第四章 時をなぞる者たち⑦
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少し長めになっています。ご容赦ください。
第七節 「時間の片隅で」
「ねえ、リウ」
アトラが声をかけると、リウネはしっぽを揺らしながらこちらを向いた。
「昨日のことだけど……君、あの“ながれ”を直せなかったって言ってたよね。どうして?」
「んー……本当はね、リウ、どんなエラーでも直せるはずなの。でも……昨日のあれは、違ったの」
リウネはぽつりと呟き、前足で空中をくるりとなぞる。
そこに浮かんだ小さな雲は、すぐに揺らぎ、音もなく消えていった。
「なんかね、コードが、ちょっと変だったの。すごく細かくて、いつもとは違う“コード”が混ざってた。たぶん……誰かが後から、変なふうに組み直したの」
「後から加えられたコード……しかも、ステルスか」
アトラが目を細めて呟く。
リウネは、少し困ったようにしっぽを揺らす。
「違和感はあるのに、どこがエラーなのかわかんなかったの。雲を向ける場所が、ぜんぜん見えなかった……」
リウネがぽつりと漏らす。
アトラは静かに頷いたが、そのまま何か考え込むように、言葉を続けなかった。
目元には、何かが引っかかっているような――そんな影が滲んでいた。
そして――
「……リウは、どうしてそんなことができるの?」
ふとした呼びかけのように、優しく問いかける。
「グリフのコードを見たり、直したり……普通じゃ、できないことばかりだよ。そもそも、君って……」
少し声を落とし、真っすぐに見つめる。
「――何者なの?」
リウネは干し肉をくわえたまま、もぐもぐと咀嚼し……一拍おいて、口を開いた。
「リウは、“時律”っていうグリフに関係してるの。“ながれ”も、“ふりかえり”も、“はるか”も。全部、時間のこと」
「時間の……」
「それをね、きちんと“動くように”見て回って、直すのがリウの仕事」
リウネはしっぽをくるんと巻きながら、少しだけ誇らしそうに言った。
「でも、リウが見るのはほんとに大変なの。“ながれ”のエラーが、ぜんぶの中でいちばん多くて……ずっと、走り回ってるの」
「そんなに多いのか……?」
ゼクトが驚いたように眉を上げると、リウネは頷いた。
「うん。人が動いたり、何かが起きたりするたびに、流れは少しずつずれるから。だからリウは、森の中でもずっと走ってるの。気づいたら、いっぱい寝てたけど」
リウネはしっぽをくるんと巻きながら、ゆっくり言葉を紡いだ。
「それに、“今”って、ほんとの意味では、まだできてないの。
リウ達が見てる“現在”はね、世界がコードにする途中の状態なの。
なにかが起きてから、それが“世界の形”として完成するまで、少し時間がかかるの。……だいたい、1分くらい」
アトラは眉を寄せる。
「コードになる途中……?」
リウネは頷いた。
「たとえば――丸太が落ちてくるとするよね? 本当は“落ちはじめ”の動きも記録されるはずなのに、その部分のログが抜けてると、コードが勝手に“もう落ち終わった”って処理しちゃうことがあるの。
動きの途中が欠けると、そこを補うために、変な風に“未来の形”が完成しちゃう」
「つまり、落ちる前の準備がなかったことになって、いきなり落下した、みたいな」
「うん。そういうコードの“すき間”を見つけるのが、リウの仕事。まだ出来上がってない“今の工程”を、ちゃんと最後まで形にするの」
アトラが呟くと、リウネは小さく頷いた。
「そうしないと、変な流れがどんどん溜まってくから。……だからリウ、いつもいろんなところに行って、“流れ”をなおしてるんだよ」
「……ってことは、あの墓で寝てたのも――」
ゼクトが眉をひそめながら言いかけたところで、リウネが首を振った。
「それは違うよ。あそこ、静かで落ち着くから……リウのお気に入りなの」
しっぽをふにゃりと揺らしながら、リウネは少し照れたように目をそらす。
「かわいい寝床だな」
ゼクトが苦笑混じりにつぶやくと、トワがふっと笑ってアトラをちらりと見る。
「……意外と似てるのかもね、あなたと。そういうところ」
アトラは少し驚いたような顔でトワを見返し、気まずそうに視線をそらす。
そのやりとりを見ていたエリシアが、穏やかな声で口を開いた。
「お気に入りの場所があるというのは、すてきなことですわ。心が安らぐ場所は、誰にとっても大切ですもの」
リウネはぱちぱちと瞬きをしてから、小さく笑った。
「うん。リウね、あそこにいると……なんか、ちゃんとしようって思えるの」
リウネがぽつりと言うと、しばらくその場に静けさが落ちた。
アトラはその言葉を反芻するように目を伏せ、少し考え込む。
「……でも、それってさ。じゃあ、リウは“グリフの化身”ってこと?」
静かに問いかけた声に、リウネは不思議そうに首を傾げた。
「うーん……そう、なのかも。リウにもよくわからない。でも、昔からずっとこうしてた。グリフと一緒に“時間”を見て、変なところがあったら、直す。それがずっと」
「それが……リウネなんだね」
アトラが静かに言うと、リウネはちょこんと座り直した。
「アトラはすごいよ。昨日、あんなコード、すぐ直しちゃったもん。リウ、ほんとにびっくりしたんだから」
その言葉に、アトラは少しだけ困ったように笑った。
「ありがとう。でも、僕はただ、見えてるものをなぞってるだけだよ。リウネみたいに、世界の歪みを探せるわけじゃない」
「でも、見つけたら……また、直してくれる?」
「もちろん。君が一緒にいてくれるなら」
アトラの言葉に、リウネはくるくるとしっぽを揺らして笑った。
朝陽はすでに空の高みへと差し込んでいた。
彼らの一日は、静かに、けれど確かに進み始めていた。
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