第一章 廃都の始点①②③
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第一節 都市の残響
崩れた街並み。
瓦礫と土埃が風に乗って舞い、陽光に照らされては、ぼんやりとした影を地に落としている。
倒壊した建物の隙間から、朽ちた標識やひび割れた石畳がところどころに顔を出し、かつてここに確かに“人の営み”があったことを物語っていた。
この都市は、かつて「フォグニール」と呼ばれていた。
繁栄と技術の象徴とまで謳われたその名は、今や誰の口からも語られない。
静寂だけが支配するこの廃墟は、まるで巨大な亡骸のように、時の中に取り残されている。
そんな風景の中を、一人の青年が歩いていた。
アトラ──まだ年若い彼は、迷いなく瓦礫を踏み越え、道なき道を進んでいく。
その足取りには、ただの探索者や漂泊者にはない“確信”があった。
何かに導かれているように。
あるいは、すでに“知っている”者のように。
目を細め、アトラは遠くの建物を見据える。
崩れた壁面の一部に、僅かに残された紋章。それはかつてのこの都市の象徴であり、彼の記憶のどこかに焼き付いていた印だった。
沈黙の廃都フォグニール。
その眠りを破る者として、彼は静かに歩を進めていた。
ときおり角を曲がるたび、心の奥底に微かな既視感がよぎる。
──この街を知っている……?
理由もなく、どこか「懐かしい」と思ってしまう。けれど、記憶には何もない。
そんな中──一軒の崩れかけた建物の影から、人影が現れた。
「……誰?」
硬い声。だが、そこには僅かな怯えも含まれていた。
現れたのは長い黒髪を束ねた少女。腰には細剣。眼差しは鋭いが、どこか警戒している。
「こんにちは」とアトラは柔らかく微笑んだ。「君も、この街に来たのかい?」
「“この街に来た”って言い方、普通じゃないわよ。ここは廃都よ?」
少女の声には皮肉が混じるが、敵意はないようだった。
「僕は、拠点を探してるんだ。この都市を、拠点にしたいと思ってる」
その言葉に、少女の表情が揺れる。
「……この都市には、かつて希望があった。でも全部潰されたの。忘れられて当然の場所よ」
「それでも、僕はここがいい。何かが生きている気がするんだ、この都市には」
アトラの眼差しに、少女は視線を外しながら呟いた。
「……アトラ。私は、この都市がどうして“死んだか”を探してる」
「そうか…じゃあ、一緒に探さないか?」
アトラはさらりと手を差し出した。
「……いいの?」
「一人で来たんだろ?よほどの理由があるんじゃないかって思ってさ」
少しの沈黙ののち、彼女はぽつりと呟いた。
「……育てくれた人がいたの。この都市で。今はもういないかもしれないけど、足跡だけでも探したくて」
トワはしばらく沈黙した後、そっと手を伸ばし、彼の手を取った。
「……変わってるわね、あなた。」
その夜、二人は崩れた建物の影で野営をした。薪を集め、簡素な食事を取りながら焚き火を囲む。
互いの素性を多く語らずとも、妙な安心感がそこにはあった。
「ありがとう」とトワが呟く。
「俺がそうしたいんだ」とアトラは空を見上げて言う。
──この都市で目覚める“何か”が、自分の運命を揺るがすとは、まだ知らずに。
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第二節 封印の解放
翌朝、アトラとトワは都市の中心部──かつての議事堂に向かっていた。
半壊した階段を登り、巨大な建造物の奥へと進む。
「この建物……前に来たときは封鎖されてた。けど、誰かが開けた形跡があるわ」
「....廃都に誰が来る...んだ...?」
二人は進み、やがて最奥の部屋にたどり着く。そこには──
「……石板?」
壁に埋め込まれたそれは、無数の線と記号で構成された式のようなものだった。
かすれ、欠損し、荒廃しているが、かつては何かを守るための“封印”だったのかもしれない。
「この構造……複雑だけど、まとまりがないな」
アトラはそう呟きながら、無意識に手を伸ばす。
「アトラ……?」
トワが止める間もなく、彼の手が石板に触れた。
次の瞬間、淡く脈動する光が走る。
彼の意識の中に、膨大な式構造──コードのような情報が流れ込む。
──これは……“使える”。
そのとき、石板の中心が開き、淡く輝く“ピース”が浮かび上がる。
「これは....?」
手に収まるその断片は、脈動するように光を帯びていた。
だが──その直後。
「来るわ!」
鈍い機械音。床が開き、旧式の守護兵器が姿を現した。
人間が消えた都市に残されていた、侵入者排除のための機械。
アトラはそのカケラを握りしめ、無意識に手を掲げる。
次の瞬間、空間が歪み、自動兵の動きが一瞬止まった。
──トレースではない。
──ただ、式を“読み取り”“理解し”“使った”。
トワが一気に距離を詰め、兵の急所を正確に貫く。
「なに今の……あなた、トレースした?」
「うーん……たぶん、してないと思う」
「してないのに、そんなことが……?」
「できちゃった……のかも」
呆れたような、困惑したようなトワの目に、アトラは微笑を返す。
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第三節 希望の灯
戦闘が終わった議事堂には、再び静寂が戻った。
アトラの手の中でカケラはなお、かすかに脈動している。
「この都市……まだ“生きてる”のかもな」
「……生きてる?」
「感じたんだ。さっき、力を使ったとき。この都市全体が……応えてくれたような気がして」
トワは黙って彼の隣に立つ。
議事堂の塔に登ると、そこからはフォグニールの全景が見渡せた。
朽ちた建物、裂けた橋、風に舞う砂埃──そのすべてが、何かを待っているかのように見えた。
「僕はここを拠点にする。この都市を、もう一度立たせてみせる」
「……できるの?」
「やってみなきゃ、わからないよ。でも……この街が最初の一歩だと思うんだ」
その夜、二人は再び焚き火を囲んでいた。
火の粉がぱち、と弾ける音が静寂に混ざる。
言葉少なに過ごす時間は、不思議と心地よかった。
ふと、トワが炎の向こうから視線を上げる。
少しだけ迷うような沈黙のあと──小さく、けれどはっきりと尋ねた。
「ねえ……その、アトラって、呼んでもいい?」
唐突にも思えた問いだったが、その声にはどこかあたたかなものがあった。
アトラは、少し驚いたように目を瞬かせたあと、すぐに微笑む。
「もちろん」
その一言に、焚き火の光が優しく揺れた。
まだ弱く頼りない光。けれど確かにそこに“希望”はあった。
──この街から、すべてが始まる。