迎撃する魔王さま
「この都市一つで人口は万はいるんだろうな」
「それはまぁ。それ以上いると思いますけれども」
「そのほとんどがパニックに陥っていて、既にあちこちで事故や事件が発生していると見たんだが」
追い詰められた者は何をしでかすか分かったものではない。
どうせ死ぬのなら、という言葉を免罪符にしてシャレにならないようなとんでもないことを平然としでかしてみてくれたりする。
「それがどうかしましたか?」
アインの言わんとしているところが今一つ掴み切れず、尋ねたシオンは足下の地面に空から降り注いでいる赤い光よりさらに紅い光の線が走るのを見た。
ぎょっとして思わず後ずさったシオンは自分とクロワールの体が青い光に包まれていることを知る。
「アイン、これは……?」
「地面に描いたのは魔力炉の術式だ。お前達の体を包んでいるのは守護の魔術だな」
「これから何が起きるんです?」
「都市一つが丸ごとパニック中なんだ。そこには必ず負の感情から瘴気が生まれ、瘴気からは簡単に魔力が生み出せる」
暴動や暴行の結果として生じる死者からも、魔力は搾り取ることができる。
「つまり、この都市は今。俺の食卓となった」
誰がどんな意図をもって現状を作り出したのかは分からないが、一言礼を言う程度の感謝はしてやってもいいかもしれないとアインは思う。
都市一つを丸ごと飲み込んだ術式は速やかに、その内部に生じた瘴気や死者の魂を魔力へと変換し、アインの体へ注ぎ込み始めたのだ。
「搾り方は中途半端なものになるが、母数が多いからまぁまぁな生産量になるな」
魔王城の魔力炉にぎっしりと人を詰め込んだとしても数千人がやっとだ。
三号艦まで足し合わせてようやく万を超えると言ったところだろう。
しかし、都市一つとなれば人口は数万から数十万へと跳ね上がる。
普通はこんなことはできない。
アインは特に気にしないのだが、魔力炉の術式が都市中に描かれたりしようものなら、どんな騒ぎを引き起こすか分かったものではないからだ。
しかし今は、人々はパニック中で術式になど見向きもしていないし、空から降り注いでいる爆撃前の照準用レーザーが何もかもを赤く照らし出しているせいで術式の光が目立たない。
「魔力を収集して逃げますか?」
「逃げれないだろ?」
あといくらもしない内に、この都市には衛星軌道上から投下された爆弾が降り注ぐはずで、今からではとても逃げ切ることができるとは思えない。
ならばどうするのか。
「俺の周りから離れるなよ」
「何があっても離れません」
「右に同じデスが、どうするんデス?」
アインは空を見上げ、視力を魔力によって強化する。
それによって見えてきた物に、アインは小さく舌打ちをした。
「多いな」
「何が見えているんです? まさか軌道上の航宙艦が見える、とか言い出したりしませんよね?」
魔王ならばそんなことができてしまうのかもしれないと思いながら訪ねたシオンに、アインは答えた。
「必要ならば見れるが?」
「どう言う仕組みになっているんですかそれ……」
「見えるというのは、目が受け取った光を脳が絵にしているだけだからな」
目が光を受け取る能力か、もしくは脳が映像を結ぶための解像度を挙げるような強化を行えば軌道上の航宙艦でも見ることはできると言う説明をするアインに、シオンが理解できないといった表情になる。
そこへクロワールが割り込んだ。
「航宙艦でナイとすると、何を見ていたんデス?」
「爆弾だ」
「ばくだん……? 投下中の爆弾デスか!?」
「他にあるか?」
目前に迫ってきている最大の問題はそれ以外になく、他に何があるのかと問われればクロワールとしても答えようがない。
しかし航宙艦と比べてかなり小さく、しかも高速で落下中であろう爆弾を肉眼で補足していると言われれば、普通は眉唾物だと思ってしまう。
「見てどうするんデス?」
「撃って破壊するしかないだろ」
「撃つ……?」
確かにそれができるのであれば、都市のはるか高空で爆弾を処理することができるはずではある。
破片が落下してくるところまで防げるわけではないので、都市を無傷で防衛すると言うわけにはいかないのだろうが、爆弾そのものが直接落ちてしまうよりは格段に被害が小さくて済む。
ただその防衛方法を実行するためには、落ちてくる爆弾を何らかの方法で認識した上で、爆弾の影響が地表に届かないくらいの高さまでこちら側の攻撃を届かせる必要がある。
投下された爆弾の数や、こちら側の防衛用火器の命中率や連射速度にもよるが、とてもまともな方法だとはクロワールには思えなかった。
「対空火器を多数用意シテ、弾幕による上空防衛くらいしか手がないデス」
狙って撃つことは最初から諦めて、都市の上空に弾幕を張る。
あとは当たってくれと祈るしかないと思うクロワールなのだが、ただの歓楽街でしかないこの都市に、それ程大規模な防空設備があるとは全く思えない。
「そんなことはないだろ」
クロワールの考えを、アインがあっさり否定する。
「見えているのだから狙える。きちんと狙えばちゃんと当たるものだ」
「それが本当だったら、狙撃手は今日からみんな廃業デス」
見えているなら当てられる。
そんな理屈がまかり通るのであれば、狙撃技術など無用のものになる。
地形データと衛星システムにリンクし、命中補正プログラムを走らせたスマートライフルを使用したとて、必中するとは言い難いのだ。
いくら魔王といえども、さすがにこの現実まではどうすることもできないはずだと思考を締めくくろうとしたクロワールは、アインが空に向けたかざした掌から一条の光が目を焼きかねない程の強さで放たれたのを見た。
「当たったぞ」
「エ?」
自分の耳は、今なんという言葉を聞いたのかと自問したクロワールは、アインの言葉を裏付けるかのように空のかなり高そうな位置で、いくつもの光が生じたのを目にしてあんぐりと口を開けるのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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