第六章 仲間と本音③
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第3節「覗かれた本音」
フィリナの森に戻って三日目。昼下がりの空気は少し重たく、けれど街道沿いには穏やかな静けさが流れていた。
この街には、どうやら猫が多いらしい。気づけば、石畳の道端や、商店の軒先、窓辺や塀の上で、その姿を見かける。
日差しに照らされた毛並みがきらきらと光り、しなやかな影が伸びては、また風の中に溶けていく。
「アトラ、見て! 猫!」
リウネの弾む声に、僕の足がぴたりと止まった。
木造の屋根の上、白と黒のまだら模様を持つ猫が、気だるそうにあくびをしていた。
その仕草一つ一つが、妙にゆったりとしていて、世界の速度が少し遅くなったように見える。
ふわふわで愛らしい姿が、否応なく目を奪う。
(いい……すごく、かわいい……)
しなやかな尻尾がふわりと揺れ、前足をぺろぺろと舐めている。
舌先が小さく動くたび、陽の光を受けて毛がふわっと浮かび上がる。
(君も、かわいい顔してるな……耳の後ろ、きっとふわふわだ……いや、あの前足の肉球も……絶対やわらかい)
本当は視線を逸らして通り過ぎるつもりだった。けれど、気づけば足が止まっていた。
ほんの一歩踏み出そうとした足が、なぜか前に進まない。
その可愛さに、心も体も少しだけ縛られてしまったようだった。
⸻
一歩後ろで、ゼクトが仲間たちに目配せをした。
それだけで、三人と一匹が何かを察する。
静かに、誰ともなく“コード”を展開する音が、空気の中にふわりと漂った。
──おもいのグリフ。
ゼクトの視界に流れ込んできたのは、僕の“本音”だった。
(……かわいい。かわいすぎる……なにあれ、猫界の奇跡? ちょっと尻尾揺れるのやめて……心臓に悪い……)
(うわ、今あくびした……口の中ピンク……かわ……かっ……ふー、呼吸整えて……あの手、触ったら絶対離せなくなる……)
ゼクトはコードを切らぬまま、そっと隣を見る。
トワが、ほんの少し声を漏らしていた。
「……か、かわ……い……」
両手を胸の前で握りしめ、目をうるうるさせている。
それは猫に向けた反応というより、明らかにアトラに対するデレだった。
ゼクトはこっそり笑いをこらえる。
その横で、エリシアが口元を押さえ、リウネはしっぽをぶんぶんと振ってぷるぷる震えている。
「……この反応、初めて見た」
ゼクトが小声でつぶやくと、エリシアが頷いた。
「まさか……あんなに無表情で……こんなにも、心の中で……」
僕の背中が、ふいにわずかに揺れた。
「……撫でたい……っ」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で吐き出したつもりだった。
だが、それを聞いた仲間たちは一斉に肩を震わせる。
ゼクトは、思わず口元を押さえた。
(こいつ、マジでやべぇ……)
かわいいとか、無表情とか、そういう言葉を飛び越えて。
僕の心は、あまりにも純粋で、もう“ずるい”の域に達していた。
「……切れ。これ以上は……ダメだ……尊死する」
ゼクトがコードを解除すると、全員が一斉に肩の力を抜いた。
「まさか、こんなに……心の声って可愛いものなのね」
エリシアがぽつりと呟き、トワはまだ胸に手を当てたまま、頬を赤くしている。
「アトラ、あんなに……感情あったんだ……」
「うん。知れば知るほど……すごい」
リウネの小さな声に、誰もが頷いた。
⸻
一方の僕は、そんなこととは知らず、猫のいる屋根を一瞥したあと、ようやくその場を離れた。
(……ふう、耐えた)
けれど、歩きながら、自分の頬が少しだけ熱い気がした。
誰にも気づかれてないよな……と、心の中でつぶやきながら、僕はいつものように黙って歩き続けた。
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