第五章 揺れる天秤④
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第4節【建物の奥へ】
石を運んでいた男たちが姿を消したあと、アトラたちは慎重に建物へ近づいた。
外観は倉庫のような簡素な造り。木造だが大きく、中央に鉄製の大扉が設けられている。
鍵は――なかった。まるで“隠す意志”そのものが存在しないかのように。
「開けるよ」
アトラが呟くと同時に、扉は静かに音を立てて開いた。
中は薄暗く、湿り気のある空気がわずかに鼻をつく。
床には規則正しく引かれた白線。そこに沿って、無数の木箱が並んでいた。
そのいくつかの箱の上に、黒い石が鎮座している。
「フィリナの森にあった痕跡……この石だよね」
エリシアが小さく息を呑む。
「間違いない。あの構造式……まだうっすら反応してる」
アトラが指をすべらせ、光の粒が石から立ち上がるのを確認する。
だが、それだけではなかった。
奥へ進むと、部屋はふたつに分かれていた。
一方は物資の保管所のようだったが、もう一方――扉を開いた瞬間、全員の足が止まった。
そこには十数人の人間がいた。
年齢も性別もバラバラ。
誰もが床に正座し、まったく同じ姿勢で、まったく同じ方向を向いている。
目は開いている。だが、瞬きすらしない。
リウネがアトラの袖を引く。
「……あの人たち……呼吸、してないよ」
ゼクトが歯を食いしばる。「いや……してる。してるけど、浅すぎる。かろうじて、生きてるだけだ」
トワが震える声で言う。「……でも、心が……どこにもない」
アトラがゆっくりと手を伸ばす。
ひとりの女性の額に指をかざし、微細なコードを読み取った。
「……感情の流れが、完全に断ち切られてる」
そう呟いた声には、静かな怒りがこもっていた。
「思考も意思も、自我も……“止められてる”状態だ。命だけが残されて」
「人形みたいに、ってこと……?」
エリシアの声がかすれる。
「……うん...」
アトラが首を縦に振る。「ただ、人形の方が、まだ作り手の意思があるだけましだ」
数秒の沈黙。
そのときだった。
施設の最奥から――扉が、軋むように開いた音が響いた。
「誰だ……勝手に入ってきたのは」
男の声。乾いて、飾り気のない、けれど底の見えない響き。
足音が響く。
現れたのは、黒衣を羽織った長身の男だった。
肩までかかる銀の髪、鋭く細められた目。
右手には杖のようなものを持ち、左腕には金属の義肢があった。
「おい、まさか……」
ゼクトが低く唸る。
アトラが一歩前に出た。
「……お前が、この施設の責任者か」
男は口元を歪めて笑った。
「僕の名前は――シグムント。
少しばかり、この世界を“整える”遊びをしてるだけさ」
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