Vår -春-
最近は日差しが暖かくなってきた。
寒い冬も終わり、春の訪れを感じる。
風が吹くと少し冷たい。
新築の綺麗な校舎へ続く道路を少女は1人歩く。
真新しい制服に身を包み、まだ履き慣れていない革靴で踏み出す足は新たな環境が始まる緊張と恐れを表すかのように窮屈で痛みを感じた。
立ち止まり、空を見上げる。
青い空、綿菓子をちぎったかのような雲。
中学生だった頃は空を見上げても感情はどんよりと暗い雲で覆われていた。
感情に晴れの日なんてなかった。
日に一度は暗い雲から雨が降り続いていた。
私は今日から高校生。
これから始まる学校生活は私に晴れの日をもたらしてくれるだろうか。
視線を空から道路の向こうにうつす。
校舎の正門近くにはスーツを着用した教師たちが立ち、新入生と思われる生徒たちが続々と登校している。
たくさん人間がいる。
怖い。恐ろしい。
同級生と目が合うのが怖かった。
恐怖を暖かで柔らかい日差しから隠すかのように私を覆ってくる。
足が進まず、息がつまる。
私は3年間、学校という狭い教室内での空間で同級生しかいない環境で生き残れるのだろうか。
これまでの中学時代のことを思い出すと、楽しい学校生活というものをとても考えられなかった。
うつむく。
本当に友だちはできるのだろうか。
成績は良い結果を出せるだろうか。
新しい学校の教師は信頼できるのだろうか。
一歩踏み出し、教師たちが出迎える校舎の正門へふらふらと歩みを進める。
ある教師と目が合った。
「おはよう。入学おめでとう」
ふんわりとパーマがかかったミディアムヘアが、春の風に揺れている。
スラックスがかっこいい。
キャリアウーマンの雰囲気がありつつも、どこか柔らかい品のある女性らしさを感じる人。
正門を通過する一瞬だったが、お祝いの言葉で声をかけられたこのことは、後に私が大人になってもなお記憶に残る。
「…おはようございます」
私はただ一言、挨拶を返し正門をくぐった。
入学式はあっという間に終え、新入生が各自割り当てられた教室へ戻る。
私の担任教師は朝に声を掛けてきた女性教師だった。
英語教師で、詩が上手な人。
結果的にこの日は誰とも友だちになれなかったが、その教師に強い関心を持った。
小学校、中学校と学生時代を過ごして来た中で、今まで会ったことのないような、明るく、穏やかで、生き生きとした人。
それでいて入学後不安に感じている生徒たちのために詩をプレゼントし、お祝いの言葉を伝えていた。
私は直感に感じた。
生徒に情熱を持ってる教師なのだろうと。
私にとって、この年の春は最も優しい春の訪れに思えた。