第五章 揺れる天秤12
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第12節【目覚めと再結束】
翌日、一行は野営地からほど近い場所で、使われていない古びた宿屋を見つけた。
屋根は崩れかけ、調度品には埃が積もっていたが、雨風をしのぐには十分だった。
ゼクトは、宿のベッドに横たわったまま、目を覚まさなかった。
彼の胸元には、ひとつの大きなシールが貼られている。表面には、淡く輝く複雑な構造式。
それは、治癒を加速するコードが織り込まれた他国製の高級品――
“万が一”のためにアトラが保管していた、滅多に出回らないものだった。
傍らでは、誰もが彼の呼吸に耳を澄ませ、ただ静かに回復を待っていた。
ゼクトは目を覚まさぬまま、三日が経った。
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そして四日目の朝――
差し込む朝日に照らされながら、ゼクトのまぶたがゆっくりと開いた。
「……っ、ここ……は……」
起き上がろうとした瞬間、胸に重みを感じる。
そこには、眠っていたはずのエリシアが、今にも泣き出しそうな顔で座っていた。
「ゼクト……! 本当に……よかった……!」
目を開けた彼に、涙をこぼしながら抱きつく。
声を押し殺して泣くその姿に、ゼクトは戸惑った。
「なんだよ……お前……鼻水……ってか、顔くっつけんな!汚ねぇ! 離れろ!」
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リウネが泣きながらクスクス笑い、トワも口元を緩める。
アトラは、窓際で静かにその光景を見つめていた。
「……生きててくれて、よかった」
その一言に、皆が頷いた。
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アトラが近づき、ゼクトの胸に貼られたでかいシールを見て呟いた。
「そのシール、治癒速度を数倍に引き上げるって聞いてたけど……効いたみたいでよかった」
ゼクトはぽかんとそのシールを見つめ――青ざめた。
「ちょ、これ……マジのやつじゃねえか……!
俺が高すぎて買うの断念したやつ……なんで使ったんだよ!
これ、宿屋百泊以上だぞ!? マジで!? まてよ...再利用できないか!?」
慌ててシールを綺麗に剥がそうとするゼクトに、三日ぶりの笑い声がこだました。
ゼクトの額にはまだ汗が滲んでいたが、皆の表情はどこか柔らかかった。
笑いの余韻が静かに消えていく中、アトラが口を開いた。
「……午後、ロビーに集まってくれ」
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アトラは宿のロビーに皆を集めた。
ゼクトはまだ多少ふらついていたが、立っているだけでも十分な回復だった。
アトラがゆっくりと口を開く。
「……俺から、話がある」
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皆が真剣に耳を傾ける中、アトラは続けた。
「俺たちは、命を落としかけた。……次に同じことが起きたら、守れないかもしれない」
言葉に重みが宿る。
「だから、みんなに頼みたい。――正式に、俺と“契約”してほしい。
命を預け合う関係になる。見返りは……ないかもしれない。でも、それでもついてきてくれたら、嬉しい」
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静寂のあと、最初に口を開いたのはトワだった。
「……愚問ね。あなたが言わなくても、私はとっくにそう思ってたわ」
ゼクトが腕を組んでうなずく。
「おう、俺もだ。なんかいろいろムカつくけど、まぁ信用してるぜ」
リウネがふわりと微笑む。
「僕も。……前に進みたいから」
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エリシアだけが、うつむいていた。
彼女は小さく呟く。
「私は……弱いです。誰かを守るどころか、守られてばかりで……」
その声を、ゼクトが遮った。
「弱いのは全員だ。……でも、弱さを言い訳にして立ち止まるのは、もっと弱い」
まっすぐな言葉に、エリシアの目が揺れる。
「お前が俺たちと別の道を行くなら止めねぇ。でも“足手纏いだから”って思ってるなら、そこは違う」
エリシアは唇を噛み、涙ながらに言った。
「……一緒にいても、いいですか...?」
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「もちろんだよ」
アトラの言葉に、皆が笑顔を見せた。
その夜――
焚き火の音が、静かに夜の静寂を刻んでいた。
誰も言葉を発さず、ただアトラを見つめている。
アトラは火を見つめたまま、そっと手をかざした。
その指先に、淡い光が集まりはじめる。
「……みんなに、受け取ってほしい」
「これは……信頼とか、お礼とか――うまく言えないけど、形にしたかったんだ」
火の揺らめきとともに、光が静かに編まれていく。
コードが構築され、空気の中に淡く浮かび上がっていった。
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最初に、トワの胸元に紋章が現れる。
天秤の形。その支柱には、「Ⅰ」の数字が刻まれていた。
続いて、ゼクトの左手の中指に「Ⅱ」、
エリシアの右の腰に「Ⅲ」、
リウネの耳の下に「Ⅳ」。
それぞれが、番号付きの天秤の紋章を得た。
アトラの紋章には、数字は刻まれていなかった。
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「これで、ようやく準備が整った」
アトラがそう告げると、全員が深く頷いた。
“仲間”としての、新たな一歩が始まろうとしていた。
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