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宇宙船の空調が壊れて暑すぎた結果、冒険が始まる………前の話

作者: 中州颯二

「なんでこんなに暑いんじゃい!!」


 人類が宇宙に飛び出して数百年。

 地球が人類発祥の地とはいえ、近くに住んでいたら行きたい歴史的観光地くらいの価値になっている頃。


 とある宇宙空間を泳ぐオンボロ宇宙船の中で。

 船長であり作業員である1人の若い男が。

 滝のような汗を流しながら、1人で叫んで天井を見上げた。


「どうなってんの!? 室温……38℃!? 空調壊れたの!?」


 オンボロ宇宙船の狭いコクピットエリア。

 そこで男は、汗で濡れた黒い髪をかき上げつつ1人で叫びつつ、船内の状態を示す画面をいくつも表示させた。


 オンボロ宇宙船は全長50mと少し。飾り気の無い長方形をした、小型の宇宙輸送船というやつである。

 安価だが、今の時代に必要な機能は一通り揃っており、ブロックのような構造で分解も整備もカスタムもしやすく、かなり普及しているモデルになる。

 男の乗るオンボロ宇宙船は、宇宙移動に欠かせない船員の生活空間が、ワンルームのアパート2部屋分程度には存在し。その他がエンジンや、今怪しまれている空調や生命維持装置の類、そして貨物用のスペースになる宇宙船だ。


「空気がヤバイと人間すぐ死ぬんだ。いくらボロいって言っても頼むぜマジで。せめてさっきの港で、いつもの船体チェックくらいできてたらなあ」


 男は操縦桿を握ったまま。弱気になって、長い独り言を呟いた。


 今は宇宙の片隅の資源惑星にある宇宙港で荷物を下ろし。また載せて別の宇宙港に行き始めたばかりのタイミング。

 立ち寄った宇宙港自体は、男は初めて来た場所だったが。初めての場所に行くなんてのは、宇宙運送業ではよくある仕事に変わりなく。今回の積荷もいつも通り、下ろしたのも載せたのも、保存食だか日用品だかのコンテナばかり。


 しかも寄った資源惑星の宇宙港全体が、なんだか忙しい時期だったのか。妙に厳しく怒鳴るくせに雑な入港規制で待ち時間が長く。ようやく入港して一息できるかと思えば。


「忙しいんだ。荷物の積み下ろしはこっちでやる。運送屋。お前は船内から出るなよ。最低限の燃料補給をしてやるから早く出て行け」


 と。港の管理官に邪険にあしらわれ。

 更に言葉と態度通りに、かなりの早さと雑さで荷物の積み下ろしがあった後だった。


 ちなみに男は、このオンボロ宇宙船を借金して購入している。


「くそっ。マジで空調にエラー出てるじゃねえかよ」


 あの港でもうちょっとゆっくりできていたら。

 男はそう苦々しい思いを抱えつつ、画面に表示された『空調区画A3に異常』という部分を読み。汗を垂らしながら椅子に座ったまま、コクピットエリアのあちこちに手を伸ばし首を伸ばし、確認や操作を行った。


 コクピットエリアは3m四方ほどの区画だ。パイロット席と助手席が並び、無数の計器に囲まれている。その操縦席の後ろに、また少し空間やモニタがあって、更に後ろに船内へ通じる頑丈な扉が1つある作りになっている。

 宇宙船メーカーとしては乗務員2人による操船を基準としているため、1人で操船をしている男は、あちこち身体を伸ばしたり確認を省略したりせざるを得ないのだ。


 とはいえ男は、付近に宇宙船を引っ張る高重力の井戸や、怪しげな宇宙船団や紛争宙域が無いか、周囲の安全を確認した後。操縦を低速のオートパイロットに切り替えた。

 次いでコクピットの椅子から抜け出して、背後にあるコクピットブロックと船内を隔てる扉を、換気のために開け放ったまま歩いて出た。


 このオンボロ宇宙船に人工重力は存在する。切る事も容易く、宇宙生活では無重力の方が楽な場面は多いけれど。男は基本的に重力がある方が良い派だった。


「工具はあったな。予備パーツは……まあどうなってるか確認した後に持っていくか」


 男は確認するように独り言を言いつつ、歩きながら額の汗をぬぐう。そして彼が着ているボロくて汚れの多い緑の作業着の襟元を、大きく広げて扇ぐ。

 それから工具箱を握り、水分補給のために飲料用保温ボトルに冷たい飲み物をパンパンに入れてから。船内廊下の隅にある空調区画への狭いハッチを開いて、肘や膝をぶつけつつもぐりこんだ。


