第六章 仲間と本音⑧
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第8節 「静かな棘」
翌朝。目を覚ましたとき、部屋には僕ひとりしかいなかった。
薄いカーテン越しに、柔らかい朝の光が差し込んでいる。寝台のシーツはまだぬくもりを残していたけれど、隣のベッドはすでに冷えている。枕元に置かれた水差しも減っていて、誰かが支度の合間に飲んだのだろう。
ゼクトたちは、もう出てしまったらしい。
昨日の夜――寝入りばなに、足音のような気配を感じた気がする。重く沈んだ空気を、そっと押し分けるような微かな動き。でも、声は聞こえなかった。僕に気づかれないようにしていたのか、それともただ静かに出ていっただけなのか……。
僕の知らない何かが進んでいる。そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。息が浅くなった。
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食堂に降りると、ちょうどトワたちがテーブルに集まったところだった。木のテーブルの上には湯気の立つスープと焼きたてのパン。ハーブの香りが鼻をくすぐる。
「おはよう、アトラ!」
「ほら、席空けてるよ」
エリシアとリウネが、いつも通りの調子で声をかけてくる。その明るさに、少しだけ肩の力が抜けた。
「……おはよう」
席に着くと、スープの湯気がゆらゆらと揺れた。心地いい香りなのに、手にしたスプーンは思った以上に重い。金属の感触が冷たく、指先から腕にまでその冷たさがじわりと広がる。
「昨日さ……体調、大丈夫だった?」
僕の顔を覗き込むように、トワが聞いてくる。
「うん。大丈夫」
できるだけ淡々と答える。視線はスープの中。浮かぶ具材を追うふりをしながら、喉の奥に引っかかった言葉を押し込む。
――気づかれてない。たぶん、夢のことも。本音のことも。
でも、どうしてだろう。彼女たちの笑顔を見るたび、胸の奥が少しだけちくりと痛む。まるで、僕だけ違う場所に立っているみたいに。
(……なんで、こんなに気にしてるんだろ)
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食事が終わって、片づけをしていたときだった。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
ゼクトが背中を向けて言った。軽い調子。けれど、その立ち上がり方は妙にきっぱりしている。
「私も。今日は気になるお店があって……」
「リウも、ちょっとだけ用があるの」
「私もあとで合流するわ」
まるで合図を合わせたかのように、次々と出ていく4人の姿。
「そっか。行ってらっしゃい」
笑顔を作ったつもりだった。けれど、声が少し上ずった。耳の奥に、自分の声が不自然に響く。
――誰も、僕を誘わなかった。
別に誘われる必要はない。僕はもともとひとりで動くのが嫌いじゃない。むしろ楽だと思っている。それなのに、今回は妙に胸の奥がざわつく。
(……なんだよ、これ)
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午後。商店街を歩いても、広場をぶらついても、4人の姿はどこにもなかった。魔道具屋の前も、露店の通りも、顔なじみの食堂の前も――すべて、空っぽだ。
日差しが傾き、影が長く伸びていく。人混みのざわめきが遠くに聞こえる中、僕はただ、すれ違う人々の顔を無意識に探していた。
結局、宿に戻っても、部屋は静まり返っていた。窓から差し込む光は橙色に変わり、壁の影がゆっくりと伸びていく。
一人分だけの景色って、こんなに音が薄いんだっけ。
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夜になっても、空気は変わらなかった。
夕飯の時間になると、4人は何事もなかったように戻ってきた。ゼクトは軽口を叩き、トワは食堂の女将と世間話をしている。エリシアは静かにスープをかき混ぜ、リウネはパンをちぎっては口に運んでいた。
けれど、その間に僕の名前は一度も出なかった。
話題がなかったわけじゃない。ただ、そこに“僕”が混じらなかっただけだ。
食後、僕は早めに布団に入った。
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……その少しあと。
薄く意識が残る中、気配を感じた。足音はほとんどなく、空気のわずかな動きだけが伝わってくる。ひとり、またひとりと部屋を抜けていくような感覚。
扉の開閉音は聞こえない。息を潜め、慎重に動いているのがわかる。
――僕を起こさないため?
それとも、僕に知られたくないから?
毛布の中で目を閉じながら、耳の奥に自分の鼓動がうるさく響く。
(……避けられてる?)
考えすぎだ。そう言い聞かせる。けれど、その言葉は今夜に限ってやけに軽くて、頼りなくて、すぐに胸の奥で崩れてしまった。
暗闇の中、僕の中に沈んだ棘は、まだそこにあった。
抜ける気配は、なかった。
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