廃都への帰還15
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第15節:蛮族
夜が明け、朝焼けが、崩れた街の端を照らしていた。
風はまだ冷たく、灰の匂いが鼻の奥に残っている。夜明けの光は薄く、焦土に差すそれはまるで希望の形を忘れたようだった。
アトラはリウネとともに瓦礫の外縁を歩いていた。
地形の把握と、夜間に見えなかった通路の確認――そんな実務的な理由を口にしながらも、アトラの心の奥では、昨日の老人の言葉が重く沈んでいた。
「……“記録を見るな”か」
アトラが小さく呟くと、リウネが振り返る。
「うん。見たら、変わっちゃうって言ってたね。あのおじいちゃん」
「もう、変わってる気もするけどな」
アトラは苦笑し、崩れた塔の上を見上げた。朝日がその骨のような輪郭を照らし出す。
その時だった。
――ガン。
乾いた金属音が、静寂を裂いた。風に乗って、笑い声のようなものが混じる。
「ねぇ、今の……」
「ああ。聞こえた。人の声だ」
二人は視線を交わし、足音を殺して丘の影へと移動した。
視界の先、廃墟の広場に三人の男がいた。粗末な鎧、錆びた刃。腕や顔には刺青が刻まれ、背には獲物を縛る縄。
その立ち姿だけで、アトラの背筋が冷えた。――“生き延びるために理を捨てた人間”の匂い。
「なんもねぇじゃねぇか!」
先頭の男が瓦礫を蹴り上げる。粉塵が舞い、灰色の空へ散った。
「災害があったって聞いて来てみれば、宝も金もねぇ、クソッたれが!」
「もともと廃都なら言うんじゃねぇよ!」
怒声が響く。その視線の先には、避難していた子どもたちと老人たち。
隠れ場所を失い、怯えながら身を寄せ合っている。
「おい、見ろよ。ガキどもがいるぜ」
「へっ、金はなくても“売り物”にはなる」
「いいじゃねぇか、あの歳なら高く売れる」
嗜虐の笑みが浮かぶ。
その前に、一人の少年――フリードが飛び出した。砂まみれの服、血で汚れた拳。
「やめろ! もう誰も……傷つけないでくれ!」
蛮族の一人が鼻で笑った。
「威勢がいいじゃねぇか」
鈍い音。
フリードの体が宙を舞い、瓦礫に叩きつけられる。
老人ウォーリスが叫び、駆け寄ろうとした瞬間、蹴り飛ばされ、血を吐いた。
「てめぇはダメだな。怖がらねぇガキなんざ、売りもんになんねぇ」
刃が振り上げられる。
フリードの瞳に、鋭い光が映る――それは恐怖ではなく、怒りだった。
その瞬間――。
「……やめろ…」
静かな声。
風が止まり、空気が凍る。男が振り返ると、そこにはアトラが立っていた。
冷ややかな光の中、彼の黒衣がはためく。
「誰だ、てめ――」
――斬撃音。
音が追いつくより早く、首が落ちた。体が二歩、遅れて崩れる。
他の二人が叫ぶ間もなく、リウネの影が疾り抜けた。
鋭い爪の一閃。血飛沫が灰の空へ散る。
一瞬の沈黙。
風の音だけが、世界に戻ってきた。
死体の前で、フリードが呆然とアトラを見上げていた。
アトラは、血の付いた手を見下ろした。
呼吸は乱れない。だが心の奥に、重いものが沈む。
「……心底クソ野郎だね……」
呟きは風に消えた。
「……」
はっと我に返り、子どもたちの前で残虐な行いを見せたことに胸が痛む。
――だが、振り返った先に待っていたのは悲鳴ではなかった。
「すげぇ!」
「強い!! 本当に強いんだ!!」
子どもたちがアトラの周りに駆け寄ってくる。
ウォーリスでさえ、震える声で「かっこいいのぉ……」と呟いた。
アトラは立ち尽くした。
「……違う。俺は――」
その言葉は誰にも届かず、ただ朝の風に流れていった。
* * *
翌朝。
トワが外から戻ってきて、少し困ったように笑った。
「みんな、外に出て。びっくりするわよ」
外に出ると、子どもたちの明るい声が響く。
「ゼクト様、おはようございます!」
「アトラ様、こっちです!」
「リウネさまー!」
アトラたちは顔を見合わせ、固まった。
シェルターの前で、子どもたちも老人たちも膝をつき、頭を下げている。
それは感謝を超え、崇拝に近い眼差しだった。
「……まーたやっちゃったのね、アトラ」
トワが苦笑交じりに言う。
アトラは、感情のこもらない笑顔を浮かべるしかなかった。
その様子を見て、遅れて来たゼクトが眉をひそめる。
「おい、なんだこの空気」
「崇拝されてるわよ、どうすんのよ」
アトラが困惑していると、フリードが元気に叫んだ。
「アトラ様が蛮族を倒したんです! だから僕ら、守られたんです!」
その瞳は、昨日の恐怖を完全に塗り替えていた。
アトラは小さく呟く。
「……守ったっていうか……」
「毎回何したらこうなるのよ」
トワの言葉に、アトラは返す言葉を失った。
「ゼクトぉ……」
弱々しい声で名を呼ぶ。その響きに、ゼクトは苦笑を浮かべた。
* * *
数時間後。
ゼクトが全員を集めた。子どもも、老人も。そして仲間たちも。
「お前らの忠義は嬉しい。だがな――」
ゼクトの声が静かに、しかし力強く響く。
「対応は普段通りにすることに、価値がある」
人々が首を傾げる。
ゼクトは続けた。
「いいか。戦では、敵が“誰を狙えば崩れるか”を見極める。
だから、あえて“上”や“下”を作らない方がいい。
そうすりゃ、俺たち全員が――一つの隊になる」
「俺らの頭がいきなり取られようもんなら、それは忠義に反すると思わねぇか?」
一拍の沈黙。
そして、ゼクトが口元に笑みを浮かべた。
「つまり――俺たちを崇拝するんじゃダメだ。上下関係をカモフラージュするんだ。こうやって頭脳を使うのも強くなる手だ。」
最初は戸惑いの色があった。
だがやがて、一人、また一人と顔を上げ、声を揃えた。
「……はい!!!」
その声はまだ不揃いで、震えていた。
けれども、確かにそこにあった。
灰の中に芽吹く、拙いながらも“秩序”の形。
アトラは空を見上げた。
崩れかけた街の上、光の帯が薄く伸びている。
その向こうに、まだ知らぬ真実がある。
彼はゆっくりと拳を握った。
――今日もまた一歩、“記憶”の先へ踏み出すために。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




