後に、何か忘れ物は」
私は振り返った。
橋を自転車が渡っていく。
川沿いを犬が歩いている。
遠くのマンションでは、明かりがつき始めていた。
見慣れた景色を、できるだけ長く見た。
「たぶん、いっぱいある」
鞄を持ち上げ、彼の手を握り直した。
「でも、行く」
####
向こう側は、朝だった。
白い花の咲く丘に、小さな石造りの家があった。
煙突には、見たことのない青い鳥が止まっている。
振り返ると、もう道はなかった。
隣で彼が長く息を吐いた。
その手は温かく、少しも透けていなかった。
私は鞄を下ろし、彼の頬に触れた。
「もう、大丈夫?」
「はい」
輪郭を確かめるように指を動かすと、彼がくすぐったそうに笑った。
私も笑った。
その拍子に涙が出て、自分でも驚いた。
「抱き締めても、いいですか」
私はうなずいて、彼のコートをつかんだ。
背中に腕が回る。
会社で並んで歩いていたときには知らなかった温かさに、私も腕を伸ばした。
しばらくして顔を上げた。
「お帰り、レオン」
彼は笑うまでに、少し時間をかけた。
「ただいま」
家へ向かいながら、私は尋ねた。
「ねえ。明日、何時に起きればいい?」
「目が覚めたらでいいですよ」
「じゃあ、寝坊するかも」
「朝食、残しておきます」
「先に食べるんだ?」
「起きる時間によりますね」
笑いながら、彼がこちらを見た。
「そのあとは、町へ行きませんか」
「何かあるの?」
「見せたいものが、たくさん」
私はうなずいて、それから少しためらった。
「それ、デート?」
「そのつもりです」
彼は少し得意そうだった。
その顔なら、知っている。
「じゃあ、起こして」
つないだ手を、少しだけ引いた。
####
一目会えれば、それでよかった。
生きているとわかれば、一人で帰るつもりだった。それなのに、食事をするたび、話をするたび、次の約束が欲しくなった。
隣を歩く彼女は、昔のことを覚えていない。
それでも、好きだと言ってくれた。
「明日、楽しみだね」
彼女が笑った。
レオンは、つないだ手を握り直した。
もう一度会いたかった人と、明日の約束がある。
今はただ、それがたまらなく嬉しかった。
お読みいただきありがとうございました。
「一緒にご飯を食べる」ことが、いちばんの告白みたいになればいいなと思って書いた話です。鯖の骨を取ってあげるような、何気ない優しさの積み重ねが好きな方に届いていたら嬉しいです。
よろしければ、感想や評価をいただけると励みになります。
長編ファンタジー『氷の女神は魔法が使えない ―忘れられた神の物語―』も連載中です。魔法の使えない女調査官と、静まり返る森の謎の物語。こちらも覗いてもらえたら嬉しいです。




