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アトラ=リコンフィグ  作者: ホウノ タイガ
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廃都への帰還⑩

今日も覗いてくださってありがとうございます。

暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。

第10節:収穫と帰還


森は、先ほどまでの激闘が嘘のように静まり返っていた。

風も止み、空気の奥にひそむ血の匂いだけが、生と死の境を物語っている。


沈みかけた夕陽が、木々の隙間を縫って射し込み、熊の亡骸を赤く染めていた。

その光は、まるで「終わり」と「始まり」を同時に告げているようだった。


トワは熊の手足を木に括り、祈るように呟く。

「……ありがとう。あなたの命、無駄にはしないわ」

柔らかな声が風に乗り、森の奥へと溶けて消えた。


その背中を、フリードは言葉もなく見つめていた。

震える拳を握りしめながら、唇をかすかに動かす。

「……ごめん。俺、何もできなかった」


アトラは熊の傍らにしゃがみ、縄を括りながら微笑んだ。

「できるようになるさ。命を奪うのは“強さ”じゃない。

 誰かを守るために、考えて、動けるようになること――それが本当の強さだよ」


フリードは俯いたまま、ゆっくりと頷いた。

トワがそっと続ける。

「命は巡るの。食べて、生きて、また誰かを守る。

 ……それが、“生きる”ってことなのよ」


その言葉に、フリードの肩がわずかに震えた。

それは恐怖の震えではなかった。

ようやく、自分の中に生まれた“責任”の重みを感じ取っていたのだ。


アトラは淡々と、熊の体を縛っていく。

縄が締まる音が、森の静寂に小さく響いた。

「これだけあれば、皆で数日はしのげるな」


トワは水筒を手に、近くの湧き水を探す。

手を浸すと、冷たい水が指先を伝い、緊張が解けていく。

「濾過すれば、使えるわ。悪くない水よ」


フリードは二人の背を見つめていたが、やがて口を開いた。

「俺にも……手伝わせて」

アトラが振り返り、目を細める。

「もちろん。やってみよう」


フリードは教わった通りに縄を縛っていく。

手元に血がつくたび顔をしかめたが、手を止めることはなかった。

その姿に、トワがそっと視線を送る。

「……いい顔してる」

アトラも微笑む。

「人は、誰かの痛みを知って、少しずつ変わるものだからね」


やがて空は茜から群青へと移り変わり、森に夜の帳が降り始めた。

三人は荷をまとめ、フリードは焚き木を抱えて帰路につく。


木々の間を抜ける風が、どこか穏やかに感じられた。


フリードは何度も振り返った。

その目にはもう、恐怖の影はなかった。


――


斜面を登り切り、クレーターの縁に辿り着くと、フリードは息を呑んだ。

眼下に広がるのは、夜の闇を照らすいくつもの小さな灯。


「……火だ」

トワが小さく呟く。

アトラも目を細めた。

「ゼクトがやってくれたんだな」


見下ろすシェルターの周囲では、ゼクトが火を囲みながら木片を乾かしている。

手製の反射鏡とガラス片を組み合わせ、太陽の残光を集めて火を起こしたのだろう。

火花が夜空に散り、まるで星々が地上に降りたようだった。


「す、すげえ……!」

フリードの声が弾む。

トワが微笑みながら言った。

「努力家なのよ、あの人は。誰よりもね」


森を抜けて坂を下ると、エリシアが彼らを見つけて駆け寄ってきた。

その手には金属のカップが握られている。

「お帰りなさい。……どうぞ」


アトラが受け取ると、カップの中には水が入っていた。

「まさか、もう……?」

「ええ。濾過装置は完成しました。濾過水は煮沸して安全を確認しています」

エリシアは淡い笑みを浮かべた。

「皆さん、これで少しは安心できるでしょう?」


「うまいっ!!!」

フリードが思わず叫ぶ。

その声に、周囲の人々が笑い出す。

焚き火の光がその笑顔を照らし、夜が少しだけ温もりを取り戻していく。


「おかえり〜!」

リウネが駆け寄ってきた。

「怪我してない? それに、その荷物……!」

「森で仕留めた熊だ。皆で分けよう」

アトラが答えると、周囲に歓声が広がった。

それは久しぶりに聞く“希望の声”だった。


焚き火の周りに人が集まり、肉の焼ける匂いが立ち込める。

焦げる音、脂の弾ける音――

どれも懐かしい“生活の音”だった。


老人が震える手で肉を受け取り、静かに口へ運ぶ。

その目には涙が光っていた。

「……命を繋いでくれて、ありがとう。若いの」


アトラは言葉を返さず、ただ微笑んだ。

火の粉がふわりと舞い上がり、闇に消える。

その一瞬、彼の胸に、どこか懐かしい温かさが灯った。


フリードは焚き火の揺らめきを見つめながら、小さく呟いた。

「……命って、重いんだな」


トワが隣に腰を下ろし、優しく答える。

「そうね。でもね――その重さを感じられるのは、生きてる証拠よ」


フリードは黙って頷いた。

その目は、もう少年ではなく、“生きる者”の目になっていた。


焚き火が夜空を焦がすように高く燃え上がる。

崩れた街の瓦礫に、その橙色の光が映り込む。

まるで焼け落ちた過去の影を、希望の色で塗り替えていくようだった。


アトラは火の向こうに見える空を見上げた。

星々が淡く滲み、まだあの“裂けた空”の名残を残している。

それでも――彼は口を開いた。


「……この街は、きっと蘇る」


その声は小さかった。けれど、焚き火の音がそれを包み込み、みんなの胸に届いた。

誰もが何も言わなかった。

ただ、心の奥で同じ願いを抱いていた。


その夜、

彼らの胸にともった小さな炎は、

確かに、再生の最初の火となった。


最後まで読んでくださってありがとうございます。

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