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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二輪の黒百合

作者: かずのこ

花言葉について知っていると面白いかもしれません。


第一章

「キャアァァァァ!」

目の前の教室から校舎全体に響き渡るような悲鳴が聞こえてきた。

取っ組み合っているのだろうか、物音と声が聞こえてくる。

下の階からは数人で走っている振動が伝わってくる。

おそらく、悲鳴が聞こえた先生たちが向かっているのだろう。

不審者だった場合僕はどうするべきか、そんなことを考えながらも教室の扉の前に立つ。

すでに音は止んでいた。

扉を少し開ける。

そこは絶望という文字でしか表せない空間だった。

「なんで君が」

僕はただ、その光景が信じられなかった。

「……ごめんね」

彼女は悲しそうな顔で言った。


第二章

始業式の日。

「お前、購買でなんかパン買ってこいよ」

金髪の男が話しかけてきた。

「えっ嫌だけど」

普通にめんどくさい。

「てか、今弁当食べてんだけど」

そう伝えたらその男は僕の弁当箱をゴミ箱の中に放り込んだ。

「は?何やっ……」

男は僕が喋り終わる前に僕の胸ぐらを掴んだ。

周りの人は見てるだけで止めようともしてくれない。

「俺らとは違う見た目のくせして反抗してんじゃねえよ!」

クラスが一瞬無音になった。

これ以上抵抗したら本当に怪我しそうだから購買に行くことにする。

「わかった。行ってくるから離して」

そう言ったら男は離してくれた。


ああいうタイプは焼きそばパンが好きそうだから、僕の分と合わせて二つ買った。

「あとで金返して貰わなきゃ」

独り言を呟いたあと一つの不安が残る。

……返してくれるのかな。


焼きそばパンの件以降、金髪の男(神宮寺 司)は僕に嫌がらせをするようになった。

購買には毎日行かされ、教科書には落書き、下駄箱には大量の画鋲、当たり前のように暴力もされた。

それでも誰も助けてくれない。

先生でさえも。

僕に嫌がらせをする理由はおそらく、始業式の日に司に反抗したことと僕が”隻眼”だからだろう。

僕は八歳のとき、事故に合って片目を失った。

眼帯をして生活をしてるため、人から避けられるようになっていった。

目だけでも普通と違うと気味悪がられる。

僕は学校が辛かった。


第三章

焼きそばパン事件から一ヶ月が経った。

「屋上から八時まで降りてくるなかぁ、あいつネタでも尽きたんじゃないか」

バカにしてみたはいいものの、僕は命令に逆らう事が怖くてできなかった。

現在時刻午後七時十分。

八時まで時間はあるから少し寝ようと目を閉じ、横になった瞬間、頭に何か当たった。

「あっ」

人の声だ。

僕は目を開けて驚いた。

そこには一人の真っ白な女子生徒がいたのだ。

でもなぜか、顔が異様に暗い。

声をかけてみる。

「えっと、あのー」

「……綺麗」

「え?」

何がどう綺麗なのか、僕にはわからなかった。

僕は寝転びながらじっと女子生徒の方を見た。

一つ気になったことがあったからだ。

「なんでジャージ?」

つい我慢できず聞いてしまった。

さっきまで異様に暗かった顔がまるで、鳩が豆鉄砲くらったような顔に変わった。

そして、少し笑いながら小馬鹿にする様に彼女が言う。

「制服の方が良かった?」

「別にどちらでも」

「つまんないの」

からかわれてる気がする。

「私いじめられてるの」

「え?」

予想もしていなかった言葉に耳を疑った。

「さっき制服濡らされちゃって仕方なくこの格好なんだよね」

僕は言葉が出ない。

少し間をおいて彼女は話し出す。

「アルビノって知ってる?」

もちろん知っている。

先天性の疾患で身体が弱く、全体的に白いという特徴を持つ病気だ。

「私、これのせいでクラスに馴染めなくてね。邪魔者扱いされてるんだよね」

「もう慣れてるから平気だけどね」

彼女は気にもしない様子で軽く笑いながら言った。

だけど、僕には心が笑っていない様に見えた。

「綺麗だと思う」

無意識に出ていた言葉だった。

彼女は驚いていた。

「少なくとも今まで出会った人の中で一番」

我ながら驚いている。

まさか自分がこんなこと言うなんて。

彼女はまた笑った。

でも、さっきとは違う笑いに見えた。

「君、名前なんていうの?」

彼女が聞いてきた。

「橘 渚」

「君は?」

「柊 真夏」

「これからよろしくね“渚君“」

「よろしく」

「そうだ!LINE教えて!」

勢いがすごいなこの人。


このあと、僕は真夏から話を聞いた。

真夏は時雨 紗希という女にいじめられている事。

生まれつき体が弱く、ずっと欠席しており、最近登校し始めたこと。

アルビノと紗希が原因でクラスで浮いていること。

そして、司と紗希は付き合っていること。

いくつかは教えてくれないこともあったけど、無理に聞くことはしなかった。

でも、一つだけ僕は知りたかった。

真夏がこの時間に屋上に来た理由を。


第四章

「こちら、ご注文の品になります」

少し嫌そうな顔をしながら料理を運んで来た店員は小走りで厨房へと戻って行った。

「……」

やはり気味が悪いのだろうか、普段なら僕も気にしないのだが今日は違う。

今日は真夏がいるのだ。

「クレーム入れるか?」

僕は真夏に聞いた。

「別にいいよ。忙しかっただけかもだし」

真夏は意外にも大人の対応だ。

「それよりも早くこれ食べたい!」

……子供だった。

周りの人から見たら見た目が変わったカップルの様に見えるかもしれない。

だが、その実態はいじめられっ子同盟という悲しいものだ。

今日は、そのいじめっ子に見つからないような、学校から十駅くらい離れたカフェに来たのだ。

山の麓のお洒落なカフェ。

当然僕には縁もゆかりも無い場所だった。

一昨日真夏から急に『明後日この店行きたいからついて来て!』とLINEがきた。

しかも、丁寧に店のURLまで貼り付けていた。

この店の名物の“スペシャルジャンボチョコレートパフェ“を真夏は食べたかったらしい。

真夏から『朝ごはんは控えめにした方がいいよ』と連絡が来たのだが、僕は忘れていて普通に食べてきた。

そして、スペシャルジャンボチョコレートパフェを目の前にした時、過去の自分に殺意が湧いた。

なんと目の前に出て来たのは人が食べ切れるようなモノじゃなかった。

わかりやすく言えばよくテレビで出てくる大食いメニューと肩を並べるようなもの。

これ無理じゃね?