 空調区画は、言ってしまえば空調設備の保持保全のために設けられた、船内各所に繋がる狭い穴の集合体である。

 穴は真四角で、大人が1人、四つん這いで這って行ける程度の高さと幅しかなく。その上下左右が全て機械だ。流石に下は歩きやすいように板で覆われているが、それも簡単に取り外せるようになっている。


 言うまでも無く、宇宙船内での空気は生死に直結する重要な要素だ。なので整備や修理が少しでもやりやすいよう、そしてこのオンボロ宇宙船は基本構造として、『もしもの時』には船内の色々な所からアクセス出来るようにしてあるという仕様になっていた。


 男はそんな狭く四角い穴を、全身を色々な所にぶつけつつ這っていき。床のA1という表示からA2に向かい、すぐに『空調区画A3』に辿り着いた。

 そしてエラーの原因はすぐに分かった。なんせ穴の横から長めに飛び出している灰色の機械の箱が、明らかに取れ掛かってグラついていたのである。

 男自身がここに辿り着くまで色々な物にぶつかっていたように、何かがぶつかって折れ曲がって取れ掛かっているという様子だった。


「これかァ~!」


 男は忌々し気に、しかし明るい声で言い放った。

 なんせこの暑さを産み出している原因が、ハッキリと目に見える形で分かったのだ。

 取れ掛かってぐらつく機械の箱自体は、そのまま取って交換すれば良い代物だったのもあって。男はずいぶん気が楽になっていた。


 汗をかきつつ四つん這いから背筋を曲げて座り直し。

 汗を拭きつつ工具箱から必要な物を取り出し。

 作業着の胸元をバタバタさせながら、ネジやナットという人類の友達と適切に付き合い直し。

 汗をかきつつ壊れている機械の箱を取り外すと、それを小脇に抱えて空調区画を戻る。


 空調区画に続くハッチから出て、大汗をかいたまま、用意してあった保温ボトルの水分を一口。

 それは冷たく心地よく。ほのかに甘い水流が、男の喉と体を少しだけ冷やしていき。今の彼にとっては勝利の美酒だ。

 パンパンに入れていたのでまだ余裕はあり、たっぷりと残っているが。彼はボトルをハッチの脇に置いて、鼻歌を歌いつつ替えのパーツを取りに行った。


 そしてほんの少しの時間の後。

 彼は再び空調区画へのハッチに潜り込み、替えのパーツを適切に繋ぎ直して。時間は掛かったが心軽やかに、空調区画を戻ってハッチから出る。

 廊下の空調が、既に元気よく冷たい空気を吐き出していた。


「やれやれ。宇宙で熱中症なんてなったら洒落にもならんぜ」


 男は誰にともなく、しかし満足して1人で笑い。

 ハッチをきちんと締め直してから、脇に置いたままの保温ボトルを拾い上げ――違和感に気付いた。


 中身が減っているのだ。

 明らかに、ハッキリと、ボトルが軽い。

 

