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アトラ=リコンフィグ  作者: ホウノ タイガ
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第三章 情理の調律⑨

今日も覗いてくださってありがとうございます。

暇つぶしにでも、気軽に読んでいってくださいね。

第九節 神の見守る場所で


翌朝、まだ陽が高く昇りきらない頃。

宿の一室に、控えめなノック音が響いた。


トワとアトラは顔を見合わせ、ゼクトが無言で立ち上がる。

扉を静かに開けると、そこには正装を纏った壮年の騎士が立っていた。


胸にはセラミア教国の紋章。

派手さはないが、よく整えられた装いと無駄のない所作に、彼の立場と誇りがにじんでいた。


「アトラ様、並びにご一行に――王よりお召しがございます」

騎士は深く頭を下げ、穏やかな口調で言葉を続けた。

「本日、正午より。王宮にて、お話を伺いたいとのことです。どうかお時間を頂けますでしょうか」


その言葉を聞いて、トワが小さく眉をひそめる。

「……バレた、わね」


「だろうな。昨夜、思いっきり現場にいたしな」

ゼクトが肩をすくめ、ドアを閉める。


騎士が立ち去ったのを確認してから、三人はアトラの部屋――昨夜の話し合いにも使った部屋――に集まった。


アトラは椅子に腰かけ、額に手を当てて小さく息を吐く。


「……うまくごまかせたと思ってたけど。やっぱり、無理だったか」


「でも、捕まえには来てない。正式な“お召し”ってことは……少なくとも、敵意はない」

トワが窓の外をちらりと見やりながら言う。


「“今のところは”な」

ゼクトは壁にもたれ、腕を組んだ。


「まどいのグリフのこと、話すべきかしら?」

トワが少し迷いながら問う。


アトラはしばし考えたのち、静かに答える。


「……最低限だけ。真実の形は、まだ自分たちで掴みきれてない」


三人は再び、目を合わせてうなずいた。

まだ終わっていない。けれど、次の一歩は――もう、始まっている


正午少し前。

再び宿の扉が静かに叩かれた。


ゼクトが出ると、今朝と同じ騎士が律儀に立っていた。変わらぬ態度、変わらぬ礼儀。だがその背筋は、どこか“待たせる余裕はない”と告げているようでもあった。


「お時間となりました。王宮へご案内いたします」


「……ああ、はいはい」

ゼクトが曖昧に応じ、肩をすくめてアトラたちを振り返る。


トワが軽くため息をつきながら立ち上がり、アトラも少し遅れて腰を上げた。


「……はい……行きます……」

アトラは小さな声でそう呟き、誰に聞かれるでもなく、自分に言い聞かせるように足を進める。


騎士のあとを追い、3人は静かに宿を後にした。


そのとき――


アトラはふと足を止めて、廊下の奥を振り返る。


階段の影に、いつも座っていたあの猫の姿はなかった。

毎朝、ほうきを片手に笑っていた老婆の姿も、そこにはない。


まるで最初から、存在しなかったかのように。

その痕跡さえも、どこにも見当たらなかった。


アトラはしばらく黙って見つめたのち、再び歩き出した。

扉が静かに閉まり、宿は元の静寂を取り戻す。




王城は、教会に隣接する荘厳な石造りの建物だった。

重厚な門がゆっくりと開き、衛兵が無言で一礼すると、騎士の先導でアトラたちは中へと案内される。


石畳の通路を抜け、白と金に彩られた静かな回廊を進む。

途中ですれ違う侍女や兵士たちは、アトラたちを一瞥するだけで何も言わない。だが、その視線の中には、明らかに「何者なのか」と問う気配が含まれていた。


「……やっぱり、完全に目をつけられてるわね」

トワが小声で呟く。声は穏やかだが、どこか張り詰めたものが滲んでいた。


「堂々としとけ。ビビって見えたら余計に怪しまれる」