そう思いながら真夏の方を見た。

この女、もう半分まで食ってる。

まだ来てから五分くらいしか経ってないのに。

「食べるの速くね?」

僕が聞いてみると彼女は不思議そうな顔をして言った。

「いつもこのペースだけど」

マジかコイツ。

冗談抜きでここ最近一番の衝撃。

「これって残したらなんか罰とかあるの?」

不安だったことを真夏に聞いてみた。

「別に無いけど店員さんにすごい目で見られるよ」

「ある意味罰だなそれ」

「食べきれないなら少し食べてあげようか?」

「大丈夫。僕のプライドがそれを許さない」

「遠慮しないでいいよ。私食べれるから、同じのもう一杯」

「えっ…怖」

「女の子に向かってそれは酷くない?」

そんな会話をしながらも僕もなんとか半分までは食べれた。

それに比べて真夏は余裕で完食してた。

しかも、すでにおかわりまでしている。

店員がすごい顔していた。

気持ちはわかる。

小柄な女子が大食いファイター顔負けの量を食べた後、アップルパイの大を頼んだのだ。

僕も必死になってスペシャルジャンボチョコレートパフェを完食した。

進路で迷ったら大食いファイターにでもなってやろうかな。

そんなことを考えつつ真夏を見ると『遅い』と顔に書いてあった。

彼女は心配そうに僕に言う。

「大丈夫?少し休んでく?」

「店に迷惑かかるから出るよ」

「それなら私まだ食べれるから問題ないよ」

「よし、お会計行こう」

流石に食べ過ぎだ。

「じゃあ、始めるよ」

真夏の合図に合わせて僕たちはジャンケンをした。

僕がチョキで真夏がグーだった。

「じゃあ今日は渚君の奢りで」

最悪だ。

五千円くらいだといいなと淡い期待を抱いてレジへ向かった。

「お会計九千八百円になります」

僕の期待は簡単に砕けた。

「あのー」

真夏が店員にスマホを見せて話しかけた

「この“カップル割引“って使えます?」

「…え?」

一瞬僕の理解が止まった。

「はい。使えますよ」

店員がレジでクーポンの操作をしている。

「では、半額になりますので四千九百円になります」

僕は五千円札を出した。

「百円のお返しになります」

僕はおつりを受け取って財布に入れた。

「ご来店ありがとうございました」

店を出た後も沈黙が続いた。

何か気まずい。

「ねぇ、寄りたいとこあるから一緒に来てくれる?」

その気まずさを破ったのは真夏の一言だった。


第五章

「この近くだからいい?」

「いいよ」

僕は二つ返事で返した。

出来ることならあまり家にはいたくないからだ。

「やった!じゃあついて来て!」

子供のみたいにはしゃぐ真夏。

僕の腕を掴んで真夏は走り出した。

街の方へ出ると思っていたが違った。

山の方へ向かっている。

「え?こっち?」

「うん!」

「私、もともとここら辺に住んでて小さい頃よくこの山で遊んでたんだ」

初耳だった。

「どこまで登るの?」

僕は聞いた。

「真ん中くらいまでかな、あと十分くらいで着くと思うよ」

現在、普通の観光ルートを大きく外れて舗装されていない道を進んでいる。

「大丈夫なのここ?」

「大丈夫。私も数回怪我したくらいだから」

全く大丈夫じゃない。

そんな不安も持ちながらも真夏が行きたがっていた場所に着いた。

「懐かしいな、あまり変わらないものだね」

そこには辺り一面に幻想的な風景が広がっていた。

「これって全部花か?」

「正解」

赤、青、黄、白などの数えられないほどの種類がある中で、一部の花から異質な雰囲気が漂っていた。