 こぼれているわけではない。

 こぼしたとしても、このオンボロ宇宙船に、水分対応の掃除ロボットなんて気の利いた子分はいない。

 飲み過ぎたのを忘れているわけではない。

 このボトルはパンパンに中身を入れてから、1口飲んでここに置いたのを覚えている。

 中身が蒸発したわけではない。

 いくら船内温度が38度付近になっていたとはいえ、そんな速度で蒸発するはずもなく。廊下の床に置いた保温ボトルだけが、特殊な状態であったわけもない。


 明らかに。何者かがこのボトルの中身を飲んだのだ。

 このオンボロ宇宙船には、男1人しか居ないはずなのに。


「……密航!?」


 男はハッとして息を飲み。思い出し。理解した。


 さっき確認した空調区画A3のエラー。それは整備用に張り巡らされた穴から出ている機械が、取れ掛かっていた事によるエラーだった。

 男自身がそうやって空調区画を通り、取れ掛かった部分を見て感じたように。それは『何かがぶつかって折れ曲がって取れ掛かっているという様子』だった。


 この空調の故障による危険な暑さは。

 何者かが、空調区画に潜り込んで移動した時に引き起こしたトラブルなのだ。


「ヤバイ! コクピットが!」


 男は廊下を走った。

 宇宙船のハイジャックや制圧で重要なのは、当然ながらコクピットなどの操縦系が詰まっている区画だ。単純に船体のあらゆる機能を司る場所になる。

 オンボロ宇宙船にはサブ操縦室なんてものはなく、機体前方のコクピット区画のみ。密航者が何者であれ、密航者にそこを抑えられたら終わりだ。


 間違いなく、どれだけ早くコクピットを抑えるかの勝負になる。

 男はそう判断して廊下を飛ぶように走り、開いたままのコクピット区画の扉へと、警戒しつつも勢いよく飛び込んだ。


 扉が開いていたのはギリギリだったのかと男は思い。そのまま密航者と顔を合わせてやるとコクピット席に近づいて――。


「――あれ? いない?」


 男は空っぽのコクピットと助手席を何度も見て、きょとんとし。だが急いでコクピット区画と船体を隔てる扉を閉めてロックした。


「別の所に行ったか? エンジンブロック……いや、あそこは流石にいつも開けてる場所じゃない。脱出ポッドもすぐには開かないし、あれこそ使ったら船内全部に連絡が出るタイプだし……」


 男は首をひねりつつ。サブコクピット席の下にある『緊急用』と書かれたコンテナを引っ張り出すと、素早くコンテナの中身を検めた。

 緊急用コンテナの中身は、まず宇宙でも使える拳銃。弾。水と食料。医薬品。そして薄手の黒い宇宙服。簡素なヘルメット。その他細かいものがいくつか。

 最低限の自衛と、宇宙に放り出されても少しの間は生きていられる装備である。


 男は慣れた手付きで黒い宇宙服を身に付け、同じく慣れた所作で拳銃を腰のホルスターに押し込むと、コクピットに戻る。ヘルメットは置いたままだ。


「このままコクピットに立てこもっても良いけど、あの港に戻ったところで、密航者を引っ張り出す手伝いしてくれるかなあ」


 男は不満げに言いながら、船内状況の画面をいくつも表示させ。隅には宇宙海図も出し、近くの宇宙港と航路をいくつか検索させる。


 ほどなく。船内状況のログに変化があった。 


『生活区画A1で、異常な振動を検知』

『生活区画A1で、内部のロックされた扉へのアクセスを検知』

『生活区画A1で、内部のロックされた扉へのアクセスを検知』

『生活区画A1で、入口扉の手動ロックを検知』

『生活区画A1で、異常な振動を検知』

『生活区画A1で、異常な振動を検知』

『生活区画A1で……』


 今まさに、次々と表示される生活区画での様々な検知ログ。

 それは明らかに密航者が生活区画A1へ入り込み、何かガタガタと暴れまわっている様子を表していた。


「生活区画A1の入り口のロックを固定にして、他のも固定に。ロックの解除権限と、一応区画のパージだけは俺の個人端末にあるようにしといて……非常信号も発信しとくか。内容は密航者の対応中、と。誰が拾うか分かんねえけど、そこはもうしょうがない。よし」


 男は自分に言い聞かせるように言いつつ、コクピットで様々な操作を行い。

 ホルスターの拳銃を検め直してから、ヘルメットを被ってコクピット区画を出た。


 生活区画A1は、男がいつも寝たり食べたりダラダラしたりする場所である。A2もあるが、そちらはほぼ物置になっている。

 安いアパートのワンルームのような場所だけれど、彼にとっては宇宙で一番心安らぐ場所であると言って良い。

 そんな大切な場所を、正体不明の密航者に荒らされているのだ。

 男の足取りは怒りに満ちていて。同時に冷静でもあった。


 先程の生活区画に関するログからは、奇妙な事が感じ取れたからだ。

 かなり普及している宇宙船の、人間が生活するための場所が生活区画。その安アパートのワンルームのような構造は、普通の人間なら何の迷いもなく使いこなせる機能しか無い。

 ましてやロックされた扉の開け方など。初めて見たタイプのロックで多少戸惑う事はあれど、決して難しいものではない。


 そして男の1人旅かつ、オンボロ宇宙船自体の入り口はきちんとロックを締める癖があるからか。男は生活区画の入り口のロックは、常に開けたままだった。内部のロックされた扉へのアクセスが何度かあったが、そちらは単純に貴重品などをいれている扉だ。


 要するに。

 密航者は『普通の扉の鍵の開け方閉め方が分かっていない可能性がある』。


「何だ……?」


 男は奇妙な感覚を覚えつつ生活区画の入り口に辿り着く。

 生活区画の入り口扉。その塗装が剥げかけた灰色の扉のロックは掛かったままで、窓なんて無いので中は分からない。一応扉に耳を当てて中の様子を伺うけれど、規則正しく壁の隙間で動く、何かの機械の音や振動しか感じ取れない。