ゼクトは肩を回しながらぼそっと返す。


アトラは無言のまま前を見据えて歩いていた。

そして、扉の前で騎士が足を止め、静かに言った。


「こちらが、玉座の間です」


重厚な扉がゆっくりと開かれた。


中は広く、天井が高く、窓から差し込む自然光が白い床を照らしている。

奥には一段高い玉座があり、その前に立っていたのは――


セラミア教国の国王と王妃、そしてエリシアだった。


エリシアはアトラたちを見るなり、静かに目礼を送る。

その瞳は、昨夜の出来事をすべて見ていたことを物語っていた。


「ようこそ、異国の客人たちよ」

国王が穏やかに口を開いた。

声には威圧こそないが、場の空気を支配するような重みがあった。


アトラが一歩前に出て、軽く頭を下げる。


「お招きいただき、光栄です。……僕たちに、何か?」


「うむ。どうにも、聞きたいことが多くてな」

王がゆっくりと玉座に腰を下ろしながら続ける。

「夜の聖域に現れた光。かすかに走った震動。そして幻のような影。それら全てが、お前たちの訪問と重なるのだ」


「偶然……とは、考えていらっしゃらない?」

トワが静かに問い返す。


王妃が優しく微笑んだ。


「私たちは“疑っている”のではありません。――“知りたい”のです。何が起きたのか。そして、あなた方は何者なのか」


一瞬の沈黙。

エリシアがアトラを見つめたまま、口を開いた。


「……アトラ様。昨夜、あなたがあの場で何をしたのか――わたくしには、言葉にできません。でも、確かに、何かを変えました。あの空間の“苦しみ”が、消えていたのです」



アトラは、ゆっくりと視線を返した。

嘘は通用しない。だが、すべてを語るわけにもいかない。


ほんの一瞬の逡巡のあと、彼は静かに口を開いた。


「……少しだけ、祈ったんです。その場所の、感情に触れて」


その言葉に、玉座の間に静けさが満ちる。

誰もがアトラの言葉の真意を測ろうとし、しかし否定する者はいなかった。


やがて、その静けさを破ったのは王妃だった。


「長らく、この国の民を蝕んできた“影”が、今朝すべて消え去ったのです」

彼女はそっと手を胸に当てながら、柔らかく続けた。


「誰もが、ようやく安らぎを得たと口にしています。まるで――神の奇跡を見たかのように」


その目は、静かにアトラを見つめていた。


この国は――あなた方に、救われました」

王妃はそう言って、そっと手を胸に当てる。

その瞳には、深い感謝と敬意がこもっていた。


「あなた方が訪れた夜から、民の間に希望の声が戻り始めました。

朝になっても、それは夢ではなく――確かな変化として残っているのです」


一度、言葉を切った王妃は、アトラたちを順に見つめてから続けた。


「わたくしどもは、その恩に報いたいのです。

まずは感謝の意を込めて、ささやかな宴を開かせてください。城をあげて、あなた方をもてなしたい」


その隣で、国王が静かに頷き、重々しい声で口を開いた。


「加えて……心ばかりではあるが、礼としていくつかの品も用意させた。金貨に宝飾、旅に役立つ薬草や装具など。必要な物があれば、遠慮なく申しつけてほしい」



「それが、この国の、せめてもの誠意だ」

王妃が、静かにうなずいた。


アトラは少しだけ目を伏せ、答えに迷うように唇を閉じた。

すぐに礼を述べるべきなのは分かっていたが、どこか落ち着かない気持ちがあった。


「……俺たちには、こういうの向いてねぇよ」

ゼクトがぼそっと呟く。両手を腰に当てながら、面倒くさそうに視線を逸らす。


「でも、ここまで丁寧に言われたら断れないわよ」

トワが微笑を浮かべる。「ちゃんと感謝、伝えておきなさい?」


アトラは小さく頷いた。

その表情は、少し照れくさく、でも真っすぐだった。


「……ありがとうございます。もったいないくらいのお言葉です」


「よし、言えたわね」

