廃都への帰還16
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第16節:血筋
瓦礫の街に、風が戻ってきた。
灰を含んだ風はまだ冷たい。けれど、焼け焦げた匂いはようやく薄れ、空にはうっすらと青が戻り始めている。
崩れた塔の陰では、子どもたちが瓦礫を運び、老人たちは板を組み合わせて壁を作っていた。
その音が、どこか懐かしい“生活の音”に聞こえる。
「……少しずつだが、形になってきたな」
アトラは掌をかざし、風に舞う灰の粒を見上げた。
風が彼の指の隙間を抜ける。小さな再生の匂いがした。
隣でトワが微笑む。
「あなたの“指示のもと”ってやつね。もう立派な隊長だわ」
「僕はただ順序を言ってるだけさ。水と食料が先、避難路を確保して、燃料は森の入口に集める――それだけだよ」
「それを“まとめて動かせる”のが指揮官なのよ」
トワはやわらかく言って、遠くで木を運ぶ子どもたちを見た。
子どもたちは、昨日まで涙で濡れていた顔に、もう笑顔を取り戻していた。
瓦礫の山の中でも、彼らは夢中で動く。
復興の合間には、決まってアトラやトワ、ゼクトのもとへ駆け寄り、目を輝かせて質問を浴びせる。
「アトラ! どうしたらそんなに早く動けるの!?」
「トワ、包帯の巻き方教えて!」
「ゼクト、戦う時って……怖くないの?」
質問は途切れない。
木片の裏や破れた紙に、鉛筆でびっしりと文字が書かれていく。
まるで何かを渇望するように――その目は真剣そのものだった。
アトラは少し押され気味で、疲れたように肩を落とした。
「……なぁトワ、僕ら、先生でも軍人でもないよな?」
「うん。でも彼らにとったら“知ってる人”ではあるわ」
「はぁ……」
ため息をつくアトラに、トワは小さく笑った。
「子どもたち、あなたの背中を見てるの。憧れてるんだわ」
「……君もだけどね。僕、そんな立派じゃないってのに」
「立派かどうかじゃないの。希望が欲しいのよ、きっと」
アトラは返事をせず、少し照れくさそうに空を見上げた。
***
日が傾き、作業が終わる頃。
広場の向こうから、ひとりの少年――フリードが声を上げた。
「アトラー! 今日こそ稽古つけてくれよ!」
その声に、どっと笑いが起きる。
アトラは両手を上げ、苦笑した。
「もう……降参。よし……。ゼクト、頼める?」
「は? 俺か? おい、師範じゃねぇぞ」
「僕よりは向いてる。筋の通し方なら、君のほうが正しい」
「……クソ、逃げやがったな」
「いいのか!!??みんな稽古つけてくれるってよ!!!」
フリードがそう叫ぶとどこからともなく1人また1人と子どもが集まってくる。
「お前ら並べよ!」子どもが列になってゼクトの前に並ぶ。
「おいこんな人数教えられねぇぞ」
ぶつぶつ言いながらも、ゼクトは木の枝を手に取った。
「しゃーねぇなぁ」
「おら! 整列! 足を揃えろ、姿勢を崩すな!」
子どもたちは笑いながらも、言われた通りに並んでいく。
その先頭に立つのは、やはりフリードだった。
「フリードです!!よろしくお願いします!!!」
声が裏返るほど大きな挨拶に、皆が笑った。
***
訓練は、初めはぐだぐだだった。
振りかぶれば転び、枝を折っては泣き、立ち方すら覚束ない。
だが数日も経つと――その変化は驚くほどだった。
「……おい、アトラ」
稽古場の端で、ゼクトが眉をひそめた。
「このガキども、ちょっとおかしい。吸収が早すぎる」
アトラも頷く。
「今日、トワの包帯の巻き方を一度見ただけで、全員が同じ手順で巻いてた」
「どんな知能してんだよ」
木陰からリウネが顔を出した。
「“言われたことは一回で覚えるし、それを自分のものにする”……俗にいう天才ってやつだね」
トワが表情を曇らせた。
「……それ、“研究者の血筋”なのかしら?」
「血筋?」
