第二章 躯素の誓い①
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第一節:ノルディアの入り口
廃都フォグニールから東へ続く道は、かつて交易路として賑わった名残をわずかに留めていた。
だが、今や旅人の姿はなく、舗装の剥がれた石畳には乾いた砂埃が舞い上がるばかりだ。
アトラとトワは並んで歩いていた。前方には、岩山に囲まれた渓谷。その先に、鉄製の門を備えた要塞のような関所が見える。
「……あれが、ノルディアの国境門?」
トワの問いに、アトラは頷く。
彼女の表情は固く、そしてわずかに緊張が走っていた。
「軍事国家、と呼ばれていた時代の名残だね。門の作りがあまりにも厳重すぎる」
接近するにつれて、関所の兵士たちの視線がこちらに向く。
彼らは無愛想に、だが機械的な手続きを強いながらもアトラたちの荷物を調べ始めた。
「旅の目的は?」
「通過か?それとも滞在か?」
無表情の兵士の質問に、アトラは穏やかに答える。
「滞在のつもりです。少し、この国を見て回りたいと思って」
兵士は訝しげに一瞥をくれたが、それ以上の詮索はせずに通行証の発行を済ませた。
門が重々しく開き、彼らはノルディア王国の領内へと足を踏み入れた。
* * *
街並みは奇妙な静けさに包まれていた。
家屋は整然と並び、兵士たちが頻繁に巡回している。だが、その規則正しさの裏に、どこか息苦しいものを感じさせる雰囲気があった。
街の広場に差しかかると、騒然とした声が耳に入ってきた。
「この荷物は税だろう!なんでこんな量を……!」
「黙れ、これは国の決まりだ。文句があるなら牢に入るか?」
荷車に山と積まれた野菜や穀物。それを押していた老人が、兵士たちに取り囲まれていた。
老人は必死に抗議するが、兵士の一人が彼の肩を乱暴に押すと、彼は地面に倒れこんだ。
アトラの足が止まる。
「……トワ」
「わかってる。でも、ここは……」
止める間もなく、アトラは歩み出た。
兵士の一人が剣に手をかけるが、アトラは落ち着いた声で語りかける。
「ちょっといいですか。あなたたちは民の味方でしょう?ならば、言葉で済むことを、どうして剣で脅すんです?」
「……なんだ貴様は」
「ただの旅人です。でも、目の前で無力な人が倒れていたら、手を差し伸べるのが“人”じゃありませんか?」
アトラの目は笑っているのに、そこには揺るぎない意思があった。
兵士たちは互いに顔を見合わせ、舌打ちを残して去っていった。
「……あんた、何者だ?」
呆然とした様子の老人が、震える声で訊ねる。
「僕はアトラ。ただの通りすがりです」
老人に微笑みながら、アトラは手を差し伸べた。
その姿を少し後ろから見ていたトワは、軽くため息をつきながらつぶやいた。
「……あなたらしい...」
* * *
夕暮れ時。アトラとトワは広場の端に腰を下ろし、簡素な食事を取っていた。
「街全体が、どこか抑圧されてる。兵士たちも、管理というより“監視”をしてる印象だった」
「うん。ノルディアの統治は、軍と貴族が握ってると聞いたけど……表に見えるのはほんの一部なのかも」
アトラは、焚き火の火を見つめながら小さく呟いた。
「……何が“正しい”のかを、誰かが言葉にする時代って、怖いよね。
ノルディアでは、それを“秩序”って呼んでるのかもしれないけど……僕には、歪んだ静けさにしか見えなかった」
トワがちらりと彼の横顔を見る。
「きっとこの国には、“変えられるはずのもの”がある。
それを放っておいたら、きっとどこかでまた誰かが泣くことになる。……それだけは、見過ごしたくないんだ」
トワは少しだけ驚いたように目を細めたあと、笑った。
「……まったく、あなたって本当に面倒な人」
アトラも肩をすくめる。
「たぶんね。でも、だからこの国を見てみたいんだ。力があるなら、使うべき場所を間違えたくない」
「なら、私も一緒に見てあげる」
その言葉に、アトラは小さく頷く。
そして二人は、星の瞬く夜空の下、静かに立ち上がった。
──ノルディアの闇の奥へと、足を踏み入れる。