廃都への帰還⑥
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第6節:影に還る記憶
日はとうに沈み、夜の帳がフォグニールの廃都を包み込んでいた。
燃え残った建物の断片が、時折ぱちぱちと音を立てる。焦げた鉄の匂いがまだ漂っている。だがその夜だけは、不思議と風が穏やかだった。
崩れたシェルター跡の片隅に、月の光が差し込んでいる。
助け出した老人は浅い呼吸を繰り返し、トワとリウネが交代で看護をしている。泣き疲れた少女は老婆の膝に寄り添い、かすかな寝息を立てていた。
――誰もが、言葉をなくしていた。
瓦礫の影が揺らめき、月の光が仲間たちの表情を柔らかく染めていく。
やがて、アトラがゆっくりと口を開いた。
「……僕は、この場所で目を覚ましたんだ」
夜風の音が、彼の声を飾る。
「気づいたとき、僕は瓦礫の上に座っていた。辺りは崩れた塔と荒れた大地だけ。名前も、家族も、どこにいたのかも思い出せなかった。ただ――空を見上げたとき、胸の奥で何かがざわついた。懐かしいのに、思い出せない感覚。それが、このフォグニールだった」
トワが顔を上げる。
その瞳には、驚きと、どこか予感していたような痛みが交じっていた。
「アトラ……あなた、フォグニールの人だったの?」
「わからない。けど、僕の“始まり”はここなんだ。だから、いつかこの街をもう一度立たせたかった。それが僕の旅の理由なんだ」
ゼクトが黙って拳を握る。
エリシアは月の光に照らされながら、静かに目を伏せた。
「……この街を‥復興させるの?」
「うん。僕が誰なのか、自分はなんのためにいるのか、全て知りたかった。それに復興が誰かのためになるなら、それが今の答えな気がした。それに、記憶の鍵がここにあるかもしれないしね」
少し間を置いて、アトラは笑みを浮かべた。
けれどその笑みは、どこか儚い。
「でもね、旅をして気づいた事もあるんだ。僕は何も知らなかった。世界の形も、人の痛みも、全部。でも――君たちに出会えた。本当に感謝してるんだ。無知な僕を支えてくれて、本当にありがとう」
そっと夜風が止み、トワがそっと言葉を返した。
「アトラ。あなたの旅は、もうひとりの旅じゃないわ。私たちも一緒に見届ける。あなたが見たい未来を」
「へっ、当たり前だろ。」ゼクトが短く笑う。「お前のやることが、今の俺たちの生きる理由なんだ。恩もあるしな」
「わたくしも同意ですわ。」エリシアが優雅に微笑む。「“導き”の光があなたを選んだのなら、わたくしたちはその道を信じます」
「リウもいるよ。ずっと一緒だもん」
リウネが無邪気に笑って、月の光が差し込む。
アトラは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
言葉にできない想いがこみ上げる。
ただ、静かに頷く。
「……ありがとう。もう少しみんなの力を貸して欲しい。フォグニールにもう一度笑顔を戻したい。」
その瞬間、遠くで雷が鳴り、夜空を光が裂いた。
雨がぽつりと落ち、次第に激しさを増していく。
トワが空を見あげながら呟いた。
「……フォグニールは、かつて“叡智の都”と呼ばれていたのよね。科学と交易の融合で、どんな国よりも豊かだったって。けれど、栄光の裏で何かを失った……記録にはそう書かれていたわ」
「人は、過去に縋って滅びるのかもしれんな」ゼクトが低く言った。「俺たちは、その続きを歩かされてるんだろうな。」
「でも、だからこそ再生できるのではなくて?」エリシアの声は静かだが、芯があった。「破壊のあとにしか芽吹かないものがある。アトラの願いも、きっとその一つですわ」
アトラは、雨音の向こうで目を細めた。
過去を取り戻すことと、未来を作ること――その境界線は、こんなにも遠くて、けれど近い。
「……そうだね。僕たちの手で、もう一度光を灯そう」
雷鳴が響き、瓦礫の街が一瞬、昼のように照らされる。
その光の中で、崩れかけた塔の頂に残る紋章が淡く輝いた。
かつてこの地を支配していた象徴――だが今は、希望の欠片のように見えた。
トワがその光を見つめながら、小さく息を漏らす。
「ねぇ、アトラ。あなたが目を覚ましたとき、この空も、こんなふうに光っていたの?」
「いや……」
アトラは首を振り、空を見上げた。
「その時はもっと暗かった。ただ、風の中に誰かの声を感じたんだ。『立て』って。――あれは、きっとこの街そのものの声だったんだと思う」
「街が……?」
リウネが目を瞬かせる。
「うん。誰もいないのに。気のせいだと思うけどね。
でも、あの時からずっと、僕はその“声”に導かれている気がしてる」
沈黙が降りた。
雨は土を打ち、焦げた街を少しずつ洗い流していく。
それはまるで、過去の残滓を清める祈りのようだった。
「……アトラ。あなたの声も、きっとこの街に届いているわ」
アトラは目を伏せ、かすかに笑った。
「そうだといいな」
アトラは小さく息を吐いた。
それは夜空に吸い込まれ、やがて雨の粒と混ざって消えた。
誰も言葉を発さないまま、しばらくその場に座っていた。
風が吹くたびに、焦げた塔の影が伸び、縮んでいく。
そこに宿るのは、過去と現在の境を漂う静けさだった。
アトラは立ち上がり、濡れた地面に足を踏みしめる。
その背を、仲間たちが静かに見つめた。
「行こう。明日から始めよう。――この街の影を、光に変えるために」
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