提案される魔王さま
「何か問題でも抱えられておられるのでしょうか?」
アインの反応を見て、茶髪の女性が問いかけてくる。
そう言えばまだ商談の途中だったなとアインは、その女性が差し出してきたタブレットを手に取ると、さっくり支払いに関する手続きを済ませた。
「少々面倒なことを抱えている」
手続きを終えたタブレットをアインが返却し、茶髪の女性がそれを確認。
「どのような問題かお伺いしても?」
レプリカントである彼女の機械の目が瞬時にして処理の内容をチェックし、間違いのないことを確認すると、自動的にアインの銀行口座から代金が引き落とされ、代わりに商人が持つ倉庫から商品が出庫され、軌道上で待機している魔王城三号艦へデリバリーされる手続きが取られた。
「お前の扱っている商品を大量に欲しかったんだが、なかなかこれが難しいことになりそうでな」
「なるほど。ご予算をお聞きしても?」
「百億クレジット程になる。今、お前との取引で一億減ったがな」
「つまり、五千セット程ご入用だ、という理解で間違いないでしょうか?」
アインの持つ予算と、今しがた終了した取引の内容から出てくる値を茶髪の女性が口にすると、アインはあっさりと頷く。
本来はこの辺りで何かしらの駆け引きのようなものが行われるのかもしれないが、アインは最初から手の内を相手にさらけ出してしまっている。
これはアインが商人ではなく魔王だから、だと言えた。
要は商いという行為が得意ではない、ということである。
「少々足りなくとも構わないのだが、上手に数を集める方法などないものか?」
商いのことならば、商人に尋ねるのが一番手っ取り早いだろうと考えて、アインは目の前のレプリカントに尋ねる。
一応、既に一億という取引を成立させた後なので、そうにべもない対応をしてくることもないだろうと考えての相談であった。
「そうですね。端数を持っている商人達からかき集めるというのが最も簡単で手堅い方法かと思いますが」
「結局それか。手間も滞在費もバカにならないというのにな」
うんざりしたよういにアインがそう言うと、茶髪の女性はそっと首を横に振った。
「それ程お手間とお時間は取らせません。と言っても私から出す条件を飲んでいただけるのでしたら、という話ですが」
少し妙な雲行きになってきたなと身構えるアインだったが、少々リスクを背負うことになったとしても大幅に手間が減るのであれば、歓迎したいとも考えている。
「言うだけ言ってみろ」
面白そうな話であるならば、乗ってみてもいいかと思いながらもリスクだらけでメリットのないつまらない話であったのならば、即座に潰してくれようという気持ちを込めたアインからの言葉に、レプリカントの表情は動かない。
「継続的なお取引をお願いできないものかと」
「継続的だと?」
「はい。具体的にはまずご希望の一万人を二ヶ月以内にご用意し、その後は月々数百人くらいのお取引を」
さらりと何でもないことの様に言い放った商人なのだが、言っている内容はとてつもなく残酷な代物だ。
何せ言葉の通りに受け取るのであれば、最初の一年目で一万数千人分の命を取引すると言っているのである。
これにはアインの背後で話を聞いていたシオンもさすがに表情を強張らせた。
「人族の犯罪者って……そんなに沢山いるものなのか?」
アインの声には呆れの色が濃い。
いくら商っている物がひとでなしの所業であったとしても、さすがに何もしていない一般人を強引に取り寄せるようなことはしないだろうから、商人が商っている品物はあくまでも何かしらの犯罪者で、しかも表社会に復帰する見込みのない者であるはずだった。
「驚く程のことでしょうか?」
魔族側の反応とは対照的に、商人の表情は平静そのものであった。
驚かれたり呆れられたりするほどのことは言っていないと思っているらしいが、アインの目の前にいるのはレプリカントであり、その表情をどこまで信じていいものやらまるで分からない。
「数字にすると分かるかと思うのですが」
「ふむ?」
「一年という期間中に人が殺人を犯す割合は、およそ二万人に一人であると言われております」
割と少ないのだなとアインは思う。
二千年前ならば、その何十か何百倍くらいはいたはずであるが社会の情勢などがまるで違っているので比較することには全く意味がないなと思いなおす。
「私が商品を仕入れている惑星では、殺人は例外なく極刑です」
「妥当だな」
理由は様々あるのだろうが、他人の命を奪うという犯罪に対し、同じ命で贖えと言うのは、理解できる主張であるとアインは思う。
もっともそれは犯罪者を刑に服させることができることが条件であり、たとえばアイン自身にその考え方を適用させようというのであれば、まずアインを刑に服させることができなくてはならない、とも思っている。
「その惑星の人口はおよそ四十億人です」
「それは……」
確率二万分の一は、普通に考えれば十分に低い確率だと言える。
しかしそれを当てはめる母数が多ければ、結果として出てくる数字も非常に大きなものとなってしまう。
「年間、二十万人発生するんですよ。殺人犯」
私の受け持ちだけでですよ、と商人はうんざりしたような口調で言う。
商人がアインに対して提示した数字は、商人が商う全数からしてみればわずかな一部でしかない。
つまり商品を用意するのには、何の問題もないのだということが分かる。
「それだけいるのに、一ヶ月で五十セットしか即納できないのか?」
「手続きが多いんです。予め出すことが分かっていれば前もって作業を終わらせておくことができますが、そうでない場合は人数分の書類を一から作成していかなければなりませんので……」
「継続分の値段は?」
今回の取引でアインの懐はほぼ空っぽになってしまう。
あまりにも高い値段がつくのであれば、とても払いきれるとは思えない。
「月々定額十億で。それで三百以上はお届けするという形でいかがでしょうか? 運搬費はこちら持ちにしますので」
「俺は魔族なのだが……届けてもらえるものなのか?」
「歪曲点間航行二回以内で到着できる場所でしたら、お手元までお届けします」
「悪くない条件かと。とにかく運搬費は高くつくものですから」
ただ毎月十億の取引はかなりキツいですねとシオンが呟く。
「どこか空いている星あるか? 人が住めないような星でもいい」
そこから資金を捻出する方法を考えるからと言うアインに、何をする気だろうかと思いながらもシオンはどの星を渡すべきだろうかと考え始めるのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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