第7話 背中合わせの夜
電気を消して、壁に背中を預けた。
向こう側にも、同じ姿勢の人がいる。声は小さく、でもまっすぐ届く。壁一枚が、ちょうどいい距離感のマイクみたいに思えた。
「今日は、少し話をしても?」
燈真の声は、夜の色をそのまま溶かしたみたいだ。
「うん。眠りの前に、少しだけ」
私は学生時代の話をした。
“良い子”でいることが上手で、頼まれた役を全部やった。委員も代表も、笑顔も。
「褒められるほど、音が増えた気がしたの。拍手とか期待とか、次のお願いの気配。静かな場所が、どんどん減った」
「君は、静けさに誠実だ」
「誠実?」
「たぶん、世界の音を信じすぎる性質だ。だから、静けさの方へ戻ってこようとする」
彼は少し息を吸ってから、言葉を続けた。
「私の番ですね。——王座を降りた夜の話を」
部屋の空気が、ほんの少しだけ深くなる。
「私には、かつて“名”があった。古い言葉で、火の底の静けさを指す名。けれど、名は呼ばれるほど形を強くし、形は争いを呼ぶ。誰も眠らなくなった。私は静けさを喪い、王座の上でも、ひとりきりだった」
「……それで、封印を?」
「はい。名を手放すために。名を封じても、底にある“静けさの仕事”は残った。だから、こうして、人の眠りを整えるのは、私にとって——」
そこまで言って、彼は少しだけ言いよどむ。
「喜びです」
胸の中に、ひとつ灯りが入ったみたいだった。
「私、あなたに会えてよかった」
「私もです」
「たぶん、明日も、何かに追われる。それでも——」
「壁のこちらで、同じ順番で眠りましょう」
「うん」
沈黙が来る。いい沈黙。
そのとき、廊下を抜ける足音が二つ。止まる。私たちは同時に呼吸を潜めた。
足音は、扉の前まで来て、戻っていく。
「……いまの?」
「風ではありませんね」
燈真の声に、わずかな警戒が混じる。
「気にしすぎない方が眠りには良い。ただ、注意は払う」
「注意は、払う」
私は湯呑みを両手で抱え、掌の温度を杖にした。
「おやすみなさい、燈真さん」
「おやすみなさい、真白さん」
同時に言葉が落ち、同時に息が深くなる。
壁を隔てて、同じリズムで眠りが降りてくる。
今日の夢は、拍手のない広い場所だった。砂の上を波がなでる音だけがあって、私はやっと靴を脱げた。
(つづく)
寝落ちして更新してなかったです泣
いいなー、私も安眠したい〜!