僕はそれを摘んでみる。

「これは……」

「それはね“黒百合“だよ」

真夏が言った。

「花言葉は“愛”とか“恋“らしいよ」

真夏はニヤニヤしながら僕を見て、

「渚君って意外と……」

「どういう意味だよ?“真夏“」

「あっ」

急に真夏が驚いた顔をして言う。

「やっと名前言ってくれた」

「……言ってなかったっけ?」

「うん」

「なんかごめん」

「なんで謝るの」

真夏は笑っていた。

「でも、最初から呼び捨てとは」

無意識だった。

「じゃあ、私も呼び捨てにするね“渚“」

そのときの真夏が僕にはいつもと違って見えた。

「話変わるけどね、渚をここまで連れて来たのは話があるからなの」

急に真夏が真剣な顔で言った。

場の雰囲気が大きく変わる。

「私ね、お父さんがいないの」

「え?」

「八歳の時かな、私が車に撥ねられそうになった時、お父さんが私を庇ってね……

後から聞いた話なんだけど車に乗ってた大人二人が即死。子供一人が重症だったて聞いて……」

「待って」

まだ続きそうな真夏の話を僕は断ち切った。

「それってもしかして死者三名の“仙台市暴走車事故“って名前の?」

「そうだけど……知ってるの?」

「……知ってるも何もその重症の子供、……僕だよ」


第六章

「遊園地楽しかったね」

無邪気な子供の声が車内に響く。

「そうだな、近いうちにまた行こうか、渚」

子供の父親が言った。

しばらく楽しい家族の話が続いた。

「あれ?なんかハンドルが効きが悪いなぁ」

父親の呟きのあと、車のスピードが上がっていく。

「お父さん!速すぎるよ」

「……ブレーキが効かないんだ」

両親の青ざめた顔なんて知らなかった少年は大泣きしている。

さらに、問題は一つではなかった。

直線上に自分たちの息子と同じくらいの白い少女がいるのだ。

少女は車に気がつかない。

ぶつかるという瞬間にその少女の父親なのだろうか、男が少女を押して、撥ねられた。

暴走者は男を巻き込んだまま近くの電柱に突っ込んだ。

この事故の死亡者は三人。

生存者は二人。

その生存者は渚と真夏だった。

そのあと両親を亡くした渚は親戚に引き取られたがそこでの扱いは酷いものだった。

目を片方無くした少年を気味悪がり、親戚は実の子だけしか可愛がらなかった。

一種の虐待とも捉えられる生活によって以前のような無邪気な渚は消えていったのだ。

思い出したくなかった記憶だった。


「ぎさ!……渚!」

暗い思い出に浸っていた僕は真夏の声で意識を現実に戻した。

「大丈夫?」

心配している真夏を見て申し訳なくなり僕の頬に涙が伝ってきた。

「ごめん」

「君のお父さんの命を奪ったのは僕たちだ」

「もしかしたら真夏の命も奪っていたかもしれない」

「怖かったんだ。父親を亡くした子がどう生きていたのか」

「全部言い訳にしかならないけど」

「本当にごめん」

僕の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

真夏はずっと黙っている。

僕はその真夏が怖いと感じている。

本当に最低だ。

僕はこの空気に耐えられなかった。

僕はこの場から逃げ出そうとした。

だけど、真夏が僕の腕を強く掴んだ。

そのまま僕は真夏の胸に引き寄せられた。

「なんで渚が謝るの?」

「だって僕たちのせいで」

「車の制御が効かなかったんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ渚たちは何も悪くない。私たちと同じ被害者だよ」