トワが小声で付け加えると、ゼクトが小さく笑った。


「素直になったな、アトラ」


「……二人のおかげで、少しずつ慣れてきただけ」


冗談めいたやり取りの裏に、確かな信頼と温かさが滲んでいた。



その日、街では盛大な宴が開かれた。


城門前の広場には色とりどりの布が張られ、屋台や舞台が並び、楽師たちが笛や太鼓で祝祭を盛り上げていた。

子どもたちは花飾りを手に駆け回り、大人たちは盃を掲げて語らい合い、街全体が柔らかな光に包まれていた。


アトラたちは、王城正面に設けられた壇上に案内されていた。

彼らを見上げる人々の目は、歓喜と敬意に満ちていた。


「……これ、ちょっとやりすぎじゃない?」

トワが舞台下の賑わいを見やりながら、苦笑を漏らす。


「まさか本当に“神の使徒”扱いされるとはな」

ゼクトが腕を組み、重たそうに立ちながら呟く。


アトラは正装の襟元をそっと引き直し、周囲の熱気に少し気後れしていた。


「なんか……ありがたいけど、申し訳ない気分になるね」


「でも、皆いい顔してる。少なくとも、苦しそうには見えないわ」

トワが静かに言った。


アトラは視線を遠くの人々へ向ける。

どの顔にも、かすかな安堵や喜びが浮かんでいる。


「……うん。来てよかった、かな」


そのとき、司祭が壇上に現れ、声高らかに宣言する。


「ここにおられる三名は、神より遣わされし奇跡の担い手! この教国に平穏をもたらした救済の象徴であります!」


群衆が歓声を上げる。

花びらが舞い、鐘が鳴り響き、空には色とりどりの布が舞う。


「なあ、アトラ。これ、いつまで続くんだ……?」

ゼクトがぼそっと耳打ちする。


「わかんないよ……僕に聞かないで……」

アトラが苦笑しながら答えると、トワも小声で続けた。


「“今夜だけ”って言ってたけど……この雰囲気、絶対延長コースよね」


「……誰か裏口教えてくれないかな」


「だーめ。ちゃんと最後まで付き合うの」


「……“神の使徒”って大変だな」


そんなやりとりを交わしながら、3人はその場に立ち続けた。

歓声と光に包まれながら、確かに、誰かの笑顔のそばにいた。


アトラは、てっきり一日だけの、小さな感謝の宴だと思っていた。

王族の前で少し話をして、簡単な食事をともにする程度の――控えめで形式的な儀礼だと。


だが、それは大きな勘違いだった。


初日、広場には民の手で即席の祭壇が築かれ、花と灯りが捧げられた。

人々は順番に手を合わせ、アトラたちの姿を見つけては頭を下げた。教団の司祭たちも、彼らを“神の導きに応えた者”と讃え、祈りの言葉を贈った。


二日目には、市街地全体が祝祭の装飾で覆い尽くされた。

建物には白と金の布が掛けられ、道端には果物や香草を盛った供物が並んだ。楽師や踊り手たちが通りを練り歩き、子どもたちの歌声が空に響いた。


「これ……もう引き返せないわね」

トワが肩越しに小さく囁くと、アトラは苦笑を返すしかなかった。


そして三日目――

王自らが広場に姿を現し、アトラたちの杯に酒を注いだ。

臣下たちは跪き、「我らが救済の象徴に祝福を」と声を揃えた。


「……なあ、アトラ」

ゼクトが小声で言う。「これ、まさか……一国丸ごと、信仰始めてないか?」


「……うん。僕も、ちょっとそう思ってた」


やがて誰からともなく、「これは神が遣わした奇跡の化身である」という伝承が語られ始め、

“かつて神が舞い降りた”という古い伝承すら、今では彼らの物語と重なるようになっていた。


三日三晩に及ぶ祝宴の果て、

セラミアの民は、ようやく“恐れのない夜”を迎えたのだった

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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