第四章 時をなぞる者たち⑧
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第八節 「夜に向かう足音」
昼下がり、森を抜けた一角でアトラたちは野営の準備を始めていた。
乾いた枝を集め、風の通らない場所に布を広げ、小さな焚き火の炎がちらちらと揺れている。
「薪はこのくらいで十分か?」
ゼクトが腕を組み、木の陰に積み上げた枝を見て言った。
「うん。今夜は雨の心配もなさそうだし、交代で見張りしておけば安心だよ」
アトラはそう答えながら、手のひらで地面をなぞるように整えていた。
夕飯の支度を終えた後は、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
ゼクトは刃物を研ぎ、トワは地図を広げて明日の道を確認している。エリシアは手帳に静かに何かを書き込んでいた。
アトラは焚き火の側に座りながら、少し目を閉じていた。
……ふと、気配を感じて目を開ける。
火の明かりの向こう、草むらをひょいと抜けるように、金色のしっぽがふわりと揺れた。
(リウネ……?)
アトラは立ち上がり、そっと跡を追うように野営地を離れた。
*
森の奥、柔らかな光が射し込む小さな空間――。
そこには、ひとつの墓標があった。丸い石が地面に据えられ、そっと花が供えられている。
その前に、リウネが丸くなって座っていた。
「……ここだったんだね」
アトラが声をかけると、リウネはゆっくりと振り返った。
目元には、普段よりもずっと静かな色が宿っていた。
「……うん。毎日、ここに来てたの。今日も……なんでか、ここに来たくなって」
アトラはリウネの隣に腰を下ろした。
しばらく、風の音だけが流れる。
「その子……大切な子だったんだね」
リウネは小さく頷いた。
「うん。よく森に来てた子だったの。リウと仲良くしてくれて、リンゴとか、くれたりして……優しかった。……お母さんも、いつも笑って見てた」
その声は少し震えていた。
「でも――リウ、助けられなかった。あのとき、ちゃんと見てたのに。……どこがおかしいかもわかんなくて……」
リウネは言葉を詰まらせ、視線を落とす。尾がゆるく地面をなぞるように揺れていた。
アトラは静かに手を伸ばし、リウネの頭をそっと撫でた。
「……ごめんね。僕、君の記憶を……少しだけ、見ちゃったんだ」
リウネが目を見開く。
「気づいたときにはもう……映ってた。……だから、あの時、君がどれだけ必死だったか、ちゃんと知ってるよ」
アトラの声は、静かで、それでもどこかあたたかい。
「おそらく――あの時のコードも、昨日のグリフと同じ。ステルス化されてたんだ。違和感はあるのに、どこがエラーかも見えなくなる。……そういう、人為的なものだと思う」
「ひと……?」
「うん。誰かが、意図的にやったんだ。だからリウネは悪くない。むしろ……君は本当によく頑張ったよ」
リウネは小さく震えながら、アトラの手の中で目を伏せた。
「でも、助けられなかったのは――」
「それでも、リウは……ちゃんとその子のを助けようとしてた。誰よりもまっすぐに。その気持ちがあっただけで、きっと、あの子は嬉しかったと思う。……僕は、そう信じてる」
アトラの手のぬくもりが、リウネの小さな体をそっと包んでいた。
夜の森は静かで、涙さえ優しく受け止めてくれそうな空気に満ちていた。
やがて、リウネがぽつりと呟いた。
「……アトラ、優しいね」
アトラはそれに、優しく微笑んで応えた。
夜の帳が、森の上にゆっくりと降りていた。
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