その言葉で僕の涙は更に溢れ出る。

「なんでそんなに僕に良くしてくれるの?」

「それは……」

今、僕は真夏に抱きしめられて真夏の顔が見えなかった。

「私が愛した、世界でたった一人の人だから」


第七章

『お父さんが死んでからお母さんが変わった』

優しかった母が急に冷たくなった。

今までは学校から帰ったら、家でプリンを食べながらお母さんにその日の学校の出来事を話したりしていた。

だが、今はほとんど会話がない。

それだけならまだ良かった。

まだ幸せに暮らせていたのかもしれなかった。

……あの一言さえ聞こえなければ。

「撥ねられたのが真夏だったら良かったのに」

母がリビングで呟いていた。

不運にも私は近くにいた。

私は母に見つからないように自分の部屋に戻った。

どれほど泣いたかはもう覚えていない。


少し時が経ち、高校への入学式直前となった。

楽しみにしていたのだが、体調を崩した。

私は病気で昔から身体がとても弱い。

体調を崩したことを母に言った。

母は嫌そうな顔で聞いてくる。

「学校に連絡するから何日休むか教えて」

「一ヶ月」

「わかった」

冷たい会話が一瞬で終わる。


一ヶ月後、私は初めて登校した。

周りは私の見た目のせいだろうか、誰も近寄ってこない。

でも一人だけ違った。

時雨 紗希。彼女だけ私に話しかけてきた。

友達を作るチャンスと思っていたのだが、現実は違った。

「何その髪の色」

一番言われたくないことを聞かれた。

「……これは病気で」

「えっキモ、近寄らないでくんない?」

心無い言葉が私を突き刺す。

「彼氏の司に迷惑かけたくないもん」

「……わかった」

正直どこにいても辛かった。

母から相手にされない家、紗希に嫌がらせされる学校。

一週間が過ぎた頃、私は紗希に制服を濡らされた。

「消毒しておいてやったから感謝してよね」

「……」

なんで私無理してまで生きてるんだろ。

もういっそのこと飛び降りてやろうかな、そう思いながら放課後私は屋上へと向かった。

時刻は七時十分くらいだろうか。

私は屋上に来た。

よく見ると誰かいる。

男の人のようだ。

でも、先生ではなさそうだ。

気づかれないようにその人に近づく。

ほぼ真後ろまで行ったのだがなかなか気づかれない。

そしたらその人は急に寝転び頭が私の足に当たった。

そのとき、その人の顔が良く見えた。

「……綺麗」

眼帯はしているが良く整った顔立ちだった。

飛び降りるつもりで屋上に来たのだが、さすがに人の前では飛び降りる気にはなれなかった。

どうせ髪の色こと聞かれるんだろうな。

そんなこと考えていたら、彼が言う。

「なんでジャージ?」

私は驚いた。

予想していなかった質問が飛んできたからだ。

彼はおそらく片目がない。

だから人が嫌がることがわかるのだろう。

同じような環境で生きてきたから。

普通の人ではない危ない人かもしれない。

でも、この人はクラスの人たちと違って優しい目をしていた。

この瞬間からだったのかな。

私が彼を気になり始めたのは。

お互い自己紹介したあとに勇気を出して彼(渚)にLINEを聞いた。


少し渚と話した。

彼が紗希の彼氏の神宮寺 司にいじめられていること。

彼が屋上にいた理由と眼帯をしている理由。

一時間ほど話していた。

五月と言えど八時の屋上は寒い。

渚と解散して帰りの電車に乗る。

『今度、カフェでも誘ってみようかな』

心の中でそう呟いていた。


『いいよ』

そう返信が来た時は嬉しかった。

渚との約束の日。

彼は集合場所に先にいた。

「早いね。楽しみだった?」

少しからかってみた。

「うん」

どストレートに返事が来た。

「じゃあ早速行こ!」

照れ隠しをしつつカフェに入った。

「いらっしゃいませ」

店内は昔と変わらず落ち着いた雰囲気だった。

私は一回だけここに来たことがある。

父と母と三人でだ。

そんなこと渚は知らない。

席に案内されてメニューを見る。

そして一つの商品を見つけた。

そう”スペシャルジャンボチョコレートパフェ”だ

これを食べるために勇気を出して彼を誘ったのだ。

一つ四千円。

普段なら食べられない値段だが今回は違う。

カップル割引のクーポンがある。

会員限定のクーポン。

使うのは少し恥ずかしいけれど、それほどこのパフェを食べてみたかった。

