廃都への帰還②
今日も覗いてくださってありがとうございます。
暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。
第2節:厄災
「……失敗、か。」
低く呟いた声が、崩れゆく空間に吸い込まれた。
灰色の天蓋の奥で、ねじれた光線が幾重にも交錯している。
円形の紋章を中心に、空間そのものが波打つように揺れていた。
その中央に立つ黒衣の男――セイグラフは、崩壊する都市を見下ろしながら笑った。
笑みは静かで、どこか愉悦すら滲んでいる。
足元に広がるのは、シグムントが行った実験の残骸。
家屋は倒れ、血が飛び散り、木々を抜ける光の残滓が這っていた。
「証拠など、残しておく理由はない。
構連の犬どもが嗅ぎつける頃には、灰も残るまい。」
細い指先が宙をなぞる。幾何学の光が浮かび、幾重にも組み合わさって立体構造を形づくる。
やがてそれは、空へと伸びていく一本の塔のようになった。
――小町で行われた違法実験。その痕跡を、世界ごと焼き払うための“片付け”だ。
だが、構築された紋章はどこか不安定だった。
輪郭がわずかに揺れ、描かれた座標が――微かに、ずれた。
「……ほう。」
セイグラフの唇が、歪んだ愉悦に震える。
「座標が乱れたか。面白い。」
掌の青光がかすかに震え、空の紋章が異様な音を立てた。
それは制御不能の兆し。しかし、彼の目は恐怖ではなく、好奇で満ちていた。
「いい。むしろその方がいい。
運命の修正など、僕には不要だ。」
彼は顔を上げ、崩壊する空を見上げる。
そこには、既に巨大な“塊”が形を成していた。
真白な炎をまといながら、地上の一点を目指して落下していく。
――ただし、その地点は、予定された座標とはまるで異なる場所。
「さあ……僕を退屈させるなよ。」
彼がそう呟いた瞬間、光が弾けた。
空の裂け目が爆ぜるように拡がり、世界の音が――一瞬、途絶えた。
◆ ◆ ◆
爆風が、世界を貫いた。
空の裂け目はなおも白く光り続け、天地の境界を焼き尽くす。
風は砂を巻き上げ、木々をなぎ倒し、地平線がまるで呼吸するように震えていた。
その嵐の只中を、アトラたちは駆けていた。
視界は霞み、風音が耳鳴りのように骨へ染みる。
どこが空でどこが地か――もはや区別さえできなかった。
「――急げっ!」
ゼクトの声が風に飲まれ、断片的にしか届かない。
それでも、その声だけが彼らの羅針盤だった。
砂の丘を越え、崩れた街道を渡る。
地面は裂け、熱が足元を舐める。
空から降る光の残滓が雨のように降り注ぎ、肌を刺すたびに焦げる匂いがした。
「これ……本当に、世界なの?」
トワが息を切らしながら呟いた。
声には怯えよりも、確かめるような響きがあった。
「世界が…壊れちゃうよ!」
リウネの言葉は、風に溶けた。
その瞳には、光の反射よりも深い“痛み”が宿っていた。
アトラは前を見据えたまま、唇を固く結ぶ。
言葉を発すれば、何かが壊れそうな気がしてならなかった。
胸の奥で何かが軋んでいる。
あの空の中心――あの裂け目の向こうに、答えがある。
そう、直感が叫んでいた。
丘を越えると、眼下に“それ”が見えた。
かつての廃都――フォグニール。
都市の骨組みは露わになり、崩壊した塔の影がゆらめいていた。
街全体が、まるで巨大な心臓のように脈動している。
空の裂け目から伸びた光の帯が、廃都の中心へと吸い込まれていく。
まるで“導かれている”かのように。
「走れッ!」
ゼクトの怒声と同時に、地面が沈んだ。
古びた石橋が音を立てて崩れ、土煙が爆ぜる。
「トワ!」
アトラは反射的に彼女の腕を掴んだ。
転移の光が瞬き、二人の姿が瓦礫の向こうへ跳ぶ。
直後、丘全体が崩れ落ち、雷鳴のような音が大地を裂いた。
「……っ、間一髪だな。」
ゼクトが額の汗を拭いながら、息を荒げた。
だが、トワはすぐに立ち上がり、崩壊した地平を見つめる。
「まだよ!あの光の下に……何かがある。」
その声には、かすかな震えと、それを覆う強さがあった。
エリシアが頷く。「ええ。あれは……“落下”の痕。間違いありませんわ。」
リウネは唇を噛みしめた。
「誰かが……まだ間に合うよ。」
その一言に、アトラの胸が跳ねた。
呼ばれている――
あの光に。あの空の裂け目に。
確かに、あの瞬間、自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした。
「……行こう。」
アトラが低く呟く。
「行って、確かめる。あれが……何なのか。」
「アトラ……」
トワが手を伸ばしかけたが、すぐに拳を握りしめる。
彼の背中が決意に満ちていることを、誰よりも知っていたからだ。
「わたくしたちも行きますわ。」
エリシアの瞳は強く輝いた。
「この世界がどうなろうと、あなたひとりでは行かせません。」
ゼクトが笑う。「当然だ。全員で終わらせる。」
リウネが短く頷く。「……うん。全員で。」
吹き荒れる風が再び強まり、地平の向こうで閃光が走った。
その光の中に、何か巨大な影が見えた気がした。
それが“隕石”か“装置”か――誰にもわからない。
だが、確かに何かが落ちたのだ。
世界を変えるほどの“何か”が。
アトラは裂けゆく空を見上げた。
白光が頬を照らし、汗と砂が混ざり合って流れ落ちる。
胸の奥に焼けつくような焦燥が広がる。
「……待ってろ。」
かすれた声が、風に消えた。
けれど、その言葉は確かに“誓い”だった。
どこか遠く、空の奥でまだ誰かが笑っている気がした。
世界を俯瞰するような、冷たい笑い。
セイグラフの声が、かすかに響いた。
「――さあ、始めようか。運命の“再構築”を。」
アトラは、振り返らなかった。
仲間たちの足音が背後に続く。
光の降り注ぐ大地へと――
彼らは、全力で駆け出した。
――そして、物語は“再構成”の幕を開ける。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




