第六章 仲間と本音⑦
今日も覗いてくださってありがとうございます。
暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。
第7節 「静かな軋み」
朝の食堂は、焼きたてのパンの香ばしい匂いで満たされていた。
木のテーブルに射し込む光はやわらかく、カップの水面を揺らしている。
「ほら、アトラも食えよ。今日のパン、当たりだったぞ」
ゼクトが笑いながら皿を差し出す。トワは自然な手つきで僕の前に水差しを置き、エリシアは黙ってスープにハーブを散らす。リウネはテーブルの端で、しっぽを小さく揺らしていた。
特別な会話はない。この間のことにも、誰も触れない。
けれど、不思議と胸が緩む。普段と同じ朝――そう思える空気が、ここにはあった。
「さて……ちょっと出かけてくるわ」
皿を片づけながら、ゼクトがぽつりとつぶやいた。
「私も。薬草の補充、しておきたいし」
エリシアが立ち上がる。トワも「あたしも一緒に行く」と言い、リウネはそれに合わせるように肩へぴょんと飛び乗った。
「じゃ、またあとでな」
ゼクトの軽い声と共に、4人は連れ立って宿を出ていった。
あまりに自然な流れで、僕はただ「いってらっしゃい」と言葉を返した。
そして、ふと気づく。
(……同じタイミング、だったな)
たまたまだろう。そう思い直して、コップの水を一口含む。
冷たさが喉を通る感覚が、やけにくっきりと残った。
⸻
昼、街を歩いても、誰の姿も見かけなかった。
広場では露店の呼び込みが声を張り上げ、パン屋からは湯気の立つ籠が運び出されている。
魔道具屋では見慣れた老店主が、客に笑顔で小瓶を渡していた。
でも、そこに4人の姿はない。
露店街を抜け、港まで足を運んでみた。
帆の向こうに光る水面がきらきらと目に入る。潮の匂いが鼻をくすぐる。
それでも、やっぱり――見つからない。
(……別に、探してるわけじゃない)
そう心の中でつぶやきながらも、気づけば視線は人混みの向こうを探していた。
宿に戻っても、部屋は空っぽだった。
ベッドの上にはたたまれた毛布がきれいに置かれ、机の上の紙束は朝のまま。
誰かが帰ってくる気配もない。
⸻
夕暮れの食堂で、僕はひとり席に着いた。
窓の外では西日が石畳を赤く染め、客の影を長く引き延ばしている。
パンと野菜スープを口に運ぶ。
咀嚼の音と、遠くのテーブルから聞こえる笑い声だけが、やけに耳に残った。
静かすぎる空間に、時折、心がざわつく。
でも、胸にわきあがるものを、言葉にはしなかった。
そんなはず、ないだろう――と、自分に言い聞かせる。
⸻
夜。宿に戻ると、4人の姿があった。
まるで何もなかったかのように。
「おかえり」
僕が声をかけると、ゼクトが振り返って「おう」と軽く手を挙げた。
「ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった」
トワが苦笑いする。
エリシアは僕の手の中の空の水差しに目をやり、静かに別のものを持ってきてくれた。
リウネはその足元で小さくあくびをしている。
まるで、いつも通りのやりとり。
それを僕も、いつも通りに受け取った。
言わなかった。聞かなかった。
誰も嘘をついていないのは、分かっている。
けれど、心のどこかで、何かが小さく軋んでいた。
温かさと同じくらい、ひやりとした感触が、確かに残っていた。
⸻
早めにベッドに潜ったあとも、目はなかなか閉じなかった。
窓の外では、夜風が看板を揺らす小さな音がする。
空気の流れが変わる。気配で分かる。
ひとつ、ふたつ。
布の擦れる音と、床板のわずかな軋み。
音を立てないように、誰かが部屋を出ていく。
(……みんな、何してるんだろう)
天井を見つめたまま、小さく息を吐いた。
訊くべきじゃない。そう決めているのに。
胸の奥に、じんわりと冷たい水が溜まっていく。
足先からじわじわと冷えるような感覚が、毛布越しに広がる。
明るい声も、優しい気遣いも、全部“変わらない”のに。
それが、逆に不安だった。
(……避けられてるのかな、僕)
そう思ってしまった時点で、何かがズレてしまった気がした。
そのズレが、眠りにつくまでのあいだ、胸の中で何度も響いた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




