第三章 情理の調律④
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第四節 ひとりの夜
夜の帳が降り、宿の廊下にも静けさが満ちていた。
アトラとゼクトがそれぞれの部屋へ戻った後、トワはひとり、机に肘をつきながら、かすかな灯りのもとで外を眺めていた。
窓の外には、整然とした石畳の街並みが広がり、遠くには聖堂の影が月明かりに浮かんでいる。街路から聞こえていた喧騒も今はなく、ただ風が葉を揺らす音だけが静かに響いていた。
どこか、夢の中にいるような夜。
でも、その穏やかさは、トワの胸には少しだけ重たく響いた。
「……懐かしいな」
ぽつりと漏れた声。
思い出すのは、遠い日の景色。フォグニールの街。もう失われてしまった、かつての暮らし。
育ての親の背中。食卓を囲んだ夕暮れ。心から笑えた日々。
誰もいなくなっても、あの街に留まったのは、そこに“想い”が残っていたから。
(もう、帰る場所なんてないのに)
今の自分は変わりつつある。アトラたちと共に、新しい旅をしている。自分の手で、何かを変えようとしている。
それでも、消えないものがある。
知らず知らず、頬に温かいものが伝っていた。
涙が流れていることに気づいたとき、自分でも驚いた。
「……なにやってんだろ、私……」
拭っても止まらない涙。
胸の奥から、言葉にならない何かがあふれてくる。
(あの人がくれたもの、全部、まだ私の中にある)
そう思った瞬間、少しだけ苦しかった胸が、すっと和らいだ気がした。
トワは静かにランプの火を消し、そっとベッドに横たわった。
まぶたを閉じても、あたたかい記憶だけが、静かに残っていた。