「この間、老人が言ってたじゃない。“研究者の子どもたち”だって。」
アトラの目が細くなる。
フォグニール――かつて世界を支配するほどの技術を持ち、そして滅びた都市。
「あれはフリードだけのことじゃなく、この子達みんなの事だったのか……?」
高い理解能力、再現する力…研究者の子孫だということに違和感は無かった。
***
夜。
アトラがゼクトの作業場を訪ねると、机の上にコードの断片が並んでいた。
どれも、繊細な構文で書かれている。
「……これ、全部“子どもたちが書いた”のか?」
「ああ。昨日、俺が“ちから”のグリフを見せたんだ。そしたら翌日には――」
ゼクトは苦笑しながら紙を差し出した。
正確な構文。線一本、数値一つの狂いもない。
「別の子にも見せた。全員、書けた。しかも、俺のコードを――“修正”してな」
「修正……?」
アトラは目を通し、息を呑んだ。
“出力比 1.5 → 2.0”“負荷軽減 0.7 → 1.5”――
「……最適化してる」
「そうだ。完全に理解して、改善してやがる」
ゼクトの声が低く沈む。
「俺の国でも、コードをトレースできる奴なんざ一握りだ。十年かけても身につかねぇ。
それを――一週間で、だぞ。しかも子ども全員だ
後は、これを実際に体にトレースできればあいつらはもうトレースをマスターした事になっちまう。」
アトラは紙を握りしめた。
「……研究者の血筋、か」
そこへトワが入ってきた。
「彼らの知能は、普通の人間をはるかに凌駕してる。でも……危ういわ」
「危うい?」
「力を持てば、使いたくなるものよ。特に、子どもは」
「それに親を殺されてる背景があるとしたら…尚更ね…」
「それは人の性だな」ゼクトがため息混じりに返事する。
「だが、心配はそれだけじゃねぇ。あの年齢でコードを扱えば……身体が耐えられない。」
リウネが尾を揺らす。
「じゃあ、どうするの? 教えないの?」
アトラは机に肘をつき、顎に手を当てた。
「……当分は“稽古”だけにしておこう。身体を知り、心を整えること。
コードは――まだ、早いのかもしれない。」
沈黙が落ちた。
炎の光が、誰の顔にも影を作る。
やがて、エリシアが口を開いた。
「私は、力を持たない者として、ずっと悔しい思いをしてきました。
……能力ある者には、力を教えてもいいのではありませんか?」
アトラは答えられず、俯いた。
力――それは希望であり、破滅でもある。
「……エリシア」
静かに、トワが口を開いた。
「私はね、あの子たちに“守るための力”を使ってほしいの。壊すためじゃなく、守るために」
「ですが――」
エリシアが反論するために口を開こうとするが、続いて出てきたトワの言葉は意外なものだった。
「だから、限度を設けるの。力の上昇は125%まで。それ以上は、アトラが破門するって伝えましょう」
エリシアはしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。
「……そうね。それなら、安全かもしれないわ」
彼女は火を見つめ、かすかに笑った。
「破門だけは、嫌だものね」
***
夜が更け、子どもたちは眠りについた。
アトラは焚き火のそばに座り、灰に染まる空を見上げた。
“力”とは何か。“知”とは何か。
それを手にする者は、どこへ向かうのか。
――世界を動かすのは、いつだってその両方だ。
だが、そのどちらも、正しく扱える者は少ない。
風が吹き、焚き火の炎が揺れた。
アトラは静かに呟いた。
「僕たちがいる間に……あの子たちが“間違えない力”を覚えてくれたらいい」
灰の街の上に、星が一つ、光った。
それはまるで、かつてフォグニールを照らしていた研究塔の灯の残滓のように――
静かに、優しく瞬いていた。
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