廃都への帰還①
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第1節:空の裂け目
空が――裂けた。
誰も言葉を発する暇もなかった。
昼とも夜ともつかぬ蒼白の光が、一瞬で世界を呑み込む。
雲が千切れ、風が反転し、地平が淡く滲む。
その中心に、円形の紋章が浮かび上がった。
幾何学的な文様が脈打つように光を放ち、まるで空そのものが呼吸しているかのようだった。
「……なんだ、あれは……」
ゼクトが呟く。声というより、漏れた息に近い。
アトラは応じない。
目を細め、光の中心を凝視していた。
――あれは、間違いなくコードだ。だが、見たことがない。
円環が自律的に回転し、数式のような文字列を生み出している。
それはたしかに“発動”している。けれど、誰が?
紋章はゆっくりと回転し、次第に中心から黒い影が伸びていく。
光を喰らいながら、空の色を奪っていく。
「嫌な……感じ。」
トワの声が震えた。
その震えが、空気ごと伝わってくる。
次の瞬間、世界を裂くような轟音が落ちた。
空が破裂し、巨大な塊が現れる。
「……どうなってんだ……」
誰の声かも分からなかった。
それは隕石――否、形を保ちながらもどこか“異質”な物体だった。
焦げた金属、融解した鉱石。
その表面を、無数の符号が這うように走る。
理解不能な、世界の理そのものをねじ曲げる“異質”の存在。
「……あれ、落ちるの……?」
トワの声はかすれ、言葉の途中で掠れた。
ゼクトが剣を構えたが、それがどれほど無意味か本人も分かっている。
「アトラ、どうする! あんなもん落ちたら、一つの街が吹き飛ぶぞ!」
「わかってる!」
アトラの返答は早かったが、焦りを隠せていない。
額に汗が滲む。
あれはただの落下物ではない――明らかに誰かの手によって“干渉”されている。
自由落下の軌道を描いていないことを見れば、火を見るより明らかだった。
落下軌道が不規則に揺らいでいる。質量が変動しているのだ。
まるで、落ちる“瞬間”そのものを試しているかのように。
アトラは両手を掲げ、力を流した。
「“いち”」
空間がわずかに波打つ――だが、直後に弾けた。
数値は拒絶され、文字列が空中で散り、ノイズのように消える。
「……物体の質量が規定外。クソ……」
アトラは歯を食いしばる。
「なら、少しずつでも――!」
「アトラ!」
トワが叫ぶ。
「落ちてくるの、早すぎる! 間に合わない!」
上空から焦げた風が降り注ぐ。
稲妻が走り、空を焼く。
耳鳴りのような低音が絶えず鳴り響いていた。
ゼクトが振り向いた。
「もう、見てるしかないのか……」
アトラは何も答えない。
ただ、瞳の奥にはまだ戦う光があった。
「瓦礫を転移させる。ぶつけて軌道をずらす……!」
「なにっ……!?」
「成功率は低い。でも、やらなきゃ全員終わる!」
アトラは地を踏みしめ、虚空に指を走らせた。
数列と構文が空気に刻まれ、光の線となって結ばれていく。
ゼクトとトワは息を呑み、見守ることしかできない。
「……“いち”!」
地鳴り。
山肌に埋もれた巨大な岩塊が淡く光る。
それらがアトラの意志に呼応するように消失した。
瞬間、空にきらめき――そして現れる。
だが、位置がわずかに遅れた。
巨大な塊は既に通過しており、瓦礫は虚空を切る。
「……っ!」
アトラの肩が震える。
「アトラ!!」
トワが叫ぶ。
「もう一度よ!」
彼は構文を再び描き始めた。
呼吸が荒い。指先が震えている。
限界に近い集中で、文字が滲み、血のような光を帯びる。
「“いち”!!!」
轟音が、空間そのものを引き裂いた。
巨大な衝突。
二つの巨塊が空でぶつかり合い、閃光が爆ぜる。
視界が一瞬で白く染まった。
音も、感覚も、すべてが途絶える。
……時間が、止まった。
次に目を開けたとき、アトラの足元は揺れていた。
耳鳴り。焼けた金属の臭い。
空を見上げると、巨大な塊は――半分になっていた。
「……やった……のか?」
ゼクトの声が震える。
だが、アトラは顔を上げたまま動かない。
瞳の奥で、光が揺れる。
破砕されたもう半分は海へ向かっている。
しかし、残りの片方が、ゆっくりと――確実に――地表へ落ちていた。
「クソッ!!」
拳を地に叩きつける。
トワが青ざめた顔で言った。
「落下位置……あの方角……」
次の瞬間、大地が揺れた。
地平線の向こうに、黒い光柱が立ち上る。
音もなく、それでも全てを震わせるほどに。
アトラは唇を噛みしめた。
「あれは、ただの衝突じゃない。誰かが、“落とした”んだ。」
沈黙。
仲間たちが互いに視線を交わす。
恐怖と、確信。
ゼクトが叫ぶ。
「全員、準備しろ! “ちから”のグリフ、全開! 落下地点へ向かう!」
「了解!」
トワが頷き、両腕を構える。
淡い光がグリフから溢れ、地面を走った。
アトラは息を整える。
まだ終わっていない。
「行くぞ。」
雷鳴が轟く。
彼らは走り出した。
裂けた空の下、黒い光柱の方角へ――。
そして、誰も知らなかった。
その裂け目が、NOMAの頂点――セイグラフによるものだということを。
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