 男はいつも持っている手帳サイズの個人端末から、一応先ほどのようなログを確認し。まだ中に密航者がいるのを確認。『もしも』の時には生活区画ごと船体からパージして、密航者ごと宇宙へ放り出せるように操作。


 それから拳銃を抜き。安全装置を解除してから構え。深呼吸を数度。

 生活区画A1の入り口扉のロックを解除して――。


「動くな!!! 手を上げろ!!!」


 扉が開くと同時に叫び、踏み込んで拳銃を向け。

 彼は今までの人生で一番、目を剥いて驚いた。


 扉の向こう。荒れて荷物が散乱した部屋に。

 真っ白で青い瞳をした少女が座り込んでいたのだ。


 年頃は12か13くらい。身長は低い方だろう。

 白く長い髪。白く柔らかな肌。青い澄んだ瞳。

 しかもそれらは生気のある白さで、少女の体に流れる赤い血潮が、白い肌の下からほんのりと桃色を発している。少なからず汗をかいているのも見える。

 なにより白い少女は、幼さが色濃く残るが、驚くほど整った可愛らしい顔立ちをしていた。


 男はその美しさと可愛らしさに、言葉通りに息を飲む。

 しかし同時に、飲み込んだ息で拳銃を握り直した。


 白く長い髪は、彼女の足首くらいまである。

 白い肌は美しいが、まるで新品の機械のような程。

 青い瞳は可愛らしく大きいが、これも言葉通りに薄く光を放っている。

 更にこの白髪青瞳の少女は、下着を含めた服の一切を身に纏っておらず。柔らかな曲線を、恥ずかしげもなく出して座り込んだまま、隠そうともしていない。


 しかも。おそらく密航してきたのがこの白い少女である。

 そういった全てが、彼女が普通の存在ではない事を示していた。


「……君は誰だ! ああいや、言葉は通じるか!?」


 男は部屋に入った時よりも声を落ち着かせ、拳銃を少女の身体の中心に向け直し。ハッキリと言い切る。


 男の戸惑いが含まれた瞳と。白い少女の青い瞳。

 それらが真っすぐに合わさったままの沈黙が数十秒続き。


 座ったままの白い少女の青い瞳に、じわりと涙がにじんだ。


「うっ、うぅっ……」


 そこで初めて、白い少女がうめき声を漏らした。

 白く細い喉から出たうめきは、うめきであってなおよく通る可愛らしいものであったが。当然ながら男の質問への答えではない。

 しかも少女は、涙ぐんでなお男の瞳を真っすぐに見て逸らさない。


「もう1度聞く! 君に、俺の言葉は通じるのか! 声が出しにくいなら、首を振ってくれ! イエスなら、縦に! ノーなら、横に! 君に、俺の言葉は通じているか!」


 男は油断せずに、ゆっくり、はっきりと再び問いかけ。

 白い少女が涙に満ちた目を逸らさないまま、首をゆっくりと、何度も縦に振る。


 それを見て、男は少しだけ安堵して。また警戒をしつつ拳銃を向けたまま問う。


「言葉が通じているようでなによりだ! では君は、この船に1人で忍び込んだのか!」


 白い少女は床に座り込んだまま、ゆっくりと首を縦に振った。


「忍び込んだ宇宙港は、少し前に寄った所か!?」


 再び、少女が首を縦に振る。


「忍び込んだのは君1人か!?」


 また少女が首を縦に振った。

 男はいくらか余裕が戻ってきている。


「目的は……ああいや。密航をした理由は、さっきの宇宙港、というか。資源惑星から逃げ出すためか?」


 少女がハッとして大きな瞳を更に大きくさせ、何度も力強く頷いた。


「理由は。君自身の、身体や命を守るために逃げ出したのか?」


 何故分かるんだという程に目を開き、少女は再び頷きまくる。

 そして彼女は素早く涙をぬぐうと、その動作にいささか警戒を増した男に、ゆっくりと向き直って座り直し。またゆっくりと両手を見えるように上げて、僅かに両腕を曲げ。そのままゆっくりと片手で、もう片方の腕の肘の内側を指さした。


