第六章 仲間と本音⑤
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第五節 「影の夢、光の約束」
翌朝の食堂は、焼きたてのパンとハーブの香りで満たされていた。
小ぶりの窓から差し込む光が、湯気の立つテーブルを柔らかく照らしている。
「ほら、あったかいうちに食えよ」
ゼクトが、パンの皿をこちらに押し出してくる。バターの香りと、香草を練り込んだチーズ入りのスープが並ぶ。
炒め野菜の彩りまで鮮やかで、誰がどう見ても“いい朝”の光景だった。
「……ありがと」
手を伸ばしながら、僕は無意識に視線を落としていた。
みんなは何もなかったかのように振る舞っている。笑いも、いつもの調子だ。
けれど、僕だけは、いつもより鼓動がわずかに速い。
スプーンを持ち上げた瞬間――思い出したくないのに、瞼の裏にあの光景が浮かんだ。
赤黒く染まった夕焼け。湿った石畳。
耳に刺さる怒鳴り声。尖った言葉。
そして、最後に聞こえたあの声。
『テメェ、いつまで良い子ちゃんしてんだよ! お前みたいなやつがいると、全部壊れるんだよ……!!』
喉の奥に、冷たい塊が落ちてくる。
手の中のスプーンが、かすかに震えた。
「……アトラ?」
トワが、ほんのわずかに身を乗り出してくる。
心配そうな目だ。
「え? ああ……なんでもない」
ぎこちなく笑い、口元を誤魔化すようにスープをすする。
けれど、温かさも味も、まったく感じなかった。
誰も何も言わなかった。
けれど、静かな視線だけが僕に向けられているのを感じた。
優しい目。気づかいのこもった沈黙。
……なのに、胸の奥は、ざわざわと落ち着かない。
「……ごちそうさま」
自然と、言葉が口をついて出ていた。
ゼクトが何か言いかけた気がしたけれど、それを聞かずに僕は席を立った。
⸻
その後、食堂のテーブルには、三人と一匹だけが残された。
カップに残るハーブティーから、薄い湯気がゆらゆらと揺れている。
「……見たよね、今の夢」
トワが、そっと呟いた。
声は低く、わずかに震えていた。
エリシアは目を伏せたまま、パンに手を伸ばそうともしない。
「殺される夢。しかも……誰かに怒鳴られてた。アトラ、何かを“壊してる”って……」
「夢って……深層心理が出るって言うじゃないか」
ゼクトが腕を組み、眉間にしわを寄せる。
「ってことは、あいつ……」
「“本音を言ったことで、嫌われるんじゃないか”って、不安に思ってる?」
リウネの声は、どこか冷静に聞こえるが、しっぽの動きは落ち着きなく揺れていた。
「昨日、自分のこと“自己中”って言ってたじゃない?」
トワが視線を落とす。
あのときのアトラの顔を、脳裏に思い浮かべながら。
「でもあれって、裏を返せば……“本当の自分は受け入れられないかもしれない”って、怖がってたんじゃないかな」
「……あの夢、ただの悪夢じゃなかったのかもな」
ゼクトが低く言い、テーブルの上を見つめた。
その場に、しばし沈黙が落ちる。
朝の喧騒の中で、このテーブルだけが、ぽつんと取り残されたように静かだった。
「だったら……返してあげたい」
ぽつりと、トワが口を開いた。
「返す……?」
ゼクトが眉をあげると、トワはまっすぐ前を見つめたまま言った。
「アトラがくれた言葉。あの夜、私たちを想って話してくれた“自己中”の理由。それが、どれだけ優しいか……ちゃんと伝えたい」
エリシアがゆっくりと頷く。
その瞳には、強い光が宿っていた。
「形にするのはどうかしら。……プレゼントを贈る、とか」
「うん……いいな、それ」
ゼクトが口元を少し緩めた。
「アイツが“嫌われた”なんて思わなくて済むように、ちゃんと残る形にしよう」
「にゃ。賛成にゃ」
リウネがしっぽを高く掲げて応じる。
四人の視線が、空になったアトラの席へと集まる。
そこに座っていた姿を思い浮かべながら、それぞれが心の中で同じことを決意していた。
——あの優しさを、優しさだと伝えるために。
——あの夢の影を、現実の光で塗り替えるために。
四人は静かに頷き合った。
食堂の喧騒の片隅で、その意志だけが、確かな熱を帯びていた。
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