第二章 躯素の誓い④
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第四節:腐敗
ノルディアの街は整然としているように見えて、どこか歪んでいた。
白壁の貴族街と、陰鬱な市街。均等に敷かれた石畳の道にも、見えない“境界線”が走っている。誰もがそれを知っていて、しかし口に出す者はいない。
「どうして、この国は……こんなに無音なの?」
トワがぼそりと呟く。市場の喧騒すら、まるで抑圧されているかのように控えめだった。
僕たちは、ゼクトからの情報をもとに、貴族街へ偵察に向かっていた。
「表面は綺麗だけど、匂うよな」
「腐ってるってことよ」
トワが嫌悪を隠さず言った。
僕たちは変装して貴族街の倉庫へと潜入した。ゼクトがかつて出入りしていた旧物資集積所だ。
鍵は壊れていた。中に入ると、驚くほどの量の食料や生活物資が積まれていた。市街では飢えている民もいるというのに、ここでは傷んだ果物が無造作に捨てられている。
「……これ全部、市民から徴収したもの?」
トワの声が震える。怒りか、哀しみか、それとも両方だろう。
そのとき、奥のほうから声が聞こえてきた。
「くだらんな。民など、いくらでも入れ替えがきくのに」
「本当にな。口答えする者がいれば、見せしめに処分すれば済む話だ」
僕たちは陰に隠れて、声の主を確認する。ローブを羽織った男たちが笑いながら酒を飲んでいた。グラディウス公爵の派閥に属する中級貴族たちだろう。
「この国を動かしているのは“我々”だ。王族も兵士も、操るのは簡単だ」
「ゼクトとかいう融通の利かん若造も、そろそろ処分だな」
トワが柄に手をかけた。
「落ち着いて。今は情報を持ち帰るほうが大事だ」
僕が小声で諭すと、彼女は歯を食いしばって頷いた。
その帰り道、倉庫の裏手で一人の老婆がひざを抱えてうずくまっているのを見かけた。ボロをまとった手には空の籠だけが残されていた。
「息子が……病気で……。少しだけでも、分けてもらえればって……でも、門前払いされて……」
老婆の声に、僕は何も言えなかった。ただ、彼女の背中が、街全体の“現実”を象徴しているように思えた。
僕は腰の袋から金貨を一枚だけ取り出し、彼女の手のひらにそっと置いた。
「すまない……」
根本的な救いにはならないことを、僕自身が一番わかっていた。
だからこそ、その言葉が喉の奥で重く響いた。
トワは黙って歩き出し、僕もそのあとを追った。
「もう、泣かせたくないよな……こんな思いを、これ以上」
それは願いというより、誓いだった。