「これ何頼めばいいの?」

渚が聞いてくる。

一応私は昨日LINEで彼に朝食を抜くように言っていたため私と同じものを頼むように伝えた。

パフェが届いた瞬間彼は凄い顔をしていた。

表情から伝わってくる『これ食べるの?』彼はそんな顔をしていた。

私は小柄なのだが結構食べる。

人が引くレベルで。

だからパフェを余裕で完食した後にアップルパイを注文した。

案の定、店員は引いていた。

渚を見るとようやく三分の一食べきったくらいのペースだった。

「……手伝う?」

聞いてみた。

しかし彼は断った。

プライドが傷つくらしい。

私は運ばれてきたアップルパイも軽く平らげた。

彼もあと少しで食べ終わりそう。

彼が食べてる姿をじっと見つめる。

……思ったより遅い。

五分後くらいに渚も食べ終わった。

会計は事前に二人で話していた通りジャンケンで決める。

勝負の結果は私の勝ち。

彼の奢りとなった。

合計九千八百円。

クーポンのおかげで四千九百円で済んだ。

これで終わるのは物足りなかった私は渚を遊びに誘った。

渚は快く返事してくれたから、山の中に連れていった。

私が彼に見せたかったもの。

それは、辺り一面の花畑だ。

渚は黒百合を手に取った。

私が知っている黒百合の花言葉は愛と恋。

他にもあるらしいけどあとは知らない。

そのことを渚に伝えた。

「渚君って意外と……」

からかってみた。

すると彼が言う。

「どういう意味だよ?”真夏”」

初めて名前で呼ばれた。

しかも呼び捨て。

「じゃあ私も呼び捨てにするね”渚”」

彼との距離が縮まった気がした。

私が彼をここに彼を連れてきた理由は他にある。

私の父親の話を渚にしたかったからだ。

少し間を置いて私は話し始めた。

私が父親を亡くした事故について話していたのだが、渚が話を遮った。

彼も何か知っているらしい。

彼の話を聞いた。

私の父親を轢いたのは渚の家族とのこと。

正直信じられなかった。

信じたくなかった。

渚は何も悪くないはずだ。

でも、渚は泣きながら何度も私に謝った。

私はどうすればいいか分からなくなった。

混乱しながらも今は彼と離れてはいけない。

それだけは理解していた。

逃げようとした彼を捕まえ、そのまま私は渚を抱きしめた。

「なんでそんなに僕に良くしてくれるの?」

彼が聞いてきた。

それは彼が私にとって大切な人だからだ。

この時点で私は渚への恋心を完全に自覚していた。

そして伝えた。

「私が愛した、世界でたった一人の人だから」

私は人生初告白をした。

「……僕は」

渚の返事を聞こうとした時、紗希から鬼のようにLINEが来た。

繋げたくもなかったが強引に繋げられたLINEだ。

『明日放課後 選択教室に来い 眼帯君も来るから』

そう書いてあった。

同じ学校で眼帯をしているのは渚だけだ。

渚にも司から同じようにメッセージが来たらしい。

……なぜ私たちの関係をあの二人は知っているのか。


第八章

今日も行きたくない学校に行く。

僕は昨日真夏に告白をされた。

返事はまだしていない。

タイミングが悪くなったというのもあるが、なんて答えればいいかわからなかった。

真夏と一緒に過ごすのは楽しい。

でも、僕は彼女と一緒にいていいのか。

そんな疑問が頭をよぎる。

でも、僕が真夏に好意を持っていることは確かだ。

そんなことを考えながら教室に入った。

司から声をかけられる。

「お前、こっち来い」

「昨日LINEで送った内容覚えてるよな?」

もちろんだ。

繋げたくもないLINEから来た内容は放課後に選択教室に真夏と来いというもの。

「あれ、お前来なくていいぞ」

「は?」

わけがわからかった。

「どういうことだよ」

「察し悪いなお前。あの色白女を裏切れって言ってんの」

そんなこと出来るわけがない。

そして引っかかっていたことを聞く。

「なんで僕と真夏が仲が良いって知ってんの?」

「お前らさ、昨日カフェにいたろ」

「なんでそれを」

「たまたま近くで紗希とデートしてたんだよ」

「そのときにお前らを見かけたんだ」

最悪だ。

よりにもよってコイツらに見つかるとは。

「それはともかくだ。今日あの女を裏切るならこれからはお前とは関わらないようにする」

「えっ」

いじめがなくなるそれは理想的だった。

「真夏に一人で行かせるってこと?」

「あぁそういうことだ」

