第五章 揺れる天秤11
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第11節【記憶と裁き】
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シグムントは血まみれの地面に崩れ落ちていた。
左手の義肢はボロボロに砕け、右腕は殴打で折れ、右足もすでに踏ん張る力を失っている。
それでも彼は、口元から血を滲ませ、何度も咳き込みながらも――なお、生きていた。
アトラが、無言でその前に立つ。
「……た、たすけてくれ……!」
途端にシグムントの声が裏返る。
顔を地面に擦りつけるようにして、命乞いを始めた。
「全部、話す……!俺は……命令されただけなんだ……!ボスから、コードを渡されて……その通りに、やっただけなんだ……!」
涙と鼻水と血が混じり、声は震えていた。
それでもアトラは、ただ静かに立っていた。
その瞳に、怒りも憎しみも浮かんでいないように見えた。
シグムントは、安堵したように笑った。
「そうだ、それでいい。やっと分かってくれたんだな……!」
にじむような笑みを浮かべながら、震える手をゆっくりと伸ばす――
だが、アトラはその場から一歩も動かず、ただ低く呟いた。
「……これが、感情ってやつだよ」
「痛くて、苦しくて、どうしようもなくて――でも、それでも、生きてる証だ」
シグムントの笑みが凍りつく。
その目に、はじめて本物の“痛み”が宿った。
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アトラの目は冷え切っていた。
「……記憶、見せてもらった」
呆然としたシグムントが、がくがくと震える。
「コードを渡されたのは本当だ。だが、お前は……楽しんでいた」
声は静かだった。
「適合率の低い子どもを、“処理”と称して切り刻んだ。
無表情の人間を笑いながら並べた。
泣き叫ぶ声を、記録して聞き返していた。
――全部、見た」
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シグムントはうめき声を漏らしながら、なお這いずって逃げようとする。
だがその体はもう、動くこともままならない。
アトラが剣を抜く。
その刃先に、月光が一筋差し込む。
「お前の言葉に、価値はない」
そう言って、静かにその首を刎ねた。
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血が、静かに土を染めていく。
その匂いも、音も、アトラの表情を一切揺らさない。
彼はただ、その場に立ち尽くしていた。
まるで――何かを、終わらせるためだけに生きているかのように。
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やがて、トワとリウネが駆け寄ってくる。
「アトラ……大丈夫?」
「……ああ」
短く答えてから、ハッと顔を上げる。
「ゼクト!」
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駆け寄った先では、ゼクトがなお意識を失っている。
エリシアが彼に寄り添いながら、泣きそうな顔で見つめていた。
そこには、アトラによく似た姿がすでに膝をつき、
手際よくゼクトの傷に包帯を巻き、薬草を当てていた。
――幻影のアトラ。
本物さながらに、淡々と処置を進めていく姿に、誰も言葉を失っていた。
呼吸は浅いが、まだ間に合う――
「急げ、ここに野営地を設営する。リウネ、あの平地を確保してくれ!」
「わかったよ!」
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火を起こし、寝具を敷き、食料の整理を終えた頃には、夜が深く落ちていた。
トワは深く黙ったまま、炎を見つめている。
リウネは静かにゼクトの呼吸を確認していた。
エリシアは、俯いたまま動かない。
アトラが、ぽつりと口を開く。
「……すまない。俺の判断で、みんなをこんな危険に巻き込んだ」
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トワがゆっくり顔を上げる。
「違うわ。私たちは、分かってて、あなたと一緒にいる。……でも、悔しいの」
その言葉に、エリシアが小さく肩を震わせた。
アトラは、焚き火の揺れる光の中で、皆の顔を見つめた。
「……誰も、置いていかない。必ず」
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