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アトラ=リコンフィグ  作者: ホウノ タイガ
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廃都への帰還④

今日も覗いてくださってありがとうございます。

暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。

第4節:瓦礫の中の命



崩れかけた壁の奥に、頑丈な部屋の一部がむき出しになっていた。

外壁は半ば融け、内部には散乱した機器や、ひしゃげた金属扉が散乱している。

かつて研究施設か、避難所だったのか――鉄と焦げの匂いが、まだ生々しく残っていた。


「……泣き声がする」

リウネが顔を上げた。

風の切れ間から、小さな嗚咽が微かに漏れてくる。


「どこからだ……?」

ゼクトが辺りを見回す。

足元の瓦礫が軋むたび、声は確かに強くなる。


トワが息を詰めて、崩れた壁に耳を当てた。

「この奥……! 誰か、閉じ込められてる!」


急足で進むたびに、泣き声ははっきりしていった。

頑丈な壁の一部はまだ崩れておらず、扉らしいものも見当たらない。


「大丈夫か!! 誰かいるのかッ!!」

ゼクトが壁に向かって叫ぶ。


瞬間――。

鈍い金属音とともに、壁の継ぎ目が淡く光り、形を変えた。

存在しなかったはずの扉が“そこに現れ”、ギィィと音を立てて内側から開いていく。


「……開いた?」

トワが息を呑んだ。


扉の向こうには――泣き叫ぶ少女。

瓦礫に半ば埋もれた老人の身体。

少女はその瓦礫を、血にまみれた手で必死にどかそうとしていた。


「おじいちゃん、お願い、起きてよ……!」

嗚咽混じりの声が、焦げた空気を震わせる。

手のひらは裂け、皮膚が剥け、血が滴っていた。

それでも彼女は止まらない。


「やめておくれ……!」

背後から老婆が駆け寄る。

涙でくしゃくしゃになった顔で、少女の肩を抱きすくめた。

「その手じゃ、もう……! そんなにしたら……!」


「いやっ、助けなきゃ! おじいちゃん死んじゃう!」

少女は振り払おうとするが、力が入らず、崩れるように膝をついた。


アトラは迷わず駆け寄った。

瓦礫の隙間に膝をつき、老人の脈を取る。


――弱い。

指先にかすかに触れる命が、砂のようにこぼれ落ちていく。


「……まだ、生きてる」

アトラの低い声に、少女が顔を上げる。


「ほんと!? 助けて……お願い!」


アトラが瓦礫に手をかけた、その瞬間――。


「余計なことすんじゃねえッ!」


怒鳴り声とともに、拳が飛んだ。

頬に鈍い衝撃。

アトラは倒れず、ただ顔を上げる。


目の前には、十代半ばの少年。

泥と涙にまみれた顔で、アトラを睨みつけていた。


「俺たちは……誰の手も借りねぇ! お前らなんかに、もう何もされたくねぇんだよッ!」


声は怒鳴りながらも、震えていた。

その奥にあるのは――恐怖。

失い続けた者の恐れ。





アトラはゆっくりと拳を下ろした。


「……それでも、見捨てられない」


静かな声。だが、確かな決意。

その瞬間、アトラの天秤の紋章が淡く光り始めた。

続いてトワ、ゼクト、エリシア、リウネ――。

五人の天秤が、同調するように微光を放つ。


少年が息を呑んだ。

その隙に、アトラは再び瓦礫へと手を伸ばす。

ゼクトが隣に立ち、黙って頷く。

トワが袖を捲り、リウネが呼吸を合わせる。


「――せーのッ!」


金属が悲鳴を上げ、熱気で肌が焼ける。

重い瓦礫が、わずかに持ち上がった。


「今だ!」

アトラが腕を差し込み、老人の身体を引き寄せる。

焼けた鉄の縁が腕を裂いたが、気にも留めない。


ぐったりとした身体が、ようやく外へ引き出された。


「……息、ある!」

リウネが叫ぶ。

かすかだが、確かに胸が上下している。


トワがすぐに止血を施し、エリシアが処置を始める。

少女は泣き崩れ、老人の手を握りしめた。


「おじいちゃん……おじいちゃん……!」


アトラは深く息を吐いた。

頬の痛みも、血のにじむ手も、今は感じなかった。


だが――次の瞬間。


地の底が震えたように、低い“音”が響いた。

それは、耳ではなく心臓で感じる声。


「……今、聞こえたか?」

ゼクトが顔を上げた。


アトラも、はっきりと聞いた。

遠く――それでも確かに。

「……助けて……」


「生きてる!」

トワが叫び、焼けた瓦礫の奥へと駆け出す。


崩れた建物の隙間。

鉄骨とコンクリートの間に、わずかな空間があった。

その奥で、小さな手が動いている。


「誰か……助けて……!」


アトラは反射的に“いち”のグリフを起動しかけた。

だが、座標が取れない。

視認できない。――使えない。


「使えない……! どこに腕があるのかも見えない!」

「だったら手でやるしかねぇ!」

ゼクトが叫び、鉄骨に手をかけた。

トワとリウネが両側から支える。


「――せーのッ!!」


軋む鉄。焼ける皮膚。

それでも、彼らは力を込めた。

わずかに開いた隙間から、エリシアが身を滑り込ませる。


「見えます! 中に子どもが一人!」

「引っ張れるか!」

「待って……足が……金属の下に!」


「トワ、切るんだ!」

「わかったわ!」


トワが短刀を抜き、金属片を裁断する。

指先は血だらけ、それでも動きは止まらない。


「もう少し! 動かないで!」


金属が裂ける音と同時に、少女の足が自由になった。

合流したエリシアが抱き上げ、外へ。


「この子も息してる……!」

リウネが泣き笑いで叫ぶ。


その瞬間、誰かが遠くで泣き崩れた。

生き残りの声か、絶望の声か――もう判別もつかない。


アトラは少女をトワに預け、荒い呼吸を整える。

視界の端に、まだ影が動く。


「ゼクト、あっちだ!」

「おう!」

「エリシア、負傷者の確認を!」

「承知しました!」


救助は続く。

瓦礫をどかすたびに、誰かの顔が現れ、また沈黙する。

助けられる命より、失われる命のほうが圧倒的に多かった。


それでも、誰も止まらなかった。


夜が迫る。

空が紅く、焼け焦げた雲が流れていく。

血のような夕暮れが、崩壊した街を染めていた。


アトラは立ち上がり、傷だらけの手を握りしめた。

その瞳には、痛みと、揺るぎない光。


「救える命があるなら――全部救う。

 たとえ、ここが地獄でも」


誰も言葉を返さなかった。

けれど、全員がうなずいた。


彼らの影が、赤い夕光の中で長く伸びていく。

血と灰の匂いの中で、わずかな希望だけが、

まだ――消えずに残っていた。


最後まで読んでくださってありがとうございます。

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