そんなこと出来るはずがない。

「まぁ、あとはお前に任せるよ。来てもいいし、来なくてもいい」

そう言って司は自分の席に戻って行った。

その日の授業は何も頭に入って来なかった。



私はホームルームが終わったあと急いで選択教室へ向かった。

いざという時のために護身用のアイテムはすぐ取り出せるようにしていた。

教室に着いたがそこにいたのは紗希と司だけだった。

「渚は?」

二人に聞いた。

司が答える。

「あいつなら来ないよ」

「なんで?」

「来なければいじめを辞めるって伝えた」

「……そう」

渚から司に普段どんなことをされてるか聞いていた私は彼を責めることはしなかった。

「まぁ来ても来なくてもいつもどおり明日からいたぶってやるけど」

「本当にバカだよなアイツ」

その発言に私は頭の中の何かが切れた。

持ってきていた護身用のナイフで司の喉元を一突きした。

これは間違った行動だ。

だけど、後悔なんてしていない。

司は苦しみながらもすぐに静かになった。

紗希が悲鳴をあげる。

そのまま私に向かって走ってきた。

私の腕を掴んで、聞き取れない言葉で喋っている。

力では勝てない。

そう思っていたら。

紗希が司の血で滑った。

その隙に私は紗希の心臓をナイフで一突きした。

そのあとすぐに扉が開いた。

そこには渚がいた。

彼は自分を犠牲にしてまで来てくれたのだ。

しかし、彼の顔は暗かった。

「なんで君が」

当然の反応だろう。

「……ごめんね」

私はただ、そう答えることしか出来なかった。


第九章

目の前の光景は悲惨だった。

身体に刺傷があり動かない二人と冷たい目をしている真夏がいた。

真夏は僕に告げる。

「私はもう取り返しのつかないことをしたんだよ。だから……さよなら」

真夏は暗い顔をしている。

おそらく一人で罪を抱え込む気だ。

ここで逃げたら絶対後悔すると思った。

「一緒に逃げよう」

真夏の顔は暗いままだ。

「ダメだよ。渚まで共犯になっちゃう」

「そんなの関係ない!」

僕の怒鳴り声に真夏は一瞬怯んだ。

「僕はもう決めたんだ」

「何を決めたのよ!」

「もう真夏を一人にさせないって」

「なんで一人にさせてくれないの!」

「君のことが好きだから!」

真夏が止まった。

「お願いだから君だけで背負わないでよ」

「真夏の本当の気持ち教えてよ!」

真夏は泣いていた。

「渚、助けて」

その言葉を聞いた僕は真夏の手を握って走り出した。

先生が来ないうちに学校から脱出する。

そのまま家にも帰らず、電車で行ける限り遠くまで逃げた。

どこまでも。

僕たちは他県まで逃げた。

資金の問題だが少しは余裕がある。

僕は親の遺産をいつも持ち歩いていた。

あの家になんて置いておけなかった。

でもそのおかげで数ヶ月はどうにかなりそうだ


僕たちは年齢と名前を偽ってホテルを借りて生活をし始めた。

だが、そんな簡単に暮らせるほど世の中簡単ではない。

食べるものも着るものも自分たちで調達しなければならない。

それだけならまだなんとかなったかもしれない。

『ニュースのお時間です』

『一昨日、高校生二名が刺殺された事件の続報です』

『容疑者は被害者の同級生二人で依然逃走中とのことです』

そうニュースだ。

学校は隠そうとしたらしいがすぐに日本中に広まった。

ニュースだけならまだ助かった。

しかし、ネットでは僕たちの顔が写し出されていた。

今のSNSはニュースよりも恐ろしい。

簡単に特定されてしまう。

しかも隻眼の男とアルビノの女。

これで目立たずに暮らせと言う方が鬼畜だ。

これだとまともに生活出来ない。

それは僕も真夏も理解していた。

だが、ここまで来て引き返すことはもう出来ない。

進むしかないんだ。

「ただいま〜」

服の買い出しに行っていた真夏が帰ってきた。

「おかえり。大丈夫だった?」

「うん。特に問題なかったよ」

「それならいいんだけど」

真夏は紅茶を飲み始めた。

あの事件から二日後。

真夏は少しずつ落ち着いてきたようだ。

僕たちはそれなりには暮らせてはいた。

そして、一つ気になっていたことがある。

「ねぇ真夏?」

「どした?」

「僕たちって今どういう関係なの?」

真夏は紅茶を盛大に吹き出した。

今、僕たちは曖昧な関係だからはっきりとさせたかった。

