第五章 揺れる天秤⑤
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第5節【シグムントの実験場】
「シグムント……」
トワが名を繰り返す。
その声には明確な怒りと、わずかな戸惑いが混ざっていた。
「君たち、名乗ってもいないのに、よくそこまで睨めるね」
シグムントは面白がるように言い、すっと片手を上げる。
すると、さっきまで床に座っていた人々が――いっせいに立ち上がった。
「ッ……!」
ゼクトがすかさず剣に手をかける。
だが、動きはない。
人々はただ、整列するだけだった。まるで命令待ちの機械のように。
「安心して。今は使わないよ。彼らはただの“結果”にすぎない」
シグムントはそう言って、ひとつの木箱に腰を下ろす。
「どこから話そうかな……ああ、そうだ」
彼は笑いながら、ポケットから細長い端末を取り出す。
それを手の中で軽く回すと、奥の扉が自動で開いた。
そこから、ひとりの少年が連れてこられる。
年の頃は八歳。顔は整っているが、目には何の光もなかった。
「適合率は……36%。まあ、及第点だね」
シグムントは端末を少年の額にかざす。
少年は一度だけまばたきし、そして、微笑んだ。
「こんにちは」
自然な声だった。だが、どこか深いところで“空っぽ”だった。
「なっ……!」
エリシアが手を口元に当てた。
「何をしてる……」
アトラの声は低く、鋭くなっていた。
「説明しようか」
シグムントは楽しげに話し出す。
「僕が使っているコードはね、“感情を段階的に破壊する”設計になってるんだ。
怒り、悲しみ、不安、愛情……順番に消していく。
最後には、感情そのものを持たない、静かで従順な“存在”が完成する」
「お前が開発したのか?」
ゼクトが睨みつける。
「いいや、僕は使用者にすぎない。設計は――NOMA。
その組織で組まれたコードを僕が使ってる。改良はしてるけどね」
アトラたちの表情が、一斉に引き締まる。
「ふざけるな……」
ゼクトが声を絞り出す。「人の心を、道具みたいに……!」
「曖昧なものだからこそ、制御する意味があるんじゃない?」
シグムントは平然と返す。「心なんて、壊れて当然のものだ。僕はそれを“秩序”に近づけてるだけ」
「でも……その“秩序”のために、何人を犠牲にしたの」
エリシアの声がかすれる。
「それは数えてないなぁ。
ただ、適合率が低い個体は破綻するから、処分してるよ。失敗作は、ね」
「“処分”……?」
トワが小さく呟く。
「つまり殺してるってこと!?」
「うん、そういう表現でもいいよ。
わかりやすいしね。適合しないやつの目って、どうしても濁ってて。美しくないんだよ。
喚くんだ。“助けて”とか、“やめて”とか。うるさいだけなんだ、最期は」
空気が、完全に凍った。
シグムントは、楽しげに指を鳴らす。
「さて、次の子を処理する時間かな」
扉が開き、引きずられるようにして小さな女の子が現れる。
顔を両手で覆いながら、必死に逃れようとしていた。
泣き声が、建物の奥にまで響く。
「適合率21%。論外だね。
感情が強すぎる子は、早めに処理しないとね。可哀想だし」
その瞬間、アトラが一歩、前へ出た。
「……やめろ」
静かな一言だった。
だが、その場の空気が明確に変わった。
仲間たちは全員、息をのむ。
トワが思わずアトラの背中を見つめる。
アトラはただ、シグムントをまっすぐに睨みつけていた。
その目には、これまでに見たこともない怒りが、はっきりと燃えていた。
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