廃都への帰還12
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第12節:疑念の灯
夜の帳がクレーターに深く降り、湿った空気が肌にまとわりつく。焦げた土と焚き火の匂い、濾過されたばかりの水の匂いが混ざり合い、どこか懐かしい温もりを感じさせながらも、どこか不穏な気配が森の奥に漂っていた。
アトラは焚き火の端に腰を下ろし、視線を遠くに向けた。火の明かりに照らされたフリードの横顔。あの少年の泣き声や震えがまだ耳に残る。
――大丈夫だ。お前は強い。よくやった……ありがとうな
ゼクトの言葉が、心の奥で静かに反響する。しかし、安堵だけではない。胸の奥に、微かにざわつく違和感があった。
濡れた布を絞りながら、エリシアは金属製の皿を丁寧に拭く。その横で、トワは裂けた衣を縫い直していた。外にはゼクトの影がちらつき、森の中を見張っている。静かに動く仲間たちの息づかいだけが、夜のクレーターに響いた。
リウネが体を起こし、小さく声をかける。
「アトラ」
「ん?」
「負傷者はいない。新たに出血した人もなし。あの老人も、脈は落ち着いてたよ」
「そうか……よかった」
しかしリウネは眉をひそめ、少し間を置くと小さな声で続けた。
「でも……一部、見つけちゃった」
アトラは胸の奥で嫌な予感を覚える。
「……遺体が三人。多分、昨日の崩落で助けられなかった人たち」
遠くで、瓦礫が微かに軋む音がかすかに響く。アトラは目を伏せ、焦げた匂いを含んだ風を吸い込む。遠くで何かが微かに鳴る。胸に小さな痛みが走る。
「生き残ったのは、今ここにいる人たちが全てだよ」
リウネは静かに付け加える。
「……それと、西の方に滝があったよ。少し上流に川があって、濁りも少ない。恒常的に水を確保するなら、あそこがいいと思う」
「西……」アトラは呟き、顔を上げた。おそらくトワが見つけた水源と同じか、その上流を指しているのだろうと察した。
「ありがとう、リウネ。助かる」
「もちろん」
リウネは微笑むが、その瞳の奥には深い疲労の色が滲んでいた。
その時、トワが近づいてきた。手には、森で使った金属皿を持っている。
「アトラ、ちょっといい?」
「うん、どうした?」
皿の煤を指で払いながら、トワは少し眉を寄せる。
「ねえ、この皿……変じゃない?」
アトラが皿を受け取り、裏側を指でなぞると、錆びかけた刻印が目に入った。
“R-07-LAB”
「……LAB……研究所の事だな……」
トワの視線は鋭く澄んでいる。
「どうしてフォグニールにラボの器具があるの……?」
「それに、あのシェルターの構造も妙よ。普通の避難施設じゃない」
アトラは思い出す。老人を助けたときに通った通路の違和感。一目見ただけでは入り口すら見つけられない。中の構造を知る者だけが、迷わず行き来できる作り。
「………どういう事だ……」
胸の奥で、小さな不安が芽生える。
「この皿はどこにあった……」アトラは小声で呟き、視線をリウネやトワに向けた。
「この皿は誰が用意したんだ……?」
リウネが淡々と答える。
「老人や子供たちが、“お皿ならあるよ!”ってシェルターの奥から手分けして持ってきてくれたよ」
アトラは思わず息を呑む。驚きとともに眉をひそめる。
「え……?1人だけじゃなく、みんなが知ってたのか?」
「うん」
トワはそっと火のそばに腰を下ろし、皿を手に取る。
「この街の人たち、何者なの……」
言葉には怒りでも恐怖でもない、深い疑念が含まれていた。焚き火の光は揺れ、影が長く伸びる。暗闇の奥に、何かが潜んでいるような錯覚を覚える。
アトラは皿を火の横に置き、眉をひそめる。胸の奥で、何かが締め付けられるように重くなる。過去の行動の些細な違和感――扉の光、住民たちの知識、研究所の皿――が静かに心に積み重なっていく。
夜は深まり、冷たい風がクレーターを吹き抜ける。しかし、焚き火の小さな光が、彼らの胸に微かな温もりを与え続ける。火の揺らめきと影の奥に、まだ隠された秘密――住人の知識や行動に潜む違和感――を、彼らは無意識に感じ取っていた。
静かな夜に、疑念の火が、焚き火の光と同じくらい、ゆらゆらと、彼らの胸の奥で揺れていた。
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