警告される魔王さま
「拙いですアイン。軌道上からの航宙艦による爆撃は汎人類共通法ではほぼアウトの反則技で、事前通知の警報と地表への照準用レーザーの照射を行ってぎりぎりセーフな代物です」
防御用の攻撃衛星や、予め航宙艦を待機させていたのであれば話は別なのだが、そう言ったものが何もなかった場合。
衛星軌道上から地表への攻撃は、対抗手段が全くない一方的な攻撃方法となってしまう。
これを許してしまった場合、どれだけの被害と費用が生じるのか分かったものではないというところから、人類が生息している圏内であればどこにおいても適用される汎人類共通法という法律で厳しく規制されているのだ。
ただ、シオンが言ったような事前通知を行うことで、ぎりぎりセーフというレベルで認められてもいる。
これは地表上の軍事施設を攻撃する場合に使用できるようにと定められたことではあるのだが、アイン達が今いるのは少しばかり品は悪いかもしれないが、ただの歓楽街でしかない。
「警報とレーザーの照射は、今からここに爆撃が行われますから死にたくなければ逃げてくださいという通告です」
シオンの声を聴きながら、アインは店の外へと向かう。
途中、パニックになりかけている客の群れがいたが、非常事態と言うことで進行方向を邪魔する者は実力行使で殴り倒していく。
「なんでこいつら、こんなに大騒ぎをしているんだ?」
頭上から爆弾が降ってくるとなれば、騒ぎたくなる気持ちも分からないではないのだが、わざわざここにこれから落としますよと通告されているのだ。
慌てず騒がず逃げ出せば、十分逃げ切れる余裕くらいあるだろうと思うアインに、シオンが沈痛な面持ちで言う。
「事前通知から着弾までの時間なのですが、大体十五分くらいなんです」
「早過ぎないかそれ?」
低い軌道から攻撃したとして、地表に到達するまでおよそ数分。
つまり警報が鳴ってから十分後ぐらいには爆弾が投下されているということになる。
どれだけの範囲を爆撃するのか分からないが、都市一つから住民が逃げ出す時間としては、あまりにも短いようにアインには思えた。
「パニックになる理由。ご理解頂けましたか?」
「事前通知の意味が全くないじゃないか」
「前提として目標が、大体基地とか軍事施設を想定されている法律なんです。都市への攻撃はほとんど考慮されていないんですよ」
基地やら軍事施設やらならば、余計な真似をせずに全てを放棄し、ただ逃げるに徹すれば逃げ出すことは可能なのだろう。
しかしそれが都市となると話が変わってくる。
逃げ出す人数の桁がまず違うし、逃げる経路なども基地などの比べればとても整備されているとは言い難い。
さらに逃げようとしているのは訓練されている軍人ではなく、ただの一般人なのだ。
パニックを起こすなと言う方が無理があるなとアインは店の外へ飛び出しながら空を見上げた。
その空からは毒々しさを感じる赤い光線が、街一帯を塗り潰すかのように降り注いでいる。
「魔王城で迎撃できるか?」
爆撃を行おうとしている航宙艦が衛星軌道上にいるのであれば、係留中の魔王城三号艦に攻撃を行わせて相手の艦の攻撃を中止、もしくは撃沈してしまうことはできないかとアインは考えた。
すぐさまシオンが自分の端末を操作し、魔王城との通信を試みたのだが、小さく舌打ちをして首を横に振る。
「駄目ですアイン。通信障害が起きています」
「人為的なものか?」
「確かにとは言えませんが、状況からしておそらくは」
何の目的で行われる攻撃なのかとアインは訝し気に思う。
歓楽街を一つ吹っ飛ばせば、それによって引き起こされる人的、経済的損失はまぁまぁ大きなものになるはずであるし、一般人を巻き込んだ攻撃に対する社会の反応は大炎上どころでは済まされないものになるはずだ。
下手しなくとも、責任者の首が一ダース程、すげ替えられても何の不思議もない話なのである。
それだけのリスクを背負った上で攻撃を実行に移すと言うことは、リスクを上回るだけのリターンを見込んでいるということのはずなのだが、都市一つと引き換えにして得られるものが何なのか、アインにはまるで見当もつかない。
もしかして自分の首だろうかとも考えてみたのだが、アインは魔王ではあるものの、サタニエル王家とはまるで無関係だ。
仮にここで討たれたからといって、サタニエル王国に何かしらの損害が出るわけでもない。
せいぜい、ノワール子爵家がせっかく守り続けて来たものがとがっかりするくらいではないかと思いつつアインがシオンを見れば、シオンは打ちひしがれたような表情でアインのことを見ていた。
「どうした?」
「アインを守るために、打てる手がありません……誠に申し訳なく……」
唇を噛みしめ、悔しそうな顔でうつむくシオンの額へ、アインは軽めのデコピンを見舞う。
衝撃はそれ程のものではなかったのだろうが、驚いた顔を上げたシオンにアインは平静さを保ったまま言った。
「気に病むことはない。大した話でもないのだし」
「しかし……」
「そもそもお前は思い違いをしているぞ?」
言い募ろうとしたシオンの額を人差し指で突き放し、軽く仰け反らせてからアインは言う。
「そもそも都市一つと引き換えでどうにかできるほど、魔王という名は安い代物ではない」
「えぇ……?」
「その程度でどうこうなるくらいなら、俺の首などとっくの昔に勇者の手で落とされて、どこぞの王国で晒し者にされている」
表情を一転させて驚くシオンにそう答えながら、アインはかがみこんで自分の足下にある影へ手を突っ込む。
何事かと目を剥くシオンが目にしたのは、アインの影からずるりとばかりに首根っこを掴まれた状態で引きずり出されたクロワールの姿だった。
「何事デスかコレ?」
「緊急事態だ。一番安全なところにいるべきだと考えたので呼んでやったまでだ」
「助かりマス。荷物は少々残念ですが……という状態デスよね?」
「あぁ、仕方がない。荷物は諦める。機会があればこんなことをしでかした奴に利子をたっぷりつけて支払わせてやる」
「トイチデスね。分かりマス」
もうすぐ頭上から爆弾が雨あられと降ってくるはずだというのに気の抜けた魔王とメイドの会話を聞いて、シオンは意外と簡単に何とかなってしまうのではないか、という楽観的な思いを抱くのであった。
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