第二章 躯素の誓い⑦
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第七節 解放と継承
戦いの火が鎮まり、ノルディアの街にようやく静けさが戻った。
焼けた石畳の上に灰が舞い、崩れた建物の間から朝日が差し込む。
ゼクトは剣を地面に突き立て、深く息を吐いた。
「……終わった、か」
アトラとトワも傍に立ち、沈黙の中で街を見渡していた。
貴族派は壊滅し、グラディウス公爵は拘束された。
だが、混乱と疲弊が街に満ちていた。
人々の顔には安堵だけではなく、これからどうすべきかという不安がにじんでいる。
──その夜、臨時の民会が開かれた。
貴族不在となった今、新たな政の形をどうするか、民たちは話し合っていた。
その場で、誰かが言った。
「……ゼクト様を、王に――!」
その声に、多くの民が頷いた。戦火の中、民を守り抜き、正義を示した男。彼こそ、王にふさわしいと。
だが、ゼクトは静かに首を振った。
「……俺は、剣でしかねぇ。治める器じゃない」
そう言って彼が視線を向けた先にいたのは、文官の女性・リーネだった。
「民の声に耳を傾け、戦いの最中も最後まで諦めなかった。民の前に立てるのは、あんただ」
リーネは目を見開いたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……私は偉くも強くもありません。でも、もし民の一人として、誰かの暮らしを支えられるのなら」
その言葉に民たちは息を飲み、そして静かに拍手が広がった。
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翌日。
アトラは、ゼクト、リーネ、そして信頼できる数人の市民を小さな集会所に集め、静かに語りかけた。
「この国には“ちから”のグリフがある。けれど、それは本来、誰かを縛るためのものじゃない。……支える力として使うべきだと思うんだ」
「……どういうことだ?」ゼクトが腕を組んで尋ねる。
「農地の整備や建築資材の運搬、復旧作業。もし“こわばり”や“おもり”といった作用を模倣できれば、生活の中で大きな助けになるはず。だから、グリフの力を正しく教える場所を作りたい。――学校を」
「教育機関……!」リーネが目を丸くした。
「うん。かつてこの国では、“トレース”の知識を教えることさえ制限されていた。“力を知れば支配が崩れる”って……そう思った連中がいたから」
ゼクトが苦く笑う。「……あの貴族どもだな」
「でももう違う。誰かに与えられる力じゃなくて、自分たちで未来を作る力にするべきなんだ」
トワが少し眉を寄せて口を開いた。
「でも……アトラ。今、その“ちから”のグリフは、あなたが持ってるよね? この国からそれがなくなって……大丈夫なの? それでも皆に教えられる?」
アトラは少し考えて、ゆっくりと頷いた。
「……うん。グリフそのものはなくなっても、“コード”は残る。コードの仕組みを理解して、模倣すればいい。僕ができるようになったように、きっとみんなにもできるようになる」
ゼクトも静かに補足する。「あいつは国外でも使えてた。つまり、グリフは土地に縛られない。重要なのはその“コードを扱う力”だ。それを教えれば、形として残る」
アトラの静かな声が集まった人々に届く。
「誤った使い方を防ぎ、民自身が未来を築けるようにしたいんだ。だから……協力してくれますか?」
最初は戸惑いの声もあったが、アトラのまっすぐな言葉は少しずつ心を動かしていった。
「……学校って、本当に作れるんですか?」
「私たちでも、使えるようになりますか?」
「はい」とアトラは頷いた。
その日のうちに、ゼクトが古い兵舎跡地の調査を開始し、リーネは市役所に出向いて申請書類を集めた。アトラ自身も、簡易な教材の草案作りに取りかかった。
翌日には、若者を中心に十数人の市民が“教えを受けたい”と集まりはじめる。
「俺、農具を運ぶの、ほんとにしんどくて……でも、あれを使えたら……」
「わたしも! 町の補修、手伝いたいんです」
希望の灯は、確かに広がっていた。
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それからの数日、アトラと仲間たちは都市の復興支援に身を投じた。
崩れた橋の修理、避難民の案内、武器庫の整理。ほんの小さなことから、確実に街は再び動き出していく。
やがて、リーネを中心とした新政権が発足。
ゼクトは正式に軍司令官として任命される。
だが彼はその座にとどまらず、再びアトラのもとへ向かった。
「……この国の新たな歩みは、リーネが導いてくれる。だから、俺は前に進む。....あんたと共に進みたい。」
「ありがとう、ゼクト。君がいてくれると心強い」
「礼はいい。あんたの背中は、見ていて飽きねぇからな」
二人は固く握手を交わす。
「で、次はどこだ?」
トワが、肩越しに問いかける。
アトラは、遠くを見つめながら言った。
「……次は、“心”を見に行こう。セラミアだ」
そして、物語は再び動き出す。