 そこには注射痕があった。

 白い肌に、赤黒い注射痕が何個も。


 男がハッとして見れば、もう片腕にも同じような注射痕がいくつもある。

 手首や足首には、拘束の後らしい赤い部分もあった。


「君は……」


 呟いた男の頭には、彼が経験してきた陰謀や人間の悪意、害ある計画や理不尽の記憶が駆け巡っていた。

 まだ若い彼自身の人生にも、無数の困難と理不尽があったように。そしてそれらから逃れ、戦うために、拳銃を慣れて握るくらいには戦って来た過去があるように。

 彼はこの白い少女もまた、戦っている最中なのだと感じ取る。


 だが彼女を苦しめる者達が、何者かは分からない。彼女が逃げ出した困難が、どんな悪意かは分からない。彼女こそが、逃がしてはならない害ある者なのかもしれない。


 男はそう、深呼吸数度分の時間考えた後。拳銃をゆっくりと下ろし。

 白い少女の白く長い髪が掛かる額に、何かをぶつけた赤い痕が薄くある事に気付き。指さして聞く。


「……その、おでこ。ひょっとして空調区画の狭い穴でぶつけた?」

「!」


 白い少女が力強く、少し微笑んで首を縦に振った。


「空調故障と暑さの原因は、君のおでこかァ~……!」


 男は苦い顔をして、しかし笑って呟いて。腰に手を当て大きなため息を吐いた。

 白い少女も申し訳なさそうに、しかしこちらも少し笑って男を見て。


 船内に警報が鳴った。


 警報の種類は接近警報。このままのコースだと、近く衝突する可能性がある船舶や障害物が、一定範囲まで近づいてきた際に鳴らされるものである。


「なんだ!?」


 男は自分の個人端末を取り出して確認する。

 小型の宇宙船が2隻。かなりの速度で近づいて来ている。方角とその2隻が通って来たコースは、最後に寄った宇宙港からのもの。


 この白い少女が、自分の身体や命を守るために逃げ出してきたという宇宙港からだ。


「そこの運送屋! 出来るなら停船しろ! 非常信号は密航者への対応中とあるがどうだ! そいつは我々の管理下の物かもしれんのだ!」


 オンボロ宇宙船に向けられた通信が、個人端末に転送されて発せられる。

 その声は余裕がなく、しかも明らかに焦りと決めつけと、敵意が感じられるものだった。


 何より。その通信の声を聞いた白い少女は、先ほどのほんの少しの微笑みも消え、暗く怯えた様子になっている。

 男は何も言わなかったが、その変化を見逃さなかった。


「繰り返す! 出来るなら停船しろ! 出来んようならエンジンを攻撃して無理矢理にでも止める! その密航者は我々の物だ! もし妙な動きをすれば、船ごとデブリになってもらうぞ!」


 再び船内に通信が響く。明らかに面倒な事情がある通信が。

 白い少女はハッとして。焦った様子で立ち上がってふらつき。だが急いで自分と男を交互に指さし、必死に青い瞳と喉を震わせた。


「わた、し……! めい、わく……! あき、諦め、る……!」


 彼女はそう、細く白い喉から絞り出し。

 両手首を強く合わせて見せ、男に震えながらも何度も頷いてからうなだれた。

 その拘束をしやすくさせる動きは、彼女が事ある毎にそうされていた事をハッキリと分からせる程に慣れたものだった。


 言葉を聞いて、動きを見た男の体温が上がる。

 彼は素早く拳銃をホルスターに戻すと、ヘルメットを脱いだ。そして白い少女の前にゆっくりと、片膝を立てて傅く。


 そのまま彼は、震えてうなだれ、両手首を強く合わせたままの白い少女の手を優しく握り。彼女の手首を縛る見えない拘束具を千切るように力強く、だがそっと離してから。

 邪悪に明るく、ニヤリと笑った。


「迷惑なもんかよ。いや空調ぶっ壊したのは迷惑ではあったけど……もう直ったし良いんだよそれは。だって今は君よりも、いきなり攻撃しようとしてくる奴らの方が迷惑だろ?」


 うなだれていた白い少女の顔に、室内灯の光が差した。

 次いで空調が室温の上昇を感知して、冷たい風を吹き出し始める。



 この後。

 宇宙を泳ぐ白い少女と、邪悪な笑顔をした男の2人が。宇宙の片隅を駆け抜けていき。

 街のように大きな宇宙船を爆破する羽目になったり、開拓中の惑星で鉱山を爆破することになったり。資源惑星を1つ使えなくすることになったり、仲睦まじく笑うかどうかは。また別の話。

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