「一応私が告白して、渚も返事はしてくれたんだよね」

「そうだね」

「じゃあ付き合ってるってことでいいの?」

「まぁそうなるか」

格好つかないなと思いつつも幸せだと感じた。

その時だった。

強く扉が叩かれた。

「私見てくるね」

そう言って真夏が対応しに行った。

だがその次に聞こえてきた声が、

「柊 真夏さん、殺人の容疑であなたを逮捕します」


第十章

警察だ。

なんでこの場所がバレた?

……ホテルの従業員が通報したのか。

「もう一人いたぞ!」

警察が部屋に入ってきた。

僕たちは抵抗する間もなく捕まってしまった。

こうして呆気なく僕たちの逃走劇は三日目で終了したのだ。

僕は真夏の共犯者として懲役三年。

真夏は、殺人罪で懲役七年。

少年法で罪が軽くなったと言っても十五歳の僕たちには長すぎる年月だった。


捕まってから三年が経った。

「今までありがとうございました」

「もう来るなよ」

軽く挨拶を済ませて僕は少年院を出た。

捕まった日から真夏には会えていない。

会いに行こう。

そう決心して僕は真夏のいる場所へ向かった。

面会室にやって来た真夏は辛そうな顔をしていたが、僕が見えた瞬間笑顔になった。

無理に笑顔を作っているのだろう。

「そっか渚はもう終わったんだ」

「真夏はあと四年だよね」

「うん」

彼女は悲しい顔をする。

「僕は待ってるからね。君の居場所が無くならないように」

「ありがと」

その後も十分くらい僕たちは話し続けていた。

「そろそろ面会終了の時間です」

職員が来た。

「もうそんな時間か」

そう言いながら帰りの準備をし始めると。

「渚!」

真夏が僕を呼んだ。

「私、渚と出会えてよかった」

「僕もだよ」

またね。

とお別れの挨拶をして僕は帰った。


僕には帰る場所が無かった。

家には帰りたくない。

学校なんてもっと嫌だ。

親の遺産はまだ残っている。

近くの安いアパートでも借りてバイト始めよう。

そう決めて僕は物件と職場を探した。

まあまあな職場と住居を見つけた僕は本格的に暮らし始めた。

事件は三年前のことだ。

あの事件はみんなの記憶から薄れていた。

でも大家と店長にはすでに話してある。

僕が前科持ちであること。

そして、殺人の共犯であること。

それでも人として話してくれている二人には感謝しかない。

念の為真夏のいる少年院に新しい住所は伝えてある。

二週間が過ぎてまた真夏と会える頃になった。

そろそろ行こうかと考え、少年院に連絡をした。

「すみません。面会の申請をしたいのですが」

「かしこまりました。面会を希望される方のお名前をお願いします」

「柊 真夏です」

「……」

職員が黙ってしまった。

「もし可能なら今から来ていただけませんか?」

「……わかりました。今から向かいます」

嫌な予感がした。

そんなはずないと自分に言い聞かせて家を飛び出す。

道中いろんなところにぶつかった。

壁にも人にも犬にも。

でもそれどころではなかった。

ただ気が狂いそうだった。

僕は少年院に到着した。

「先ほど電話した橘です」

職員は暗い顔をしている。

「お待ちしていました。どうぞこちらへ」

前回と対応が全く違った。

「真夏はなんで来ないんですか?」

まだある可能性にかける。

「柊さんはあなたにこれを」

職員はそう言って一つの封筒を僕に渡した。

さっきまで確信を持てなかったもの、持ちたくなかったものが確定してしまった。

そこにはハッキリと“遺書“と書いてあった。

「……いつ頃ですか?」

「三日ほど前です」

「なんで……なんで連絡してくれなかったんですか!」

つい怒鳴ってしまった。

「柊さんの意思です」

「は?」

「四日前に柊さんの体調が崩れた時、私たちは橘さんに連絡しようとしました。

しかし、柊さんに『渚に迷惑掛かるから伝えないで』と言われてそのまま……」

「……」

もう何も話す気にはなれなかった。

「後は特に何かありますか」

「いえ、柊さんが残したものはそれだけです」

「わかりました。ありがとうございました」

僕は一人で帰路についた。

そこまで遠くないはずの道のりが異様に長く感じた。

実際には二十分くらいで家に着いたのだが、体感では二時間かかった。

部屋で遺書を読んでみる。

『渚へ

実は前会った時私結構危なかったんだよね。

隠そうとしたけど君にはバレてたかな?

