第二章 躯素の誓い②
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第二節:腐敗の現場
ノルディアの街を歩くアトラとトワの足取りは、徐々に重くなっていった。
整然とした石造りの街並みは、外見こそ秩序を保っていたが、その内側には異質なものが渦巻いていた。
広場では貴族たちが見下すように民をあしらい、露店の前では兵士が品を横取りし、対価すら払わずに立ち去る。
「ひどいな……」
トワが呟く。その目は強張り、拳はわずかに震えていた。
アトラも黙って頷いた。道端にうずくまる老女のそばを、誰一人として目もくれず通り過ぎていく。
この街では、秩序が“静かな暴力”として機能していた。
そんなときだった。
「や、やめて……それ、落ちただけで!」
市場の端で叫び声が上がった。
駆け寄ると、小さな少年が兵士に腕を捻り上げられていた。足元には地面に転がった果物が数個。
「盗んだだろうが!見てたんだよ、俺は!」
「違う!本当に……!」
振りかぶられた拳が振り下ろされる、その直前──
「待て!」
鋭く通った声が広場に響いた。
兵士の腕をがっしりと掴んで止めたのは、屈強な青年だった。髪は短く、鋭い眼光。鋼のように鍛えられた体。
その男は、ただ静かに兵士を睨みつけた。
「それは“拾った”んだろう。目撃証言は、正確に。」
「て、てめぇ……誰に口きいてるか分かって──」
「名乗るつもりはない。が……この子に手を挙げるなら、先に俺を斬れ」
男の目に、揺るぎはなかった。
その一喝に、周囲の兵士も騒ぎを静めていく。
兵士は舌打ちして去り、少年は地面にへたり込んだ。
男はしゃがみこみ、果物を拾って少年に手渡した。
「気をつけて帰れ」
少年は小さく頷いて走り去る。
──だが、平穏は長くは続かなかった。
数時間後、アトラとトワはその男が連行される場面を目撃する。
「公爵命令による拘束」と兵士が言い、男は手錠をかけられ、地下牢へと引きずられていった。
「……さっきの人だ」
トワが眉をひそめた。
「罪になるようなこと、してなかったのに」
「たぶん、それが罪なんだろうね。この国では」
アトラの言葉に、トワは小さく頷いた。
──夜。
アトラは一人、地下牢の入口に立っていた。
手には、あの時手に入れたカケラがある。手に入れた時に気づいた。どうやらこれは、グリフという物の“いち”というピースらしい。
助けたいという強い思い。アトラは気づいていないが、式を頭の中でなぞる。空間操作。“位置”の再指定と転移。
意識がぶれ、空気が跳ねる。次の瞬間、彼の姿は一閃の残光と共に牢の中へ。
「……誰だ?」
青年は、驚いたように立ち上がる。
「君を助けに来た。ただの自己満足だけど、君は……正しいと思ったから」
アトラは錠を破り、彼に手を差し出した。
「俺は……ゼクト。かつてこの国で軍人だった」
「アトラ。旅人、でいいかな」
二人の視線が交錯する。
「その力……グリフか?」
「詳しくは……まだ分かってない。でも、君の力になれるかもしれない何かなんだ」
「俺には分かる。“それ”は俺たちが使ってきた“トレース”じゃない。
この国には、“躯素”のグリフがあるとされている。ちから、おもり、こわばり……3つをまとめて躯素グリフ、そう呼ぶと。
我々軍人は、それらの痕跡をなぞって身体能力を強化する術を学ぶ。
だが、お前のそれは……式の本質を理解して利用している。俺たちの使うトレースではなく、構造そのものに....」
「たぶん...そんな感じ」
「本物の剣を扱ってきたからな。似て非なるものは、すぐ分かる」
アトラは小さく微笑んだ。
「じゃあ、外に出ようか。」
──救出の翌日。
路地裏に身を隠したゼクトは、頭を抱えていた。
「軍を追われ、金もない。何をどうすれば……」
その前にアトラが現れる。
そして、小さな袋を差し出す。
「これ、フォグニールの遺跡で拾った金属片。換金したら思いのほかの額になってね。
しばらくは……資金の心配はいらない」
ゼクトは黙って袋を受け取り、しばらくしてから──不器用に笑った。
「お前……何者なんだ?」
「旅人。あと、ちょっとだけ変わり者かな」
路地裏の空が、夜風でわずかに揺れた。
──運命は、少しずつ形を変え始めていた