第六章 仲間と本音10
今日も覗いてくださってありがとうございます。
暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。
第10節 「猫と秘密と、旅立ち前」
旅立ちの朝は、にわかに騒がしかった。
荷造りは昨晩のうちにほとんど終わっていたはずなのに、最終確認が思いのほか時間を食っている。テーブルの上にはまだ整理しきれていない小物や包みが並び、ゼクトは腰に剣を吊るしながらも片手で干し肉の束を掴み、トワは肩にかけたバッグの中を何度も覗き込んでいた。
「ねえ、アトラ。買い忘れとか、ないよね?」
「……たぶん」
「“たぶん”ってなに!」
慌てて荷物に手を伸ばそうとする僕を、ゼクトが軽く肩で押しとどめる。
「ま、外に出りゃ思い出すって。せっかくだし、一周してから出発でもいいだろ」
「それ、めんどくさがってるだけじゃないの……」
エリシアが呆れたように溜息をつくと、リウネが「にゃっ」と短く鳴き、しっぽを立てて玄関へ向かった。
⸻
外に出ると、日差しはやわらかく、風は心地よい。空は高く澄み、雲がゆっくりと流れている。旅立ちの日だというのに、空気は妙に穏やかで、焦りを削ぐような静けさがあった。
石畳を歩く靴音が、一定のリズムで響く。道端の屋台からは焼き菓子の甘い香りが漂い、顔なじみの店主が手を振ってくる。僕は軽く会釈を返しながら、荷物の重みを確かめた。
ふと角を曲がったときだった。
「お、アトラ」
ゼクトが急に立ち止まり、視線で前方を示す。
「猫、猫だぞ。見ろよ、あの店の窓際」
見慣れた飯屋の窓際に、例のふわふわがちょこんと座っていた。黄金色の毛並みを陽にきらめかせ、耳をぴくぴくと動かしながら、こちらをじっと見つめている。
ゼクトがにやりと笑って言った。
「ほら、念願の猫ちゃんだぞ。撫でさせてもらってこいよ。しばらく来れないかもしれないしな」
思わず足を止めた僕に、トワが明るく笑いかける。
「せっかくだし、触っていけば? 可愛かったもんね、前」
「うん。ついでにご飯も食べよっか?」
エリシアがさらりと言うと、リウネも「にゃっ、異議なし!」と声を上げる。
……やけに、みんなノリノリだな。
僕はゆっくりと振り返った。
「ねえ、もしかしてさ……」
4人が一斉にこちらを見る。
「……“おもいのグリフ”、使ってた?」
沈黙。
風が通りすぎる音だけが耳に残る。
「……」
「……」
「…………」
ゼクトが口を開きかけた瞬間、僕は低い声で告げた。
「“おもいのグリフ”の悪用は禁止です」
その言葉に、4人の顔が一斉にこわばる。
「ち、違うんだってアトラ! これはその……」
「善意による情報共有で!」
「“悪用”ではないにゃ!」
「ほら、プレゼント渡すタイミング見計らうための……」
「言い訳禁止」
ぴしゃりと切ると、4人とも口を閉ざした。
……でも、唇の端が、どうしても持ち上がってしまう。
「……次は、撫でさせてもらおうかな。あの猫」
その一言で、4人の顔がぱっと明るくなる。
「決まりだな! 入ろうぜ!」
「うん。パンはさすがに飽きたしね」
「にゃふふ、あたたかいスープが飲みたいにゃ」
「……おもいのグリフの話は、あとでちゃんと反省会ね」
そんなやりとりを交わしながら、僕たちは自然と足をそろえて店の中へ向かった。
⸻
扉を押すと、木の香りと香ばしいスープの匂いが鼻をくすぐる。窓際では、さっきの猫が器用に前足を舐め、背を丸めて毛づくろいをしていた。
僕は足を止め、ほんの少しだけ息を吸う。撫でたい。ふわふわに触れたい。でも、逃げられるのは嫌だ――そんな葛藤が、胸の奥でくすぶる。
視界の端で、ゼクトたちが僕の様子をちらちらと見ているのが分かった。
きっと、この時間すらも、彼らにとっては“楽しみ”の一部なのだろう。
――まあ、反省会は、猫を撫でてからでも遅くないか。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