アルビノの人って寿命が短いんだよ。

たぶん単純な寿命だけだと君達と同じくらいだけどね。

紫外線の影響とかで短くなりやすいんだ。

身体も弱いしね。

だから昔よく山とかの暗くなりやすい場所で遊んだんだよ。

君と行った花畑も人に手入れされてなかったから高い木があって暗かったでしょ。

渚は黒百合に目をつけてたよね。

実は私も初めてあの場所に行った時黒百合を最初に手に取ったんだ。

懐かしいな。

君と初めて会った時、私実は飛び降りようと思ってたんだ。

でも、屋上に君がいた。

口では言えなかったけど一目惚れだったんだよ。

みんなが私の髪色を気持ち悪がる中、君だけが綺麗って言ってくれたんだ。

私がその一言でどれだけ救われたか君にはわからないだろうけどね。

パフェを食べに行った時も無理しながらでも食べてくれた。

君自身も苦しかったはずの事故の話も聞いてくれた。

君は今でも私のお父さんのことで気を重くしているかもしれない。

でも、私はあなたのことは何一つ恨んでいないよ。

だから私に申し訳ないなんて思わないでね。

私があの二人を刺した時も君は私を見捨てなかった。

私は君を拒絶したはずなのに逃げなかった。

大切な遺産を使ってまで私と暮らしてくれた。

渚と付き合えた時も本当に嬉しかった。

欲を言えばもっと渚と遊びに行きたかったし。

もっと一緒にご飯食べたかったし。

もっと君と話したかった。

でもそれができなくなってしまったんだ。

だから最後に一つだけ伝えておきます。


“愛してる“


真夏』

読み終わる頃には、目から涙が溢れ出て止まらなかった。

僕もだよ真夏。

「愛してる」

でも、この言葉が真夏に伝わることはない。


世界は最終的に被害があった方に味方する。

被害者がどんなに酷いことをしていたなんて誰も知ろうともしない。

クズが殺されようが被害者は善、加害者は悪。

面白いほどに理不尽な世の中だ。

加害者の気持ちなんて知らないままネットのおもちゃにされる。

そしてすぐ飽きて、また別のおもちゃを探しに行く。

僕は真夏なしでこんな世界で生きていこうとは思えなかった。

「こんな世界呪われてしまえばいいのに」


僕は真夏との思い出の花畑に向かった。

「やっぱり変わらないんだな」

虹色に輝く花畑から目当てのものを見つける。

黒百合だ。

黒百合は三輪しか咲いていなかったため、僕は二輪だけ摘んだ。

全部取ってしまうのには抵抗があったから。


二日後、今あるお金を全て使って小さな葬式を開いた。

僕と少年院の職員と業者の人以外誰も来ない。

真夏の親もだ。

連絡してみたけど返信がない。

娘に全く興味がないのだろう。

真夏の遺体は綺麗に保管されていた。

少年院の職員に遺体のことを感謝した。

職員も結構辛いらしい。

僕は棺桶の中で眠る真夏にキスをして、黒百合を一輪置いた。

最後に見た真夏は美しい宝石のようだった。

「本当にありがとうございました」

そう職員と業者に伝え、家に帰る。

真夏の遺骨はあの花畑に撒いた。


もうやるべきことはやったんだ。

家に着いてからロープを天井から吊るす。

「真夏。今からそっちに行くよ」

僕は一輪の黒百合を持ちながら首をロープに通す。

そして、宙吊り状態になった。

ゆっくりと意識が暗闇へと沈んでいく。

何も感じないまま……。


(終)







黒百合の花言葉は「恋」「愛」「復讐」「呪い」と言われています。

そのため、「渚に恋をした真夏」と「真夏を愛した渚」

「司達に復讐した真夏」と「世界を呪った渚」この四つを意識して書きました。

長いのに読んで頂き、ありがとうございました。

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